扉の鍵を開けてくれたのは

 家の中はシーンとして誰もいないようだった。

「喉が渇いたから何か飲もうぜ。何がいい?」

 冷蔵庫には冷えたお茶が入っている。貴也はグラスを二つ出すとそれにお茶を注いで入れてくれた。
 二人とも制服だったので、翠は着替えに部屋に戻ると、貴也も制服のままついてきた。

 どういう風の吹き回しだろう。何が起きているのか分からなかった。
 貴也はベッドに腰かける。翠はすぐに洋服に着替えた。

「ねえ、本当に何かあったんじゃないの? 僕のことは全然気にしなくて大丈夫だよ」
「女の子と会うって言ってただろ?」
「うん」
「友だちになった?」
「楽しかったよ」
「俺もさ、アミから告白されて可愛いと思ったから、好奇心だけで付き合ってみたんだ。気が合ったけど、友だちって感じで。でも、友だちどまりで」
「うん……」

 急に、何の話だろう。
 翠は戸惑いを隠せずに、そわそわした。

「そ、それで?」
「それでしばらく友だち感覚で付き合ってたんだけど、アミと会っていても翠が気になってさ。それで、アミとは会うのをやめたんだ」
「そんな……」

 翠はびっくりしすぎて言葉を失う。

「俺、翠と会ってから、翠が気になって仕方ないんだ。おかしいのかな、俺って」

 どういうリアクションをしていいか分からない。けど、はっきり分かることがあった。
 貴也をこんな気持ちにさせてしまったのは、きっと自分のせいだ。

「貴也はおかしくないよ。全然、悪くない」

 翠は、はっきりと断言した。えっ? と貴也が逆に驚いている。

「マジで? 翠なら分かるの? 俺が翠の事、気になってる理由が」
「ごめんなさい」
「え?」

 翠は小さく息を吐いてしばらく無言でいた。それから意を決して貴也を見た。

「たぶん……。僕のせいだと思う」
「翠のせいって、え、何を言って……」
「僕、小学生の時から恋愛の対象はずっと男の子だった」
「……え?」
「女の子のそばにいてもドキドキしないんだ。だからずっと好きになる相手は男の子ばかりで……。ずっと前、知らない男の人に連れて行かれそうになった時、言われたんだ。僕がそういう目で見てきたからって、僕が男の人を気持ちの悪い目で見ているから、僕が悪いんだって……。だから、貴也も……」
「違うっ」

 突然、貴也が声を出して翠はびくっとした。

「あ、大きな声を出してごめん。でも、それは絶対に違う。翠は何もおかしくなんかない」

 おかしくなんかない、と言われて泣きそうな気持ちになった。
 自分は気持ち悪いっていう気持ちがどこか心の隅っこにいた。

「翠」

 貴也が立ち上がると、翠の手をそっと握った。

「こんな気持ちになるのは俺も初めてでうまく言えないんだけど、俺こそ迷惑じゃなかったら……」

 一緒にいたい、と小さな声で言った。

「マジで照れる」

 そう言う貴也の顔は首まで真っ赤だった。

「うん……」

 翠の方こそ緊張しすぎて体ががちがちだった。

「俺の言っている事で、引いたりしないで」

 引いたりしないでってどういう意味なんだろう。
 正直、分からなかったが、翠はうんうんと何度も頷いた。

「ああ、ヤバ。マジ嬉しい」

 貴也がにこっと笑って翠をぎゅっと抱きしめた。

「た、貴也?」
「えっと、だから引かないでって言ったろ?」
「え? でもなんで?」
「友だちでも抱き合ったりするじゃん。まずは翠をぎゅうっとしたかったんだよ俺」

 貴也の友だち同士のスキンシップってこんな感じなの? 
 翠はおずおずと手を伸ばして貴也の背中を抱き返した。
 貴也がびくっとする。
 人の体ってあったかいんだ。
 翠は初めて知った。