文化祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

翌日、大神さんのノートを持って学校へ向かう。
「おはよう、大神さん」
「あ……おはよ」
登校して隣の席を引く彼に挨拶をする。大神さんは少し戸惑いながら挨拶してくれた。
「これ、面白かったよ」
「それは、どうも」
俺はノートを彼に返した。すっと伸びた手が俺の手からノートを取る。そして何もなかったように自分の席に座った。この日も彼との会話は続かなかった。こんな気分で一日がスタートする。
「何それ?」
「え?」
リュックにノートをしまおうとした大神さんに結城が話しかける。大神さんは顔を上げ、結城を見つめていた。「何でもない」とリュックのチャックを閉める。「ふーん」と言いながら、大神さんから俺に視線を送り挨拶をしてくれる。朝からイケメンのオーラが漂う彼の陽気を浴びた。大神さんのことを考えていた俺は結城と話すことがなんだか久しぶりな気がする。
「あ、そういえば、昨日はどうだったの?練習は行ったの?」
「ちゃんと行ったよ。久しぶりに」
「どうだった?」
「楽しかった、すごく」
俺が聞きたかった言葉。彼の口からきちんと聞けたのに、なぜだろう。心が晴れない。ちゃんと睡眠時間は取れているのか、勉強はうまくいっているのか、いろんなことが気になってしまう。
「それと来週、母さんが退院することになった」
「そっか。無事で安心した」
「うん。相馬にも迷惑かけたから一応報告しておきたくて」
「わざわざありがとう。でも実際、俺は何の役に立てなかったよ。部活と重なった日もあったし」
「そんなことない。俺はお前の言葉が嬉しかったから」

――一人で抱えるなよ。辛かったら『辛い』って言え。俺で良ければいくらでも聞いてやるし、俺はお前の力になりたい

これは本音。だけど、俺は彼の力になったことはなかった。結城の母親のことを知ってからまだそこまで時間が経っていないというのもあるだろう。それでも、あんなことを言っておいて何も出来ていない自分が申し訳なくなってくる。
「じゃあ、俺はもう用済みか」
結城の母親が戻ってくるのなら、俺はもう必要ないだろう。俺はあくまでも、結城が一人で背負うことが無いようにここ数日一時的に手伝いに行ってただけ。家族水入らずのこともあるだろうし、これ以上俺がいたらただ邪魔になるだけだ。
「そのことなんだけどさ……」
そう言って結城はクラスの喧騒に紛れながら小声で俺に言ってきた。
「真帆がお前に会いたいって言ってるから、母さんの退院後も会ってやってほしい。もちろんお礼にご飯でも作るから」
「え、結城はいいの?大丈夫?」
俺の答えは一択しかない。しかし、素直に答えることはできなかった。
「うん、相馬が良ければだけど」
「……なら、そうする。俺も真帆ちゃんに会いたいし」
真帆ちゃんに会いたい。もちろんこれは本当。だが、俺が思うに一番の理由は結城を放っておけないからだと思う。
「よかった、ありがとう。今までのこと、母さんもお前にはすごく感謝してた」
結城は朗らかな笑顔を浮かべた。その笑顔で「ありがとう」と言う。あれだけ言われた「ごめんね」ではない。俺たちの距離は徐々に近づいている。俺たちはクラスメイトであり、王子様とヒロインであり、友人であり、そして互恵関係。結城を助ける俺と、料理を作ってくれる結城。時には勉強を教えてくれる。AQUAのメンバーと一緒にファミレスで勉強しに行くこともある。人との交流の輪が彼を介して広がっている。
「結城の母親は俺がお前の家に行ってること知ってるんだ」
「うん。真帆と見舞いに行ったときに話した」
俺は結城の母親が入院する前に一度だけあったことがある。だからどんな人なのかは、もう知っている。結城の母親が退院したらきちんと一言俺から伝えなければ。
「それとさ、相馬って大神さんと仲いいの?」
「え、何で?」
「なんか、最近仲良さそうに話してるから……」
これはどう返せばよかったのだろうか。俺が他の人と話すのがダメなのか。隣の席だから「話してみたい」と思うのは普通だ。俺が誰と話そうと別にいいだろうと言いたくなったが、「席となりだから」と単純な説明をした。
「ねえ大神さん、よかったら俺とも仲良くしてよ?」
自分の席に座っている大神さんの目の前に右手を差し出す。突然の結城の行動に大神さんは目を丸くしていた。冷静な大神さんは結城に手を握り返すことはせず、リュックから財布を取り出し教室を出ていった。
「俺、もしかして避けられた?」
「もしかしたら大神さん、人と関わるの苦手なんじゃない?」
「え、そうなの?」
「本当かは分からないけど、いつも一人で机で何かやってるから」
俺が抱いた大神さんの第一印象は「自ら孤独を選んでいる人」だった。いつ見ても、常に一人。だから俺は話しかけられたくないのだろうと感じていた。俺も彼のことはあまり知らない。先ほどの彼の行動は結城から逃げるためなのか。それとも、自販機に飲み物を買いに行ったのか。そもそも、意味のある行動なのかすら分からない。
「俺、絶対大神と仲良くなってやるから……」
「え?」
しかし、大神さんの態度に結城は逆に火をつけられたようだ。俺が結城の立場なら傷ついてもおかしくない状況で気にせずピンピンしていられる結城はさすがだと思った。
「見てろよ、相馬。俺も大神にたくさん話しかけてもっと仲良くなってやっから」
そしてなぜか結城は俺に宣戦布告してくる。別に俺は彼と席が隣ってだけで仲がいいとは言ってないし、仲良くなりたいなら好きなだけ話しかければいい。
(あれ、俺何でこんなこと……)
こんなの、自分らしくない。結城が誰と仲良くしようが結城の自由。なのに、胸の奥の奥にチクりと痛みが走る。
「向こうは望んでないかもよ?」
「だとしても、とりあえずやってみる」
「でも後でちゃんと謝っておこ」と結城は別のクラスメイトのところへ行った。彼なりに困惑させた自覚はあるようだ。そこを認める彼は偉い。結城に関心していると、ペットボトルと財布を持った大神さんが教室に戻ってきた。
「……あの、大神さん。さっきはごめん。結城も謝ってた」
「あ、そう」
この人は、分からない。人が苦手というか、そもそも人に興味や関心が無いのかもしれない。
「相馬さんってさ、あの人と仲良しなの?」
「え、俺?」
突然俺のことを聞いてきた彼。そして、なんと彼は俺の名前を知っていた。同じクラスだから当たり前だが、嬉しい。しかし、自分の中で大神さんは「人には興味がない」と結論づけをした直後だったため、結局どっちなんだと頭の中の天秤がゆらゆらと揺れている。
「俺と結城はそんなんじゃないよ」
「そうなんだ。でも俺にはすごく仲良さそうに見えたけどね」
「……そっか。じゃあ、仲良しなのかも?」
本人が疑問形で返してどうする。しかし、大神さんがそういう事を言うなんて。俺と結城を大神さんが見ていたことがあるということだろうか。

それから、結城は大神さんにも積極的に話しかけるようになった。俺は変わらず席が隣なので話すことは多いが、結城が来ることによって話す頻度が少し増えた気がする。最初こそあのような態度をとっていた大神さんだが日に日に結城と言葉を交わすようになっていった。話しかけているのは全て結城だが。
「ねえ、お前。今日の分の日誌書いておいて」
(……ん?)
帰りのホームルームを終えて帰りの支度をしていると、どこからかそんな声が聞こえた気がした。視線を向けると鞄を背負った人たちが一人の生徒にたかっていた。
「え、俺なら昨日書いたけど……?」
「いいじゃん、お前だって日直だろ?それに俺忙しいから。はい。よろしく」
「あ……うん……」
「あ、あと教卓の提出物も出席番号順に並べて職員室に持っていっておいて」
その生徒に日誌と黒板の前にバラバラに積まれたクラスメイトのノートを押し付けた男子生徒が仲間を連れて彼のもとから離れて行った。彼らが去っていくと座っていた生徒が静かに立ち上がり教卓へと向かった。その様子を眺めていた俺の耳に入ってきたのは「だっさ」と笑いながら言い残す大神さんの声だった。
「は?何?」
「別に。普通にだせーなって思っただけ。自分の仕事すらもまともにやらない人間って」
大神さんの一言が彼の怒りを買った。彼の胸ぐらを掴んだ瞬間、教室に緊張感が走る。「お前のことだとは一言も言ってねーけど」と威嚇を示す彼に大神さんは余裕を見せながら言い返す。
「覚えてろよ」
大神さんの胸ぐらを離し踵を返した彼に仲間がついていく。大神さんの反撃に俺は心の中で「よく言った」と感心していた。

しかし、それが嫌な風を運んできた。

「おーい、自己中なオオカミくん。これやっておいて」
「おいオオカミ、飲み物買ってこい」
大神さんはクラスメイトのパシリとして扱われるようになり、彼の態度から皮肉を込めて「オオカミ」と呼ばれはじめた。それに彼は何も言い返さずすべてシカトしている。その態度が余計に周囲の怒りを引き出し、日に日にエスカレートしている。そしてある日。ついに、大神さんが言い返した。
「こんなことされても、俺には通用しないから」
これはきっと彼なりの宣戦布告。「やるならもっとやれ」と煽っている。ここで止めないといけない気がするのに。体が動かない。
「結城と話して調子乗ってんじゃねーよ。あいつはみんなに優しいだけだから」
「てか大神は友達いないの?そりゃそうか。いつもぼっちだもんね。オオカミだもんね、一匹狼だもんね」
「さみしー」と笑いながらからかっているクラスの様子に俺は限界だった。

「おい……」
「あのさ、そうやって人を馬鹿にして何が楽しいわけ?」

結城の声を遮り、突然しゃべりだした俺にクラスの視線が集中する。
「大神さんは一人じゃねーよ。俺がいる。何も知らないお前らが口出しするな」
「またまたー。相馬、オオカミをかばおうとしなくていいんだぞ?」
「友達をかばって何が悪い?」
反発する俺にクラスの目の色が変わった。
「あと、人の苗字を笑うな。苗字はその人とその家の歴史なんだから」
規模の大きい説得になった。でも、名前は大切なものだ。かつての俺も、似たような状況で被害者になりかけたことがある。だから、人一倍敏感になっている。
「お前らだって、考えてみろよ。自分の名前馬鹿にされたらどう思うかを」
彼らは何も言い返してこなかった。きっと分かってくれたということだろう。こういう輩には相手と同じ思いをさせることが一番効果的だ。誰も何も発しない教室に予鈴が聞こえてきた。俺たちはそれぞれの席に散る。隣に座った大神さんとの空気が気まずい。話の入りを探っていると、バイブレーションとともに机の上に置いてあるスマホに一件の通知が来た。結城からだ。

『さっきの相馬、かっこよかったよ』

『なんか去年の相馬を思い出した』

(え、去年……?)
結城を遮ったことを謝ろうと入力していたタイミングで続けて送られてきたこのメッセージに、俺はなんて返事をすればいいか分からない。てか、結城は去年の俺を知っていたのか。でも、どうして。

『去年もあんな風に言ってくれたよね』

結城の送ってくるメッセージに俺は既読だけをつけた。