扉の鍵を開けてくれたのは



 自分の好きな物。
 一生懸命考えてみた。
 ケーキを一緒に食べる。映画を観に行く。洋服を買いにいくとか、後、水族館に行くとか? 小説が好きだから本を買ってもらう?
 どれもお金を使うことばかりで、貴也にしてもらうのは気が引けた。

「うーん、どうしよう……」

 お祝いなんてしてもらったことがあんまりないから、物をもらったことしか覚えていない。
 思い返せば母との思い出はほとんどなかった。
 写真集とかテレビに出ている母はよく見た。けれど、スーパーでも公園でもいい、どこかに一緒に出かけた記憶は曖昧で声もあんまりよく覚えていない。
 だったら、思い出を作るのはどうだろう。
 いい考えだ、と思ったが、好きになっちゃいけない人と思い出作るなんてありえないだろ、と自分にツッコミを入れた。

「よし!」

 翠はいい事を思いついた。
 家族四人で食事に行けばいいのだ。
 父に頼んで、玲子と貴也と出かける。これが一番の解決法だと思った。

「お父さん」

 翠は思い立つとリビングへ行った。玲子はお風呂に入っているらしく、父がテレビを見ていた。

「お、どうした?」
「お願いがあるんだけど」
「おお! 翠からのお願いなんて珍しいな。何だ?」
「僕、今月の二十八日誕生日なんだ」
「……え?」
「それで、玲子さんと貴也とみんなでご飯食べに行きたいなと思って」
「そうだったのか。お父さんすっかり忘れていた。いいよ、行こう。翠が食べたいもの食べに行こう」

 父は嬉しそうに言うと、玲子さんにも伝えておくからな、と言った。

「うん。ありがとう」

 翠はホッとすると、その足で貴也の部屋に向かった。外から声をかける前に息を吸い込む。

「貴也、あの、ちょっといい?」
「んん? いいよー」

 そっと襖を開けると布団の上で貴也はごろりと横になってスマホを見ていた。

「あの、誕生日の日、欲しい物決めたよ」
「そっか」

 貴也は起き上がるとスマホを床に置いた。

「で、何が欲しい?」
「あ、物じゃなくて。家族で食事に行きたい」
「……え?」
「貴也も言ってたでしょ。玲子さんに食事に連れて行ってもらったって。僕も同じがいいなと思ったんだ。だから、お父さんと玲子さんと貴也と僕とでご飯行きたい」

 翠がそう言うとなぜだか貴也の顔が曇っていくのが分かった。翠はその顔を見て、ひやりとした。あ、何か間違えたかも。
 貴也は少し無言になると、ああ、分かったよと少しだけ低い声で答えた。

「じゃ、じゃあ」

 翠は言葉をかけることもできず部屋を後にした。
 いいと思ったのだけど、間違えたのかな。
 どうしてうまくいかないんだろ。

 翠は肩を落として、これでいいはずなのに、どうしてこんなに悲しい気持ちになるのか、全然分からなかった。