扉の鍵を開けてくれたのは



「今日は図書館寄るよな?」

 ホームルームが終わった後、翠の席に来た昂生が尋ねた。翠は頷いた。

「うん、予約した本があるから寄りたい」
「じゃあ、帰りに行こう」

 翠の趣味は読書だった。二人とも部活に入っていないので、帰り道によく寄って行く。その日も図書館へ寄ってから家に帰った。

「じゃあな、また明日」

 昂生が片手をひらひらさせて帰った。

「ただいまー」

 翠は玄関の鍵を開けて、誰もいないはずの家に向かって声をかけた。すると、お帰りーと返事があってびっくりした。

「え?」

 顔を上げると和室から貴也が現れた。すでに私服に着替えている。

「は、早いんだね」
「うん。まっすぐ帰ったから」

 貴也も部活には入っていないのだろうか。

「翠はどこかに寄ってたのか?」
「あ、僕は図書館に寄ってたんだ」
「何借りたの?」
「これ」

 新刊の推理小説を見せる。貴也は小説を手に取ってぺらぺらページをめくって翠に戻した。

「面白いの?」
「うん。けっこう作者で選ぶ」
「ふうん……」

 貴也はあんまり読まないのだろう。読まない人の反応だ、と苦笑した。

「翠を待ってたんだ。昨日言っただろ、勉強教えてほしいって」
「うん」

 僕に教えられるかな、と心の中で思いながらも台所へ向かいお弁当箱を取り出した。
 空になった弁当箱をシンクへ置くとそれを見て貴也が、あ、今日のお弁当すごく美味しかったよと言った。

「あ、俺も弁当箱持ってくる」

 そう言うなり、台所を出て行ってすぐに戻ってきた。翠はカバンをその場に置いて二人分の弁当箱を洗い始めた。

「一度、着替えに戻るね」
「なあ」
「ん?」
「今、どの辺やってる? 俺、国語が苦手で」

 得意とまでは言わないが、国語は割と好きだ。

「一緒にしょうか」
「いい? やった! じゃあ、翠の部屋でしようか」
「あ……」

 立ち止まった翠を貴也が不思議そうに見てきた。

「どした?」
「リビングにしない? テーブルも広いし」
「そうだな」

 貴也は何も考えていない。ただ、宿題を終わらせたいだけだ。
 翠はそう思うと、着替えてくるから待っててと頼んだ。

「部屋で待っててもいい?」
「別にいいけど……」

 貴也の言葉に反応する必要はない。意識してばかりいる自分がおかしいのだ。
 翠は部屋に入るとタンスからジーンズとシャツを出した。制服を脱いで着替えると、シャツの上から軽くカーディガンを羽織った。
 貴也はただぼうっとして、ベッドに腰かけている。
 宿題を探して取り出すと、貴也を振り返った。

「行こ」
「うん」

 リビングに向かう貴也の背中を追いかけながら、何を食べたらこんなに筋肉がつくんだろうと不思議に思った。
 テーブルに宿題を広げると貴也も同じように教科書を開いてすぐに肘をついた。難しい顔をしてシャーペンが止まっている。
 そんなに難しいだろうか。教科書を覗き込むと、ここが分からない、と訴えてきた。
 貴也が悩んでいるのは国語だった。

「貴也は理系が得意なんだね」

 貴也の学校だって偏差値は決して低くない。自分と同じくらいだと思う。

「そうなんだよ。俺、国語の理解力が果てしなく低くて、数学とか科学とかの方が得意なんだよな」
「僕は理系が苦手なんだ」
「そうは見えないけどな」

 貴也がにっと笑った。二人で分からない部分を教えあって宿題を終えた。翠はお茶を入れようと立ち上がった。
 冷蔵庫から常備してあるお茶を二人分入れて出した。

「ありがとう。ああ、マジで助かったよ」
「どういたしまして」

 お茶を飲んで一息ついた。

「じゃあ、僕は夕飯の支度するから」
「えっ」

 貴也が盛大に驚く。時計を見るともういい時間になっていた。

「玲子さんもお父さんも仕事だし、貴也だってお腹空いたでしょ?」
「俺も手伝うよ」
「いいよ。僕、料理が好きなんだ。宿題も終わったし、今日は生姜焼きにしようと思っていたからすぐにできるよ」
「そんなに簡単なの?」
「慣れてるから。あと、一品おかずを足そうかなとは思うけど」
「翠ってすごいなあ」

 感心したように言うので面映ゆい気持ちになった。

「子どもの頃、おばあちゃんから教わった料理をお母さんに出したら、すごく喜んでくれて。それからかな。作るのが楽しくなったんだ」
「俺は遊んでばっかだったなー」

 それが普通だよ、と声に出さずに、翠は宿題を置いたまま台所の方へ行った。
 貴也もくっついてきて、俺もやると言った。
 手伝いたいと言ってくれる彼を無下にするわけにいかず、じゃあ、お願いしますと小さい声で言った。