冷遇された花巫女姫は、火の皇子に溺愛される

 言葉も出ない咲久耶(さくや)紅蓮(ぐれん)がじっと見つめる。

「側室では不服か?」
「いえ、あの」

 紅蓮が本気だと悟り、咲久耶はへどもどした。

 正室である自分が求婚されるという、まさかの事態に混乱している。
 だがもちろん、咲久耶を沙羅(さら)だと思っている紅蓮は知るよしもない。

「それとも俺の妻になるのは嫌か」

 ぐっと手首をつかまれる。
 痛くはなかったが、絶対に逃がさないという強い意志を感じ咲久耶はたじろいだ。

「俺を見ろ、沙羅」

 おろおろしていた咲久耶は、おずおずと紅蓮と目を合わせた。

「心が通じ合っていると思っているのは俺だけか?」

 顔をのぞき込まれ、咲久耶はびくりとした。

(すごく熱い眼差(まなざ)し……)

 紅蓮が本気なのが否が応にも伝わってくる。
 咲久耶はごくりと唾を飲み込んだ。

「いえ、あの。でも、もう側室はいらっしゃいますよね? 真璃枝(まりえ)様が……」
「形式だけの側室だ。高原(たかはら)家のごり押しでな」

 紅蓮がため息をつく。

「第一皇子などと崇められても自由などない。託宣で選ばれた正室、政治的配慮による側室。俺は何なのだ」

 紅蓮が悔しそうに顔を歪める。

「紅蓮様……」
「一生を共にする相手すら自分で決められない。だが、それをおかしいと思わせてくれたのはおまえだ」

 ぐっと手に力が込められる。

「自分から妻にしたいと思ったのはおまえだけだ」

 紅蓮が手首から手を離すと、そっと手を握ってくる。
 温かく大きな手に包まれる心地良さに咲久耶は驚いた。

(触れられても全然嫌じゃない。私、やっぱり紅蓮様のことを……)

「すべてが明らかになれば、おまえを正室にしたいと思っている」
「えっ!」

 思わぬ言葉に咲久耶は声を上げた。
「ダメか?」
「いえ、でも、託宣で選ばれた正室の方は……」
「あれは刺客(しかく)だ」

 苦々しそうに言う紅蓮に、咲久耶は思わず反駁(はんぱく)しそうになったがぐっとこらえた。

(なんで? 私は刺客じゃない!!)

「なぜそう思われるのですか?」
「まず不自然だ。これまで縁遠かった小国の姫が選ばれるなどと」

 咲久耶は五行思想を思い出した。

「でも咲久耶姫も名前が『木』の性質ですよね? 火の紅蓮様と相性がいいのでは?」
「確かにな。だが、毒のある花はいらぬ」
「どういうことですか?」

 不穏な言葉に咲久耶はドキドキした。

(私が毒花だというの?)

「真波国に大金が流れた形跡があった」
「!!」

 思いがけない言葉だった。紅蓮が静かに続ける。

「貧しい小国だ。金に目がくらむ者がいてもおかしくない。王かもしれない」
「そんな!」

(父はそんなことしない! むしろ私を心配して、嫁入りをためらっていた!)

「うまく隠蔽していたが、黒幕は父の側室である雪埜(ゆきの)だと思う」
「雪埜様……」

 第二皇子の母で野望を持っていると噂の人物だろう。

「雪埜が自分の手のものを陰陽(おんみょう)寮に送り込んでいるのも確かだ。つまり、託宣の真偽も疑わしい」

 なんとなく紅蓮が想像していることがわかった。

「つまり、紅蓮様を殺すために偽の託宣をして、金で雇った真波国の姫を刺客として送り込んだと思われているのですね」
「そうだ。この縁談自体が雪埜の企みだと俺は思っている」
「……」

「剣士で妖術師の俺を殺すのは至難の(わざ)だ。だから、女を近づけて油断させる。以前の縁談では毒を盛られた。失敗したとわかって刺客は自害したが、あれも雪埜の企みだろう」

 紅蓮が疑うのもわかる。だが、それは間違っているとはっきりわかる。

(だって結納金以外もらっていないし、そもそも私は刺客じゃない)

 だが、紅蓮がこれほど確信を持っているということは、誰かはわからないが真波国の人間が雪埜に買収されたということだ。

(いったい誰? 何のためにお金を受け取ったの?)

 これまで対岸の火事のように見ていた王位継承権争いに真波国も巻き込まれているのかもしれない。

 咲久耶はぞっとした。
 貧しいが平和な故郷が戦火に巻かれるかもしれない。

(やっぱり早く真波に帰らないと!)

 咲久耶はあることに気づきハッとした。

「私は疑わないのですか?」

 紅蓮がじっと咲久耶を見つめてくる。

「紅蓮様に近づいて一緒にお茶をしている新入りの侍女なんて怪しすぎるじゃないですか!」

 自分を追い詰める言葉だとわかっていたが止まらなかった。
 紅蓮が肘をついてじっと咲久耶を眺める。

「勧められた茶菓子をガツガツ食べる刺客がいるか」
「……っ!」

 毎日夢中でお菓子を食べていた咲久耶は顔が真っ赤になるのを感じた。

「それはっ……」
「おまえは素直でいい子だ。見ていればわかる。隙だらけだし」

 紅蓮がふっと口角を上げる。

「でも! あまりに油断しすぎです!」
「それはおまえだ。最初は緊張していたが、今は気を抜いてぱくぱく何でも食うし、うかつな言葉を吐く」

 おかしそうに紅蓮がくっと笑った。

「刺客というのはやはりどこか気を張っているんだ。前の縁談の相手がそうだった。そういうのは隠しきれない」

 紅蓮が上目遣いに見てくる。

「それともあれか。おまえは刺客なのか」
「違います!」
「なら、結婚してくれ」

 ずばっと言われ、咲久耶は絶句した。なんと返していいかわからない。

「あの、時間をください。私……」
「そうだな。性急すぎた」

 紅蓮がそっと目を伏せる。
 ホッとしたのも(つか)の間、いきなり抱きすくめられて息が止まった。

「あ、あのっ……」

 そう言ったきり言葉が出ない。
 どれだけ(いと)しく思ってくれているのか、密着した体が雄弁に語っていた。

(私のことを妻にしたいって紅蓮様が言ってくれた……)

 涙がにじむ。

(これが沙羅ではなく咲久耶への言葉だったら、どんなによかっただろう……)

 永遠に続くかと思われた抱擁だったが、しばらくして紅蓮はそっと体を離した。

「俺は本気だ、沙羅」

 燃えるような熱い眼差しが注がれる。

「考えていてほしい。俺の妻になることを」