扉の鍵を開けてくれたのは


 朝、目が覚めた時、貴也が隣で眠っていた。
 翠は思わずタオルケットを自分の胸にまで引き上げると、それに気づいて貴也が目を開けた。

「あ、お、おはよう、貴也」

 翠が挨拶をすると、貴也が照れくさそうに、おはようと言った。
 貴也がむくりと起き上がる。翠はすぐには動けなかった。

「翠、ご飯、食べに行くか?」
「う、うん」

 精一杯頷いてようやく起き上がる。今までも一緒に寝た事もあったのに、どうやって息をしていたのか忘れそうなくらい緊張していた。すると、貴也が思い出したように、あっと言った。

「そ、そう言えば、夕べ翠も話があるって言ってたよな」
「えっ? あ、うん」
「あれってなんの話だったんだ?」
「あ……」

 貴也が告白してくれたから言いそびれてしまったのだが、実は自分も気持ちを伝えようと思っていた。
 翠は立ち上がって本棚の方へ行くと、母からもらったテディベアを持ってきた。ベッドに腰かけている貴也に渡す。

「これ、小さい頃にお母さんからもらったヌイグルミなんだ」
「へえ、そうなんだ。可愛いクマだな」
「これを見て思い出したんだ。僕、お母さんに大好きって言った覚えがあんまりなくって」
「ああ、うん」
「生きている間に言えばよかったと思った」
「そっか。そうだったんだな。うん」
「それで、その……。だから、僕は貴也が大好きです」
「そっか……えっ」

 ヌイグルミを落としそうになり慌てて持ちなおす。

「それを言わなきゃと夕べは思ってた」
「そっか……。なんだ、そっかそっか」

 突然、貴也がニヤニヤと笑って自分の口元を隠した。

「貴也、すごく変な顔してるけど……」
「いや、めちゃくちゃ嬉しくて」

 貴也は幸せそうな顔になると、腕を広げて翠をぎゅっと抱きしめた。翠は腰辺りから抱きしめられてびっくりする。

「あー、もうこれからは遠慮しなくっていいんだ」

 翠の方はドキドキしすぎて息が止まりそうなのに、貴也にとっては普通なのかもしれない。

「た、貴也ってば、遠慮しないって言ってるけど。最初からけっこう触ってきたよね?」
「んー、翠って可愛いから。もう、触りたくなるんだよ」
「どういう基準? 男だから?」
「男だからじゃなくて、翠だからだと思う」

 さらに恥ずかしくなることを言われる。

「あー、おじさんたちに言いたい」
「えっ?」

 翠はぎょっとして貴也から少し体を離した。
 いきなり翠が超えられなかったハードルを貴也は飛び越えようとしている。

「玲子さんに言うの?」
「言いたいなって思って。俺、隠し事できるタイプじゃないから。あー、でもまあ、いきなり今日から付き合い始めましたって、伝えるのもな。少し様子見てから言おうか」
「その時は僕も一緒に言う」
「うん。それじゃ、付き合い始めた記念日に今度、デートしようぜ。水族館はまだ行けていないし、翠といろんな場所に行きたい」
「僕も行きたい」
「前の計画はダメになったから、リベンジしようぜ」

 今度こそ、本当に初デートなんだ。
 そう思うだけで、翠はもう舞い上がりそうなほど嬉しかった。

 朝食を二人で食べてから、何をしようかという話になり、今日は部屋でダラダラしたいということで、翠の部屋でゲームをして遊んだ。
 お互いの気持ちを伝えあったからとはいえ、今までとそんなに変わりはないけれど、貴也の事を好きな気持ちを隠さなくていいというだけで、世界が一変してしまった気がする。


 父と玲子も仕事に出かけたので、夕食はいつものように翠が作った。
 貴也がハンバーグを食べたいと言ったので、二人でスーパーに買い物に行き、野菜とあいびき肉を買った。
 夕飯の支度も貴也が手伝ってくれた。貴也にハンバーグの作り方を教えるのに少し骨が折れたが、何とか準備ができた。
 夕食時、父と玲子とみんなで食事をした。

 翠は今まで通り貴也と話していたつもりだったのに、父がにこにこしながら言った。

「二人とも仲良くなったんだね、良かった」
「え?」

 翠は思わずギクッとして父の方を見た。

「仲がいいのは知っていたけど、このハンバーグも貴也くんが作ってくれたんだろ」
「え、なんで分かったの?」

 貴也が驚く。

「翠はよくハンバーグを作ってくれたから、形が違うから分かるよ」

 父がハハハと笑う。そこに気がつくなんて、父は意外と見ていてくれていたのかもしれないと翠もびっくりした。

「美味しいわよ、貴也。初めてにしては」
「母さん、一言よけいだよ」
「翠くん大変だったでしょ、貴也に教えるの」
「いえ……」

 貴也に、ハンバーグの空気を抜くというのを説明するのが、一番大変だったことを思いだして苦笑いした。

「でも本当によかったわねー、貴也」
「は? 何が?」

 ハンバーグを食べていた貴也が首を傾げる。翠は眉をひそめた。

「翠くんとお付き合いしているんでしょ?」

 それを聞いて、翠と貴也の手が止まった。たっぷり間を開けて、貴也が声を出した。

「な、何を言って……」
「バレバレよ」
「玲子さん……。いきなりそんな話をしたら、二人が驚いてるよ」

 父がやんわりとたしなめた。

「ああ、そうよね。驚かせてごめんなさい。でも私、嬉しくって。大好きな翠くんが、うちの貴也を受け入れてくれて。職業柄、いろんな人たちを見てきたから、男性同士でお付き合いしているからって、おかしなことだとは思わないのよ」
「……お父さんも?」
「ああ」

 翠はそれを聞いた瞬間、泣きそうになった。自分が今までずっと隠し続けていた事を父は受け入れられる人だった。

「翠……」

 食事中に泣くなんて思いもしなかった。隣に座っていた貴也が翠の背中を優しく撫でた。翠は、お茶を一口飲んで息を吸った。

「ありがとう……玲子さん」
「うんうんよかった。さあ、食べよ。形はいびつでもハンバーグもすごく美味しいよ」
「これでも翠がきれいに整えたんだけどな」
「貴也くん料理は?」
「全然しません!」

 思いっきり否定したのを見て翠が吹き出し、玲子も同時に笑いだした。

「私も全然料理しないから」

 それでも玲子は頑張っていろいろ作ってくれている。父が料理をしたことは一度も見たことがないけど。
 翠は目じりの涙を拭いて笑顔になった。

「翠の誕生日をお祝いし損ねたから、今度、焼肉でもしようか。翠、好きな肉買っといで」
「分かった」

 父の言葉に翠がこくりと頷いた。

「俺、焼肉、食べたいっす」

 貴也が賛成して、四人が同時に笑った。