冷遇された花巫女姫は、火の皇子に溺愛される

咲久耶(さくや)様、こちらです」
「はいっ」

 侍女に呼ばれ、色打ち掛けを着た咲久耶はしずしずと廊下を進んだ。
 いよいよ婚儀の相手である飛天(ひてん)国の皇子、紅蓮(ぐれん)との顔合わせだ。

 政略結婚とはいえ、このあと一生を添い遂げる相手だ。
 おのずと期待は高まる。

(紅蓮様……その武勇は大陸のみならず、海を越えた我が国にも轟いている)
(この大陸には人に仇なす妖魔がいる。紅蓮様は炎の妖術を操り倒すのだとか)

 勇壮な戦士であり、なおかつ次代の王となるお方だ。
 錚々(そうそう)たる妃候補がいたと聞く。

(小国出身の私が正妃なんておこがましい気がするけど)

 縁談は急に訪れた。
 飛天国で託宣が出たのだ。

 並み居る候補を押しのけて選ばれたのが、大陸からぽつんと離れた島国の姫である咲久耶だ。

 咲久耶が正室として選ばれて宮中がずいぶん荒れたと聞く。
 有力な貴族や豪族たちが皆、自分の娘を紅蓮に嫁がせたがったからだ。

 だが、陰陽道を尊ぶ飛天国では陰陽寮の託宣が絶対的な意味を持つ。
 結局、託宣に従うという決着がついたが、他国の姫である咲久耶に対する風当たりが強いのは想像がつく。

(お父様もお母様も皆心配していたな……)

 まだ十七歳である咲久耶がたった一人海を渡り、大国である飛天国に(とつ)ぐのだ。
 咲久耶の故郷である真波(まなみ)国では喜びよりも不安の方が勝っていた。

(でも、貧しい小国である真波国がこれを機会に発展するいい機会でもある)

 正室の故郷は厚遇される。もちろん結納金や祝いの品で潤う側面もある。
 咲久耶に断る選択肢はなかった。

 船旅を含め七日かけて飛天国にたどり着いた咲久耶はすぐさま婚儀の準備に入った。
 咲久耶は豪勢な着物を着せられ、美しく飾り立てられた。

 貧しい故郷では王族といえども質素な生活をしていた。
 しっかり化粧をされるのも初めてで、頭部に造花や宝石がたくさん飾りつけられた自分はまるで別人のようだった。

(頭がずっしり重いわ……。顔には分厚い皮が張り付けられたみたい)

 豪華絢爛な装いをしても、咲久耶の心は沈んだままだった。

 家族は遙か遠く、こちらに早く馴染むようにと侍女の帯同も許されなかった。
 誰も知り合いがいない他国でたった一人という心細さがこみ上げる。

(そんなのわかっていたことよ。しっかりしないと!)

 これからたった一人で暮らしていかなければならないのだ。

(ううん、一人じゃないわ)
(私には夫が……紅蓮様がいる)

 座敷に入ると、ずらりと並んだ人々が一斉に頭を下げた。

「咲久耶様、どうぞこちらへ」

 案内されるまま進むと、奥座敷に座っているすらりとした男性が目に入った。

「紅蓮様です」

(あの方が……)

 初めて見る紅蓮は抜き身の刀身のような鋭さを感じさせた。
 ビリビリとした威圧感に足がすくむ。

 漆黒の目が咲久耶を見つめてきた。
 ありありと警戒感を浮かべた眼差しに、咲久耶はたじろいだ。

 どこか女性めいた端正な顔立ちだが、美男子にありがちな弱々しさがまったくない。
 婚礼用の紋付き羽織黒袴は銀糸と金糸で刺繍がされており、さすが大国の皇子だと思わせられる。

(こんな凜々しい男性、初めて見るわ。それに風格が全然違う)

 急に自分がみすぼらしく思え、咲久耶はドキドキした。

(私、変じゃないかしら)

 贅をこらした着物に自分が見合っているのかわからない。
 咲久耶は紅蓮の前に来ると、そっと畳に手をつき静かに頭を下げた。

「初めてお目にかかります。真波国の咲久耶です」
「長旅ご苦労だった」

 それだけ言うと、紅蓮は婚儀の間二度と咲久耶の顔を見ることはなかった。