扉の鍵を開けてくれたのは


「はい。これ」

 夜、寝る前に、翠の部屋にやってきた貴也が小さな紙に包んだ物を渡した。

「誕生日プレゼント」
「えっ」

 翠は受けとってすぐにそれを開けた。
 透明のアクリルキーホルダーだった。バスケットボールの形をしていて、翠の名前がローマ字で書かれてある。

「ネットで買ったんだけど、俺もおそろいにした」

 貴也のキーホルダーはサッカーボールの柄で、同じように名前が彫られていた。

「ありがとう」

 感極まって声が震えた。

「家の合鍵に付けようぜ」

 そう言って貴也が、お互いの合鍵にキーホルダーをつけてくれた。

「はい」

 貴也から手渡され、初めてのプレゼントを両手に乗せた。もう一度、嬉しさが込み上げてくる。

「嬉しい。ありがとう。大事にするね」
「ああ。なあ、宿題もう終わった?」
「うん、終わってる」
「だったら俺のスマホで、アニメ見ようぜ」

 そう言うと貴也は、翠のベッドに横になった。翠の方が小柄なので、貴也の前に寝転んだ。
 小さな画面を二人で見ているうちに、猛烈に眠くなった。

「翠?」
「……ん?」
「眠そうだな。もう寝るか」

 翠はもうほとんど瞼が閉じかけていた。

「おやすみ」

 貴也の声が聞こえた気がしたが、そのまま眠ってしまった。

 朝、目覚まし時計の音で目が覚めると隣に貴也がいて翠は驚いた。

「えっ?」
「おはよう」

 大きく伸びをして貴也が起き上がる。

「おはようって、部屋に戻らなかったの?」
「うん……」

 貴也は少し眠そうな顔で言ってから、大きなあくびをした。

「まだ六時じゃん」
「お弁当作るから」
「こんなに早く起きるんだ」

 一晩ぐっすり寝たら、かなり動けるようになった。病気ではないので、翠はいつものようにお弁当を作りたいと父に伝えていた。
 昨日のうちに下ごしらえもしている。あとは卵焼きとお肉を炒めるぐらいだ。

「俺も手伝おうか」
「いいよ」

 翠は笑ってベッドから出てすぐに着替えた。

「俺も着替えてくる」

 貴也も部屋を出て行く。貴也がいなくなって、自分が緊張していた事に気づいた。

「早く慣れなきゃいけないな」

 貴也からのスキンシップに全然慣れない。彼は意識していないようだが、こちらは意識しまくりで、少しでも肩が触れるだけで心臓がバクバクするのだ。
 一緒に寝ていたなんて記憶がなくてよかった、と思った。



 放課後、貴也が一緒に帰ろうと学校まで迎えに来た。
 貴也の方が学校が遠いのに、どうして帰りが一緒になるのか不思議でならない。今度聞いてみたいと思う。
 今日は、このままスマホを買いに行く。

 結局、叔父はバッグを返す気がないようだった。そのため、新しくスマホを買い替えることにした。スマホ代は叔父に請求するらしい。
 そして叔父からの要求で、被害届は出さないで欲しいという代わりに、もう二度と翠には近寄らないと誓約書を書かせた、と父から聞いた。もし、次に近づいてきたら、今度は容赦なく被害届を提出すると伝えている。

「一番、高いやつ買おうぜ」

 貴也は言っていたが、翠は前と同じでいいと思っていた。
 携帯ショップでは玲子が待っていてくれた。機種変更をして無事に購入できた。
 携帯ショップを出ると、貴也がドーナツを食べに行こうと言い出した。

「行ってらっしゃい。夕飯は私が作るから、二人でゆっくりしてきて」

 玲子がそう言って、貴也にお小遣いを渡して帰って行った。
 貴也と二人で駅近くのドーナツ屋さんに入った。店内は学生や若い人でにぎわっている。ショーケースには、カラフルなドーナツがずらりと並んでいた。

「翠、どれにする? 俺はオールドファッションとアイスカフェオレ」
「僕はイチゴドーナツとオレンジジュース」

 順番が来て注文を取り、同じトレーに乗せて空いているソファ席に座った。喉が渇いていたのか、貴也がアイスカフェオレを一口飲んでふうっと息を吐いた。
 さっそくドーナツを食べ始める。翠もイチゴチョコをコーティングしたドーナツをほおばった。甘酸っぱさが口の中に広がり少し甘めで、生地はしっとりしている。

「美味しいね」
「うん。うまい。今日はさ、母さんが夕飯作ってくれるけど、翠も毎日、考えるの大変だろ」
「僕はけっこう授業中に考えたりするんだ」
「えええっ。それって不毛じゃん」
「どうして?」
「俺だったら別の事、考えてるな」

 ドーナツを食べてしまうと、貴也は少ししんみりした顔でテーブルを見つめた。

「どうしたの?」
「ごめんな」
「え?」
「誕生日の日、一緒に家を出てさえいれば、怖い目に合わせることもなかったのに」
「貴也……。貴也は悪くないよ。僕、あれから少し考えたんだ。あの日じゃなくても、きっと同じことがいつかは起きたんだと思う。叔父さんが、僕の誕生日を知っていたのかは分からない。たぶん、お父さんが再婚したことも知らなかったんだと思う。サインしろって迫られた時、スマホが鳴ったんだ。貴也だって思った」
「俺?」
「うん。貴也だと思ったら、絶対にサインしたくないって思った。なんでか分かんないけど、あの時はもう、叔父さんと関わりたくないって強く思ったんだ」
「翠……」

 隣に座っていた貴也が、見えない場所で翠の手を握った。

「来年、またお祝いしよ」
「え?」
「来年も再来年もずっと俺が祝ってやる」
「うん」
「あ、信じてないだろ」
「信じてるよ」

 翠は、貴也の手を強く握り返した。
 泣きそうなくらい嬉しかった。
 来年も貴也とこうして一緒にいられたら、それだけでいい。

 貴也は自分の言ったことが照れくさかったのか、手を放して肘をつくとそっぽを向いた。
 翠も急に恥ずかしくなって、オレンジジュースを飲んだ。

「そうだ、翠」

 貴也は思い出したようにカバンからスマホを取り出した。

「スマホの連絡先交換しよ」

 ニッと笑い、軽い口調で言った。