文化祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

俺の腹時計が鳴った。水筒のお茶を飲んで空腹をかろうじて逃れようとする。
「平野、先教室戻ってて。俺保健室寄ってくから」
「結城か?」
「うん。といっても水筒届けに行くだけだから」
「日直お疲れ様」
今日ほど自分が日直でよかったと思うことは無いだろう。日直という仕事を言い訳に彼に寄り添える。世の働く人々が職権乱用する気持ちがなんとなく分かるような気がした。俺は出席簿と結城の水筒を持って保健室へと廊下を歩く。そして保健室の扉をノックし扉を開ける。
「あ、相馬。お疲れ」
「起きてたんだ。体調はどう?」
「なんとか。五時間目には多分出れる」
「よかった」
俺が持ってきた水筒を「ありがとう」と結城は受け取る。ベッドから出た結城は背中を伸ばし開けた水筒の飲み口を口に持っていく。
「先生、一旦教室戻ります。ありがとうございました」
「気を付けてね」
「はい」
一緒に保健室を出ていった俺たち。俺は結局、結城をお迎えに行ったことになった。
「相馬、……お昼の約束って生きてる?」
「え、生きてるってなんだよ?俺別に『約束無し』とか一言も言ってないけど」
「そっか、ならついでに一つ頼んでいい?」
保健室を出てすぐ結城は俺を止める。
「俺の弁当と着替え持ってきてくんない?俺の机の上に置いてあるはずだから」
「え、俺が?」
「うん。多分今から教室戻って着替えてってやってると放送間に合わない」
(え、まさかこいつ、放送室で着替えようとしているのか……?)
いや、放送室で制服を受け取ってトイレで着替えるという線もある。そうだ。今日の放送室には俺もいるんだぞ。そんなことはないだろうと信じたい。
「……まあ、いいけど」
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
体操着の結城が水筒を持って放送室へと駆け込んでいく。
(これは、日直の仕事か?それともパシリか?)
俺と結城の関係にモヤモヤしながら教室へ。その道中で結城の放送が始まった。
(結城って意外といい声してるな)
今まで校内に流れる放送を意識して聞いたことはなかった。やはり、バンドでボーカルをやっているからか、彼の放送は大変聞き取りやすい。このまま呑気に聞いていたいところだが、ゆっくりしていると俺もお昼休みが少なくなるので制服に急いで着替えた。俺が教室に戻ったころはもうすでに多くのクラスメイトがそれぞれお昼ご飯を食べ始めていた。男子校とはいえ、この空間で一人静かに着替えるのは結構恥ずかしい。こうして結城のわがままで俺の貴重な休み時間やらが奪われているわけだが、こればかりは仕方ない。約束してしまったのだから。
(えっとー……、結城の席はここだよな)
結城の制服は確かに机の上に置かれていた。そして綺麗に畳まれていた。
(畳むの偉いな)
クラスメイトからいろいろ聞かれたが、これまた日直を言い訳になんとか結城の荷物を回収。俺は自分の荷物も持って放送室へと階段を下る。

放送は今、音楽がかかっている。最近流行りの爽やかな青春ソングだ。この選曲はもしかしたら結城の好みなのだろうか。頭の中で俺もその曲を歌いながら放送室の扉を開ける。
「遅いよー」
「ごめん、いろいろ手間取っちゃって」
お弁当と制服を受け取った結城に「先食べてていいよ」と言われたので、俺は遠慮なく放送室のテーブルにお弁当を広げる。すると、目の前で結城がカーテンを閉めてから堂々と体操着を脱ぎ出した。
「は⁉お前……、ちょっと待て……!?」
「え……、何?」
俺の反応にポカンとしていた結城が何かを察したのか、いたずらを企む子供のような笑みを浮かべ脱いだ上着を首にかけたまま俺に近づいてくる。この爽快な曲をかけている人とは思えない色気。
「おーい、相馬くーん、どうしたのー?」
「何でもねーよ……」
俺は結城から目線を外す。そして数秒後、再び視線を戻すが、結城の格好は変わっていなかった。
「着替えるなら早く着替えろよ……!!ってか、脱ぐなら……先言え……!!」
「へえー……、どうして?」
こいつの考えていることが完全に分かる。その裏のある笑みを浮かべながら俺を楽しそうにからかう結城が、俺は嫌いだ。
「ほ……埃が舞うだろ……!!」
「うーん……確かに、ね」
頑張って言い訳を探した。しかし我ながら素晴らしい言い訳だと思った。俺は今お昼ごはんを食べようとしているところだ。そんな状況で近くで着替えられたら埃も飛んでくる。結城は少し残念な表情をしながら着替えに戻った。どうやら納得してくれたみたいだ。こんなしょうもないことなのに謎の快感がある。やはり、俺は言い訳を考える天才かもしれない。

制服に着替えネクタイを持って結城は放送終了をアナウンスする。相変わらず声がいい。そしてネクタイを結びながら戻ってきた。ここでも結城の色気が全開だった。反発心とは裏腹に眺めていたいと思ってしまうのが悔しい。
「相馬のお弁当、美味しそうだね」
「あ、ありがとう。結城のも美味しそう」
お弁当を広げながら俺のお弁当を見ていた結城。俺のは母さんが作ってくれたもの。結城はどうなのだろうか。
「ねえ、相馬って卵焼きの味、甘い派?しょっぱい派?」
「俺は甘い派。……ってか、言われてみれば俺、甘い卵焼きしか食べたことないかも」
「え、まじで?」
「うん」
両親も、祖父母も。俺の知り合いはほとんどが甘い卵焼きを好んでいた。しょっぱい卵焼きを食べる機会がなかった。
「じゃあ、俺の一つあげるよ。俺のしょっぱいやつだから」
「いいの?」
「うん、食べてよ」
結城は俺にお弁当を差し出してくる。俺は箸で結城のお弁当から黄色い卵焼きをもらう。初めて味わう塩味が口の中で広がる。
「どう……?」
「うん。美味しい」
「……よかった」
俺の感想を待っていた結城の箸は、「美味しい」という返事に再び動き出した。安堵の笑みを浮かべながら白米を口へ運ぶ。
「今日、卵焼き作り直してよかった」
「作り直した……?」
「うん。砂糖と塩を間違えて。焦ったけど時間もまだあったから、作り直した。間違えたやつは家にあるよ」
彼は自分でお弁当を作っているようだ。「焦った」ということは初めて間違えたのだろうか。理由を勝手に考えるが、まず最初に浮かんだのは結城が寝不足だった場合だ。今日も体育で倒れたし、心配になる。そんな俺とは裏腹に、結城はぶつぶつ一人で「今度甘い卵焼きも作ろ」もお弁当の献立を考えている。
「あのさ、結城ってお弁当いつも自分で作ってるの?」
「うん、そうだね。高校生になってからは毎日俺が作ってる」
「へー……、偉いね……」
同じ高校生とは思えない。どうしたらこんなに立派になれるんだろうか。勉強も運動に加え、料理も出来る。しかし、これらはきっと彼の才能ではなく、努力で得たものだ。お弁当を自分で作るということはかなり早起きなのかもしれない。ただでさえ大変なのに。結城の身体が壊れてしまうと俺が恐れてしまう。
「結城、何回も聞いて申し訳ないけど、ちゃんと寝れてる?」
「テスト期間前よりは寝れてる。それにもうすぐ母さんも退院するし大丈夫だよ」
「なら……いいけど」
多分、結城の「大丈夫」と俺の「大丈夫」は基準が違う。仮に俺が当たり前に平均六時間寝てるとして、こいつはどれくらいの時間なのだろうか。結城にとって六時間寝れることはかなり珍しいことだったりするのだろうか。俺はふりかけをかけた白米を食べながらとりあえず結城の返事を信じようと思った。
「前に言ったこと、俺変わってないからね。連絡くれれば、出来る限り力貸すよ。真帆ちゃんのことだって……」
「……なら、今日行ける?」
「あ……今日は、ごめん。部活だ……」
結城には「出来る限り」と言っておいて、本当に頼ってくれるときは力になれない。
「そっか……、それなら別にいいんだ。俺が早く練習から帰ればいいだけで」
「練習……って今朝誘われてたやつ?」
「そうそう。最近練習行けてなかったからさすがに行った方がいいと思って。真帆のことは心配だけど、ばーちゃんには事情伝えるよ」
今の結城は何もかもが他者ファースト。自分なんて二の次。
「でも、体調は……?」
「身体は大丈夫だから。心配すんなって。四時間目はサボってほとんど寝たし」
「サボったって、結城は仕方ないだろ、倒れたんだから。それでも一時間も寝てないんじゃ……?」
体調不良とはいえ、欠席したことは確か。事情を考慮して場合によっては欠席扱いされないというシステムがあったらいいのに。
「無理、すんなよ?」
「はーい」
結城は分かってくれたのだろうか。返事のあとに「じゃあ」とまるで子供のようにねだりながら俺のお弁当に入っている卵焼きをねだってくる。結城へ俺のお弁当から卵焼きを一つ取り口へと運ぶ。
「甘いのも美味しい」
「よかった」
俺が作ったわけではないのに。「よかった」と返すのは間違っていたかも知れない。
「ありがとう。じゃあ、これからマジでしんどい時は相馬のこと頼るわ」
俺を見てはっきりと「頼る」と言ってくれたことが、少し嬉しかった。
「とはいっても、近いうちにまた相馬には来てもらいたいとは思ってた。あれからずっと真帆は相馬に『会いたい』って言ってるし」
「そうなの?」
「うん。あの日真帆は起きて相馬が帰ったことに気づいて泣いてたし、『また来てー』って言ってた」
その場面を想像すると癒される。嬉しい。「明日は行けるから」と伝えると、結城は笑って「了解」とごはんを頬張る。

お昼ごはんを終え、俺は結城と放送室を後にした。
「ごめん、お待たせ」
「行こ」
結城が職員室に放送室の鍵を返してから俺たちは階段を登り教室へ戻る。
「次の授業って何?」
「現代文」
「俺、苦手なんだよなー……」
「結城って作詞とかやってるんだよね?」
理系とはいえ、バンドの作詞をしているとそれなりに読解力とか国語力はありそうそうなのに。
「だから頑張ってはいるんだけど、ムズい。ほら、よくあるじゃん。『作者の気持ちを答えろ』って問題とか、作者じゃない俺が知るかよって」
「それはめっちゃ同感」
「マジ?」
「うん。それで時間いっぱいあれこれ考えて頑張って書いた回答に、赤のバツがついて返ってきたりするとすごい腹立つ。採点してるのは作者じゃないのに、バツつける権利ないだろって」
「うわ、めっちゃ分かるー!!」
俺は文章を書くことと読み取ることは実は違う才能だと思う。俺は文章を書くことは好きだが、読み取ることはあまり得意ではない。

静かな放送室にいたからか、教室が異常に騒がしく感じる。ロッカーから現代文の教科書を取り出す。
(今日、つまらないな……)
机の上に教科書と現代文のノート。そしてそのノートに俺は落書きをしていた。

『沼へと誘う声とその麗しい色気が迫ってくるとき、輝いていた彼の瞳は俺を映す。俺の口に広がる彼の味は意地悪な彼の味。初めての味だったけど、それが心地よかった。』

「今は現代文の時間ですよ」
(……!?)
音読しながら教室を歩いていた先生が俺の横でそう注意する。慌ててノートを閉じ顔を上げたが、先生の顔は俺ではなく俺の隣にいる男子生徒に向いていた。こちらに視線が集まり、クラスメイトのくすくすという笑い声が聞こえる。しかし、この笑い声は彼を嘲笑しているものだと感じた
「……別にいいでしょ。ちゃんと聞いてるし」
「……そうですか」
彼の反論に先生は何も言わなかった。そして再び歩き、音読を再開する。先生が立ち去ると彼は再びノートに何かをし始める。
(何してるんだ……?)
俺は彼の方に視線を少し向ける。シャーペンの動きから察するに、多分絵を描いている。何を描いているかは分からなかった。

現代文の授業が終わり、ロッカーから次の授業の教科書を持って自分の机へ。着席しようとしたその時、俺の足元に何かが当たった気がした。
(ん……?消しゴム……?)
拾った消しゴムは丸く黒く消した跡が残っていた。
「それ、俺の」
そう俺に話しかけた彼は先ほど現代文の授業の時に注意されていた大神(おおがみ)さんだ。
「あ、これ大神さんの?」
「あぁ……。拾ってくれてありがとう」
「ど……どういたしまして……」
大神さんとは隣の席になったものの話したことはあまり無い。というか、授業のグループワークのようなものを除いて、クラスメイトと喋っている所を見たことが無い。それは多分、クラスメイトが彼に対し無意識に嫉妬心と恐怖心を抱いているからだろうか。
高い身長、常に成績上位。誰もが羨むハイスペックの持ち主なのに、虎狼で、寡黙で、ミステリアスで、そして笑わない。負の雰囲気は男でも恐れるようなものだった。前髪で目が隠れている。眼鏡をかけ色白の彼の手のひらに俺は消しゴムを恐る恐る置く。しかしお礼を言いながら俺を見る彼の瞳は凛としていて、吸い込まれそうだ。結城と同じように。
「ねえ、大神さん。さっき何してたの?先生に注意されてたけど」
俺は思いきって彼に話しかけた。
「別に」
「あー……、そう」
一瞬で会話が終わった。「チーン」という効果音が俺の脳内に聞こえる。悲しくなるからやめて欲しい。しかし気まずい空気が流れるも、俺は彼を見つめる。先ほどの瞳が、彼への興味を引き立たされる。襟足の少し長い髪の毛だが、きちんと手入れがされている。スタイルも良い。
(こいつ、髪切って眼鏡取れば相当イケメンになるんじゃねーか……?)
なぜ、彼が髪を伸ばしているのか。なぜ、クラスメイトたちと話したりしないのか。結城みたいに、彼にも彼なりの理由があるんだろうか。イメチェンすれば、結城と同じ「イケメン」という類にカテゴライズされそうなのに。
「何?」
「あ、ごめんなさい……」
「そんなに気になるの?」
「え……?」
俺の眼差しに気づいた彼がノートに書く手を止めこちらを見る。
「はい、これ」
「え、ノート?」
「だって気になるんでしょ?見なよ」
彼が差し出すピンク色の授業ノートを受け取る。確かに、彼のノートには所々絵が描かれている。彼は「雑」と言っていたが、その「雑」がすでに上手い。
「何で絵を描いてたの?」
「授業がつまらなかったから。寝ないように」
「あ、それ俺も」
「俺も?」
彼も俺と同じだった。つまらなかったから自分なりに起きるための行動をする。先生が音読していたタイミングならなおさらそうする。
「俺も授業つまんなくてずっと別のこと考えてた」
「へー……」
彼は俺のことよりもノートを気にしていた。「返せ」とでも言わんばかりに俺の手からノートを回収し再び絵を描き始める。そんな彼は俺のことを聞いてくることはなかった。聞いてほしいわけではないが、彼は俺なんかに興味関心は無いと思うと少し切なくなってくる。
「お……、大神さんの絵って、タッチ的に漫画家とか向いてそうだよね」
彼と会話を繋ぐべく俺は何とか話題を振る。
「……そうかな……?」
「え、あ、……うん」
いつも教室で静かに座っていた彼の目がこちらに向く。その眼差しは彼のイメージであるクールというより、キュートな感じ。気のせいかもしれないが、俺には彼が喜んでいるように見えた。彼の反応に俺がこんなことを感じているとは知らずに彼はなぜかリュックからもう一冊のノートを俺に渡してきた。
(これは「見て」と言うことか……?)
ノートを開くとそこには漫画らしきものが描かれていた。何気なくパラパラとページをめくった俺はこのノートの全ページにシャーペンで漫画が描かれていたことに気づく。
「これ、漫画?もしかして大神さんが描いたの?」
「うん」
最初の数ページに目を通す。漫画の世界でこれはどのレベルなのか俺には分からないが、普通に面白い。その気じゃなくても知らないうちにページをめくる。しかし、鳴り響く予鈴に大神さんは「返して」とノートに手を伸ばす。その手から俺はノートを離す。
「大神さん、これ一日俺が持ってていいかな?ちゃんと読んでみたい」
「え、やだ」
「他の人には見せないから、絶対。ね?」
ノートを取ろうと手を上下左右あちこちと動かす彼から俺はノートを取られないようにかわす。そして彼は諦めたのか「……なら、いいけど……」とため息を一つ。
「ありがとう」
髪の毛の隙間から少し見え隠れする赤い耳が微笑ましかった。大神さんとは今まであまり話したこと無かったが、こんな一面があるのか。
(かっこいいというより、ツンデレ……かな)
俺はそのノートを自分のリュックに入れてチャックを閉めた。