扉の鍵を開けてくれたのは


 プレゼントのパジャマを貴也が着てくれているのを見て、単純に嬉しかった。
 貴也が自分のことを弟のように思ってくれている。それだけで十分なのに。
 気がつけばモヤモヤした気持ちが、ほんの少しだけ心のすみっこに現れた。
 このモヤモヤがどこからくるのか分からない。

 貴也の転校理由は、母の再婚により引っ越し先が翠の高校の方が近いこと。そして、転校の時期は、二学期の九月からと決まった。

 貴也自身、迷いは一切ないらしく、楽しみで仕方ないと言っている。昂生とも仲良くなり、時々、三人で遊びに行ったりもした。
 嬉しいはずなのに、なぜか翠の気持ちはあれからずっと、もやっとしている。


 お昼休み、お弁当を食べた後、ぼんやりしていたら、昂生に、おーいと何度か声をかけられた。

「悩み事か? 期末テストは終わったし。夏休みにどっか出かけるとか、バイトするとか考えてる?」
「夏休みか……」

 相変わらず居座るモヤモヤ。夏休みのことが気になるのだろうか。
 家に帰ると、貴也はそばにいてくれる。夜遅くに帰ったり出かけたりしなくなった。
 夏休みに入ったら、朝から夜まで、ずっと一緒にいるんだろうか。
 そんな状況に、自分は耐えられるのだろうか。
 想像して机に頬を押し付けた。

「昂生……。どうしたらいい? 貴也が僕にべったりなんだけど」
「は? 何その面白い話はっ」

 面白くなんかない、と小さくぼやいた。

「貴也は僕の事、小さい弟か何かだと思ってるんだ」
「まあ、翠は可愛いからな。無理もないかも……」
「冗談じゃなくて、助けてよ」
「嫌なのか? 嫌なら嫌って言えばいいじゃん」
「……気持ちを隠すのがつらい」

 こちらは意識しまくっているというのに、肩を回してきたり話しかけられたりするだけで、心臓に悪い。

「はあ……」
「贅沢な悩みだな」

 昂生がくすくす笑う。

「そんなにつらいんなら無視しちゃえば? それか告白する」
「こ、告白?」
「ああ。貴也は翠の恋愛対象の話、知ってるんだよな」
「うん」

 翠は思わず小声になった。クラスメートには内緒にしているから昂生も気を遣って声を潜めた。

「これからずっと一緒なんだぞ。しかも、高校まで一緒……。あ、ていうか、うーん」

 昂生が急に難しい顔で腕を組んだ。

「な、何? どうしたの?」
「いや、もし、翠が貴也に告白をして断られたら、転校してくる意味がないなと思って」

 振られた時のことを考えた瞬間、翠は青ざめた。

「絶対、告白なんかできない……」
「なら、これから高校三年までの間、気持ちを隠すしかないな。翠は弟に徹しろ」
「そんな……」

 でも、昂生の言う通りなのかもしれない。
 翠は、はあっとさらに落ち込んで両手で頭を抱えた。

「どうしたらいい?」

 その問いかけに、昂生は面白そうに笑って言った。

「付き合い長いけど、翠の意外な面を知ったな」
「へ?」
「けっこう形にこだわってたんだ、と思って」

 ポンと昂生が翠の肩を叩いた。

「それは翠しだい、だよ」