冷遇された花巫女姫は、火の皇子に溺愛される

「こちらが咲久耶(さくや)様の部屋になります」

 婚儀のあと通された離れの部屋に、咲久耶はひとりぽつんと(たたず)んでいた。

(結局、一言も話せなかったわ……)

 婚儀が終わると、咲久耶を置いて紅蓮(ぐれん)はさっさと座敷を出てしまった。

 他にもたくさん人はいたが、ちらちらと咲久耶を見るだけで誰も挨拶に来てくれなかった。
 自分が想像していた婚儀とまったく違う。

 おろおろする咲久耶は、侍女に促されて座敷を出た。
 永久に続くかと思うような母屋の廊下を通り案内されたのは離れの部屋だ。

 離れといっても大きな家くらいの広さがある。台所や風呂などもついているようだ。

(ここが新居なのかしら)

 案内された部屋には自分が持ってきた荷物と、箪笥や鏡台などの必要最低限の家具が置かれている。
 母屋から離れているせいか、静かでまったく人の動向がわからない。

(どうしよう……)

 誰も知り合いがいない異国で戸惑うばかりだ。
 仕方なく、咲久耶は持ってきた荷物を片付け始めた。

 最低限の身の回りのものだけをと言われただけあって、部屋には必要なものはすべて揃っている。

 鏡台の前にお気に入りの櫛や髪留めを並べていると涙がこぼれてきた。

(これはお母様が十七歳の誕生日にくださったもの……)

 実家では一人になることなどなかった。常に心を許した侍女たちがいたし、両親や兄弟姉妹たちが周囲にいた。
 寂しさなど感じたことがなかった。

 王族とはいえ質素な生活を送っていたが、それでも幸せだったのに。
 広大な屋敷の奥で豪勢な着物を身につけている今、心が冷え冷えしている。

(お父様たちが心配するはずね……)

 咲久耶はきゅっと手を握った。

(帰りたい……こんなところにいたくない)

 咲久耶はうつろな顔で荷物を片付け始めた。
 ひととおり荷解をしたとき、晩ご飯が膳に載せられて運ばれてきた。

 美しい食器に贅を尽くした品々が盛られていたが、味がしない。
 部屋で一人食べていると、惨めさで涙がにじむ。

(なぜ、紅蓮様は来てくださらないの?)

 予想どおり、夜になっても紅蓮は寝所に訪れなかった。
 咲久耶は侍女が敷いてくれた布団に横たわり、初夜を一人で過ごした。

(これが結婚なの……?)

 朝、咲久耶は一人目を覚ました。

「おはようございます」

 まるで見計らったかのように、侍女が障子を開けた。
 桶に水を持ってきてくれる。

 侍女は咲久耶が顔を洗うと、手ぬぐいを差し出してくれた。

 赤茶けた波打つ髪を後ろでひとまとめにしている可愛らしい子だ。
 同い年くらいだろうか。

「では、すぐに朝餉をお持ちしますので」

 咲久耶はたらいを手に下がろうとした侍女を慌てて呼び止める。

「あの! あなた、名前は?」
「わ、私のですか?」

 まさか声をかけられるとは思わなかったのか、侍女の少女が目をぱちくりさせた。

瀬奈(せな)と申します」
「よろしくね、瀬奈。ところで紅蓮様にお会いしたいのだけど、どこに行けばいいのかしら」

 紅蓮の名前を出すと、瀬奈がハッとしたような表情になった。

「……紅蓮様は今、外出しておられているようで」
「そうなの?」
「お忙しいようで……」

 瀬奈がうつむきながら、たどたどしく話す。その様子から咲久耶は状況を察した。

(ああ、紅蓮様はあからさまに私を避けているのね……)

 異国から嫁いできた姫を初日から放っておくのはただ事ではない。

(私のことがお気に召さないのね。きっと結婚したくないのに、託宣のせいで無理矢理……)

 咲久耶は暗い気持ちになった。

(私は大国に嫁ぐのだと無邪気にはしゃいでいたけれど……甘かったわ)

「で、では失礼します」

 気まずいのか、瀬奈がさっと出ていってしまった。

(どうしよう……どうしたらいいの)

 紅蓮がここまで気乗りがしないのであれば破談だろうか。

(それでいいわ。早く真波国に帰りたい。家族の元へ戻りたい)

 だが、そんな願いが甘かったことにすぐ気づくことになる。