扉の鍵を開けてくれたのは



「俺が知らない間に、いろいろあったみたいだな」

 登校中、隣を歩く昂生が言った。
 
「貴也と仲直りできた」
「よかったな。でも、女の子と会う約束していいのか?」
「うん。女の子の友だちがいても、普通だよね」
「まあ、そうだな」
「友だちでもいいなら、会ってみてもいいかもって思ったんだ」
「分かった。近いうちに連絡とってみるから、またどっか行こうか」
「ありがと」

 昂生と教室に入り自分の席に行く。
 スマホの電源をオフにしようとカバンから取り出して、ちょっと画面の確認をすると、メッセージアプリに一件連絡が入っているのに気づいた。誰だろうと思って見た翠は、ハッとして息を吞んだ。
 体が硬直して手が止まった。そのメッセージは読まないで、急いでスマホの電源を落とした。


 その日のホームルームが終わるとすぐに昂生が席へやって来た。

「翠、帰ろ」
「うん」

 翠は教科書をカバンに入れてからスマホの電源を入れた。メッセージはそのままだ。
 じっとスマホを見つめていると昂生が不思議そうに言った。

「どうした?」
「叔父さんから連絡がきてる」

 翠の一言に昂生の顔がこわばった。

「え……? あいつなんて言ってきた」
「まだ見ていない」

 昂生は、翠の母の弟である叔父をあまり良く思っていない。
 母が亡くなった日、病室で叔父の哲司(てつじ)が翠と父を激しくなじった。
 お前らは一緒に暮らしていて何も気付かなかったのか。姉が死んだのはお前たちのせいだと、取り乱した叔父は、翠たちを射殺(うころ)すような目つきで睨みつけた。
 誰のせいでもないのに、何も言えなかった。

 優しかった叔父が豹変した様子を見て、初めて大人の男の人が怖くなった。
 笑顔の裏に、何か隠している気持ちがあるのじゃないか。人は突然手のひらを返したような態度に出る。

 怖くて叔父のメッセージを見ることができない。けれど、確認しないと今度は電話をかけてくるに違いない。
 翠は思い切ってメッセージを見た。

「なんて書いてある?」
「今度の土曜日、休みが取れたから、洋服を買ってやるって書いてある」
「無視しろ」

 翠は黙り込んだ。
 土曜日と言えば、自分の誕生日だ。叔父を無視できるものならそうしたい。

 正直、叔父にはもう会いたくなかった。
 あの時のことがトラウマになっていて、会うとどうしても委縮してしまう。
 母が亡くなってから数年後、叔父は、翠たちにひどいことを言ってしまい申し訳ないことをした。反省したからまた仲良くしてほしいと連絡してくるようになった。
 父は相手にしなくていいと言うのだが、相手にしなければ執拗に連絡をしてくる。

 スマホが既読になったとたんに、叔父から着信が入った。
 びくっとして、翠は電話に出た。

『翠か?』
「はい……」
『元気か? 今、学校終わったのか?』
「はい」
『メール見たか? 仕事が休みになったから久しぶりに一緒に買い物に行こう。翠の欲しい服を買ってやるから』
「叔父さん、忙しいんじゃ……」
『だから、休みが取れたって言ったろ? お前が気にする事じゃないよ』

 叔父は急にイライラした口調になって、電話の向こうで舌打ちをしたのが分かった。翠はびくっとした。

「翠、貸して」

 昂生が翠のスマホを取ると電話に出た。

「あ、俺です。土曜日は俺と出かける約束をしているんで、すみません。俺の約束の方が先なんで。翠の洋服なら俺が選びますから大丈夫っす」
「昂生……」

 いいから、と昂生は電話をすぐに切った。

「あいつしつこいな」

 翠が高校生になってから、叔父は二か月に一度は連絡をしてくる。

「翠、今日、家に行ってもいい? 俺、おじさんに言うから」

 昂生の顔は怒っている。
 自分がいつまでも怯えてばかりいるから、昂生に迷惑をかけてしまっている。
 父も再婚して、前に進み始めている。
 いつまでも問題から逃げていたらいけない気がした。

 翠は顔を引き締めると首を横に振った。

「いいよ、昂生。僕がお父さんにはっきり言うよ」
「早めに言った方がいいと思う」

 くよくよしているから問題が片付かないのだ。
 女の子とも会う約束もしたし、これからは少しでも男らしく生きていきたい。
 家族が増えたことで少し前向きな気持ちになっている自分に驚いた。

「帰ろ、昂生」

 翠が元気を取り戻して言うと、昂生は、うん、と力強く言った。