「ただいま……」
貴也は学校の委員会があるとかで、今日は来ないので昂生と一緒に帰って来た。
てっきりいないと思ったのに、アイスを食べながら貴也が玄関に現れた。
「お帰り」
「帰ってたの?」
「うん。委員会が早めに終わってさ。翠が帰ってくるのを待ってたんだよ。新着のアニメ一緒に見ようぜ」
貴也の推しアニメで毎週欠かさず見ている。
翠は着替えると貴也の部屋に入った。ソファがあるのでそこに座る。貴也のパソコンで、二人で動画を見始めた。
見始めてすぐに貴也が軽く翠にもたれかかってきた。翠が思わずもぞもぞと動くと貴也が気づいた。
「あ、ごめん、重かった?」
「そうじゃないんだけど」
貴也が気になり過ぎて集中できない。
三十分弱のアニメを見終わる。貴也は、あー、面白かったと感慨深い声を出した。
翠の方はと言うと、少しだけぐったりしていた。その時、机に置いてあった貴也のスマホが鳴った。どうやらメールが入ったようで、確認するなり翠の方を見た。
「翠、俺の父さんからの連絡で今度の日曜日、柚葉を連れて遊園地に行くんだけど、人数が多い方が楽しいから、翠も一緒に行かないかって誘ってきた。なあ、行こうよ。おごってもらおうぜ」
割と人見知りが激しい翠は、とっさに断りたい衝動に駆られたが、せっかく貴也の父が誘ってくれたので、嫌とは言い出せなかった。
「分かった。いいよ」
「やった!」
貴也は嬉しそうにすぐ返信をした。
「じゃあ、日曜日な」
「柚葉ちゃんって言うんだ」
「そうなんだよ。ませてるんだよな」
五歳の女の子ってどんな感じなんだろう。それに、貴也のお父さんと会うのも少し緊張する。
「楽しみだな。俺、一緒にいるから、翠は心配すんな」
「うん」
貴也に全く意識されていないことは分かっていたが、それでもドキッとした。
「楽しみだね」
何着ていこうかな、とちょっと心が騒いだ。
遊園地、当日。
朝からいい天気で貴也の父が家まで迎えに来てくれた。
七人乗りの車に乗るのも初めてだ。
父と玲子も家に居たので、父親同士が簡単に挨拶をしていた。それから翠たちは車に乗り込んだ。
柚葉は五歳なので、まだチャイルドシートに座っていた。小柄な女の子で目がぱっちりしていてすごく可愛かった。
チャイルドシートの席から翠の顔を穴が開くほどじっと見ている。
「こんにちは」
挨拶をすると急に恥ずかしそうにして、持っていたヌイグルミで顔を覆った。
「なんかすごく照れてるな」
貴也が茶化すとさらに恥ずかしそうにしてヌイグルミをつぶしていた。
柚葉の隣に貴也が座り、一番後ろに翠が座った。翠は動き出した車から流れていく景色を楽しんだ。景色ばかりを見ているうちに、気づいたら遊園地に到着したらしかった。
柚葉を降ろしてから一行は遊園地に向かう。その時、貴也の父と少しだけ話をした。
「貴也がいつも君のことを話しているよ。テレビでしか見たことはなかったけど、お母さんによく似ているんだね」
「ありがとうございます」
玲子は、母のタレント事務所の後輩だったという話は聞いたことがある。貴也の父は芸能関係とは無関係のようだった。
園内に入るなり、柚葉が大はしゃぎして走り始めた。貴也が慌てて追いかけて手を繋ぐ。翠も柚葉を見失わないようにと隣に行った。
意外にも貴也は、柚葉にかなり甘い様子で、どんなわがままを言っても、しょうがねえなといろいろ聞いてあげていた。それを見ていると、翠もついつい笑顔になってしまうのと同時に、これが貴也らしさなんだと思った。
学校を転入して一緒にいたいと言ってくれたり、家でもいろいろ話かけてくれたりするのも、貴也が優しいからなんだ。
弟みたいだと言ってくれるだけで幸せなのに、自分はすごく贅沢な悩みを言っていた。
好きとか嫌いを通り越して、貴也を本当の家族として受け入れられたら、それが一番の解決法なんじゃないだろうか。
遊園地でも一緒に過ごしていくうちに、どんどんと貴也のいいところが見えて、来てよかったと思った。
柚葉も最初のうちは人見知りしていたが、翠が話しかけて慣れてくると手を繋いでくれるようになった。
少し早い昼食にして、その時、柚葉とたくさん話をした。
「スイちゃん、ゆずはのあたまなでなでして」
「うん、いいよ」
柚葉の真っ黒の綺麗な髪を撫でるとキャーっと嬉しそうに飛び跳ねる。
「サラサラしていてきれいな髪だね」
「スイちゃんはゆずはのこと好き?」
「好きだよ」
問われたらその都度、好きだよと答えるとキャーっと恥ずかしがるのに、はまったようで何度も言わされた。最初は笑ってからかっていた貴也だったが、柚葉が何度も繰り返すうちに、何だか不機嫌な顔になっていった。
「柚葉、ちょっと翠を独り占めしすぎてないか?」
「あたしスイちゃんとけっこんする」
「は?」
貴也が、ぴくっと眉をひそめた。
「貴也、顔が怖いけど」
「あ、わりい……。なんか複雑な気持ちになってさ。翠は俺の弟みたいなもんなのに、妹にとられたくないっていうか……」
「僕は貴也の家族だよ」
そう言うと、貴也がハッとしたように翠を見た。
「え?」
「えって、そうでしょ?」
「あ、うん」
貴也は喜ぶと思ったのに、違う反応だったので首を傾げた。
僕はまた、おかしなことを言ったのだろうか。
柚葉を抱っこしたままでいると、もう帰ろうか、という貴也の父の声に三人は車の方へ移動した。
はしゃぎ疲れた柚葉はすぐに眠ってしまい、貴也と翠が一番後ろの座席に座った。
貴也も疲れたのだろうか、あんまり話をせず翠も黙ったままだった。
運転席から貴也の父が、誰かー、寝てないやつー、俺に話しかけてくれーと嘆いているのが聞こえた。
サービスエリアで貴也が助手席に移動し、そのまま翠の家まで送ってもらった。

