扉の鍵を開けてくれたのは



 熱くなった顔を押さえていると、着替えをすませた玲子が入ってきた。
 慌てて平常心を装った。

「あ、玲子さん」
「ありがとう、翠くん。貴也はお風呂に入った?」
「はい、案内しました。あの玲子さん、これお願いします」
「いつも本当にありがとうね」

 玲子は、翠が作った卵焼きとみそ汁、シャケの塩焼きを一緒にリビングのテーブルに並べていった。

「でも、びっくりしたわ。貴也ったらいきなり来るから」

 玲子がふうっと息を吐きだす。
 あ、そうだ。お魚が一つ足りない。

「あ、僕のお魚、貴也くんにあげてください」
「なに言ってるの。そんなのダメよ。私の分を食べてもらうわ」
「うわー、朝からすげえなあ」

 振り向くと貴也がさっぱりした姿で現れた。用意した父の服を着ている。するとその後ろから父も現れた。

「貴也くん、おはよう。じゃあ、みんな揃ったし、いただきますしてから話を聞こうか」

 テーブルを囲んで四人は座った。

「いただきます」

 父が手を合わせたのを聞いて、翠も手を合わせた。

「いっただきまーす」

 貴也は元気よく言うとご飯を食べ始めた。

「んまいっ」
「貴也くん、こっちに住むことにしたの?」

 父の問いかけに、貴也はごくんとご飯を飲み込んで頷いた。

「んー、いいっすか?」
「もちろんいいに決まってるよ。貴也くんも一緒に住むものと思っていたから、翠だって喜ぶと思うし」
「……え?」

 一体何の話をしているのか、翠は焦った。

「え? 貴也くんは……お父さんと暮らすって……」
「俺も高校が近いし、そっちの方がいいかなって思っていたんだけどさ。向こうの女の子がまだ五歳で甘えたい年ごろなんだろうな。俺がいたら父さんを独り占めできないと思ったのか、嫉妬して泣くんだよ」
「そうなの? 可愛いじゃない」

 玲子がクスクス笑っている。

「それでちょっと遠慮して家に帰るのを遅くしたら、鍵が開いてなくって。合鍵も忘れて出たもんだから、困っちゃってさ。こっちへ来ちゃった」
「貴也……」

 玲子が呆れたように息子を睨んだ。貴也はへらへら笑っている。
 翠は同じ十五歳の話とは思えず、どぎまぎしてしまった。

 鍵が開いてないって、それって朝帰りしたって事?

 貴也は自分とは逆のタイプで背も高いし、顔もきりっとしていてかっこいい。それが一番困るのだけど……。

 翠はできるだけ急いでご飯を食べた。ボロが出ないうちに部屋に戻ろう。

「ご、ごちそうさまっ」
「えっ、翠くんもう終わったの?」

 玲子が驚いて父も目を丸くしている。いつもならもっとゆっくり食べるのに。

「あ、あの、用事を思い出して」
「ああ、そうか分かったぞ!」
「え?」

 父が納得したと言う顔で翠に言った。

「これから貴也くんも一緒に暮らすんだから、あれを用意しなくちゃな。な、翠」
「あれって何ですか?」

 貴也が玉子焼きをほおばりながら父に聞く。

「まあ、楽しみにしておいてよ」

 父がにやにやしている。翠は、お父さん余計な事言わないでよ、と思いながら、食器を片付けるために立ち上がった。
 台所に行って汚れたお皿を洗っていく。申し訳ないが、後の片づけは玲子に頼もうと思った。
 そそくさと部屋に戻るとバタンとドアを閉めて息を吐いた。

「はあ……。どうしよう……」

 頭を抱えるように椅子に座った。
 自分は変な態度を取っていなかっただろうか。

 父が再婚の話をした時もびっくりしたが、再婚相手に息子がいたことの方がよほど驚いた。
 思い出すだけで顔が熱くなる。

「ううう……」

 玲子さんの子どもが女の子だったらよかったのに。
 そう思うのは、翠の恋愛の対象が女子ではなく、同性であるからだった。