扉の鍵を開けてくれたのは


 貴也との仲が一歩以上も近づいて、毎日がなんだかふわふわした感じの日々が続いた。
 あっという間に翠の誕生日の日になり、翠はこのままウキウキしすぎて、自分は空に浮かんでいってしまうのじゃないかと錯覚するほどだった。

 水族館へ出かける直前、貴也はなぜか外で待ち合わせしようと言い出した。

「え? なんで? 一緒に行かないの?」
「駅とかで待ち合わせして、そこから合流ってのやってみたい」

 貴也って面白い。
 人っていろんな考え方を持っているんだなと思った。

「分かった。いいよ。なんかデートみたいだね」
「あ! そっか。デートっぽくしたかったのか俺」

 貴也が納得したように言うので翠はプッと吹き出した。

 毎日、貴也の意外な一面をたくさん見ている気がした。
 父と玲子にも二人きりで誕生日を祝いたいから、ご飯はまた今度にしてくれ、と言ってくれたし、いろいろ考えてくれたようだった。

「じゃあ、昼ごはんは家で食べてから、十三時に駅で待ち合わせしよう」
「分かった」

 昼過ぎの土曜日なら人も多いだろうし、駅まではそんなに遠くもない。一人でもいけるだろうと思って承諾した。
 貴也は部屋に閉じこもって何かいろいろ考えているようだったが、翠よりも先に家を出て行った。

 翠は昼食を軽く食べると、待ち合わせの時間まで本を読んだりして時間をつぶした。
 着替えをした時から、ドキドキがおさまらずそのまま家を出る。

 何これ、すっごい緊張してきた。
 二人で水族館に行くだけなのに、心臓がバクバクいっている。

 玄関を出て右に曲がって歩き始めると、前からツードアの外国車が市道を走ってきた。翠が立ち止まって避けようとすると、車が止まり車内から声をかけられた。

「翠! ちょうどよかった。家に行くところだったんだ」

 叔父が運転席から声をかけてきて車を降りると助手席のドアを開けた。翠の腕をつかむなり車に押し込まれた。そしてシートベルトもせずいきなり発車した。
 翠は恐怖のあまり声を出せなかった。

「翠、シートベルトしてくれ!」

 命令されて急いでシートベルトをする。それを見て叔父は、にやっと笑うとスピードを上げて走り出した。
 
「久しぶりだな、元気だったか?」

 前よりもかなり痩せて見える叔父はどこへ向かっているのか、都心の方へ向かい始めた。

「ど、どこへ行くんですか?」
「翠に紹介したい人がいるんだ」
「え?」
「姉さんに似てきたな。よく言われるだろ」

 叔父は翠の方を見ては嬉しそうに笑っている。翠は緊張しすぎて気分が悪くなった。顔をこわばらせ言葉が出せないでいると、叔父が悲しそうな声で言った。

「翠と連絡が取れなくなって参ったよ。だから、こんな結果になったんだぞ」
「え?」
「俺の事が嫌いになったよな」

 叔父はそう言うなり、車内でかかっているラジオの音量を上げて黙ってしまった。
 時計を見ると、貴也との待ち合わせの時間が刻々と迫っていた。翠は泣きそうな気持ちになって叔父に訴えた。

「叔父さん、僕、人と待ち合わせをしているんです。今すぐ降ろしてください」

 頼んだが叔父はこちらを見ようともせず無言だった。
 スマホを取り出して貴也にかけようとしたら、翠っと怒鳴られた。
 翠は半泣きになりながら、助手席でじっとせざるを得なかった。

 車はどこかのビルの前で止まり、下りるように指示された。
 腕をつかむ手が強くて痛かった。
 もう、貴也との待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。

「スマホを貸せ」

 財布も携帯も入ったバッグを取り上げられる。

「どこに行くの?」

 何を言っても答えてくれなかった。
 ビルの中に連れて行かれ、エレベーターで七階まで上がった。自動ドアが開くと、目の前にはビルに入っているテナント名がいくつか書かれてあった。
 その中に見たことのある芸能事務所の名前があった。
 母が生前、働いていた芸能事務所だった。