冷遇された花巫女姫は、火の皇子に溺愛される

「おまえの部屋が用意できた。見てくれ」

 紅蓮(ぐれん)に言われ、咲久耶(さくや)は後をついていった。
 長い廊下を通った先で紅蓮が足を止めた。

「ここだ」

 障子を開けると、広々とした部屋が広がった。
 桐箪笥に文机(ふづくえ)、書棚、すべて揃っている。床の間には美しい花が飾られていた。

「どうだ?」
「素敵です」

 うっとり眺めていた咲久耶の目が鏡台に吸い寄せられた。

「あっ……!」

 鏡台には奪われた(くし)や髪飾りが置かれていた。

「おまえのものはすべて取り返した」

 この短時間に紅蓮は徹底した調査を(おこな)ったようだ。

「本当にすまなかった」

 紅蓮が静かに頭を下げる。

 咲久耶はそっと櫛を手に取った。

(お母様からの贈り物……戻ってきた)

 安堵したのも(つか)()、咲久耶は違和感を覚えた。

「……!?」

 櫛の裏にどろりとした感触があった。

(何これ!?)

 櫛には泥のようなものがついていた。
 次の瞬間、泥の塊がまるで意志があるように咲久耶の手から畳へと飛んだ。

 泥の塊は敏捷に動いて紅蓮へと向かっていく。

「妖術だ!」

 紅蓮が刀を抜き構えると同時に、泥は大きく広がり紅蓮へと襲いかかった。

「紅蓮様!!」

 紅蓮の刀が炎を(まと)う。
 力強く踏み込むと、紅蓮が大きく刀を振った。

 一閃――泥は真っ二つになった。
 だが、すぐさま合体する。ダメージはないようだ。

(火は土に力を与えてしまうんだわ!)

 咲久耶はすぐさま五行思想の相生(そうせい)を思い出した。

 それでも紅蓮の火の力が強ければ押し切れたかもしれないが、相手も相当手練(てだ)れのようだ。

 泥がいきなり細くなり、先を尖らせ(くい)のような形状をとった。

「!!」

 紅蓮の体を貫くように突進してきた泥の妖術を、紅蓮はかろうじて刀身で受けた。

「くっ……!」

 紅蓮の顔が苦痛に歪む。
 力は拮抗しているようだが、紅蓮の手が震えてくる。

(押し負けてしまう!!)

 咲久耶はハッとした。

(私の力は『木』……! 木は土の養分を吸い取る! 私の力とは相性が悪いはず!)

 咲久耶は霊気を一気に放出させた。
 花の形をした霊気が発現し、ふわふわと辺りを舞った。

(行って!)

 咲久耶が念じると、泥の杭に花が舞い降りた。
 どろりと杭が溶けて泥に戻る。

(そして、私の木の性質は火を助けるはず!)

 咲久耶の花の霊気が紅蓮に降り注ぐ。
 紅蓮の刀にごうごうと激しい炎が纏われた。

「よくやった、咲久耶!!」

 自由になった紅蓮が炎の刀で泥を斬る。
 泥が業火にまかれ一瞬にして灰になり、そして消えた。

(やった?)

 紅蓮と咲久耶は顔を見合わせた。

「紅蓮様、今のはもしや第二皇子側の……」
「ああ! 雪埜(ゆきの)は土の性質持ちだ。間違いないだろう」

 紅蓮が頬を歪め、凄惨な笑みを浮かべる。

「俺の屋敷に侵入させるとはな! 一度、全員調べる必要があるな」

 深いため息をついた紅蓮が咲久耶を見る。

「おまえの木の性質のおかげで力を弱められ、俺の力を増強した……」

 咲久耶はそっと胸に手を当てた。まだドキドキしている。

「私も驚きました。ただの魔除けとして神事の時に舞わせることしかしてこなかったので……」

 妖術を抑えたり、強めたりする強力な力があるとは夢にも思わなかった。

「あんな辺鄙(へんぴ)な島国にこれほどの才能が眠っていたとはな……」

 紅蓮がそっと咲久耶の頬に手を触れる。

「存外、陰陽寮の託宣は真実だったのかもしれない」
「あっ……」

 紅蓮に唇を奪われ、咲久耶は息を呑んだ。
 間近で見る紅蓮の目は炎に負けない輝きを放っていた。

「信じられない。今の俺に必要な能力を持っている者が愛しい相手だなどと……」

 紅蓮がそっと咲久耶を引き寄せる。

「わかるか? 俺がどんなに嬉しいか……」

 紅蓮の手が優しく咲久耶の髪を撫でる。

「愛した女を妻にできるなどという幸福が俺に訪れるとはな……」

 咲久耶はそっと目を閉じた。

「私も信じられないです」

 たった一人、故郷から(とつ)いできた。
 冷ややかな対応をされたうえ、放置され、地獄のような思いをした。

 あのつらい日々が遠い昔のように感じる。

「一生かけておまえを守り抜く。大事にする。だから俺のそばにいてくれ」

 咲久耶はそっと紅蓮の顔を手で包んだ。
 どこか不安げな目をまっすぐ見つめる。

 身内に命を狙われ、片時も刀を手放さない紅蓮。
 彼もまた孤独だった。

「一緒にいましょう。ふたりでならきっと乗り越えられます」

 王位継承権争い、東に大陸との交易――これから変化の大波がやってくる。

(でも彼となら。二人でならきっと……)

 咲久耶は紅蓮の首に手を回し、しっかり抱きしめた。

(私たちはようやく本当の夫婦になれたのね)

 幸福感が胸に満ちる。今、恐れるものは何もなかった。