「……結城、おはよう」
「おはよう、相馬」
学校に登校した俺はすでに自分の席に座っていた結城に話しかけた。
「服。あの時はありがとう。返すの遅くなってごめん」
結城から借りた服を入れた紙袋を結城に渡す。しばらく雨が続き返すのに時間がかかってしまった。
「わざわざいいのに。なんなら俺、あの時あげるつもりだったのに」
「それは、出来ないよ」
俺たちはあの日を境に距離感がグッと近づいた。一番の変化は俺だろう。今までならば、話しかけられてもそこまで話していなかった俺だが、今は俺から結城に話しかけたりもする。平野から「なんかあった?」と聞かれるほどだ。
「あ、いた。浬ー!!」
教室に結城の名前を呼びながら朝から元気に入ってきたのはAQUAのメンバーの一人、岬先輩だ。結城のそばにいた俺に気づいた岬先輩は「久しぶり」と挨拶をしてくれた。
「なんすか、先輩……」
「今日の練習来るか?」
「え、今日っすか……?」
「ああ。今日、スタジオでみんなと練習するってよ。お前最近練習来ないらしいじゃん。『一緒に練習したいのに』って部員が悲しんでるぞ」
「別にいいじゃないっすか。テストで忙しかったし、俺は個人で練習してるし」
岬先輩の言葉に結城は「テストで忙しかった」と自然に答える。中間テストがあったのは事実なので間違ってはないと思うが、その返答を俺は素直に受けとることが出来なかった。
「てか、岬先輩たち受験は……?」
「これは受験の息抜きだよ。浅野たちも誘って久しぶりにAQUA全員集まるから結城もどうかと思って。頼むから結城も来てくれ」
彼の前で手を合わせ必死にお願いする岬先輩。本人を見なくても、きっと完全に困惑していると予想できる。しかし、この困惑は多分、真帆ちゃんのことがあるからだろう。
「えっと……分かりました。……行けたら、行きます」
「ちょっと、それ絶対来ないやつだろー!!来れないなら理由教えて……」
「あの、岬先輩。もう予鈴鳴りますよ」
俺は二人の会話を遮った。これ以上岬先輩が好き勝手喋っているといずれ結城のことを傷つける発言をする予感がした。そして予鈴が鳴り、岬先輩は走って教室へ戻っていった。過去に予鈴が鳴ってこのように安心したことは無いだろう。
「……結城、大丈夫か?」
「うん、……ありがとう。お前は気にしなくていいから」
そうだ。これは結城の事情。俺には関係ない。結城がそう言うのだから放っておけばいい。なのに、どうしても放っておけない自分がいる。結城は紙袋を机の横に引っかけ、俺は自分の席に戻った。戻るときも、結城の方を一度振り向く。椅子にポツンと座る結城の姿に胸の中心がざわざわする。
「相馬、さっきの何?」
朝のホームルームが終わり一時間目の授業の準備を済ませスマホをいじる。俺の前の席の椅子を引いて平野が聞いてくる。
「……お前には関係無いよ。俺たちのことだから」
「え、余計に気になる」
(どちらかと言うと、俺も関係無いけど)
結城の家に行ったことを話せば、必ず理由を聞かれる。そうすれば否が応でも結城の家庭事情に触れることになる。結城のことを俺が勝手にしゃべるわけにはいかない。
「それより、平野は次の作品どうするの?」
俺は結城の話を強制的に切り、平野に部活の話題を振った。
「まだ決めてないけど、どうしよう」
平野の話を聞きながら休憩時間を終えた。
一時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。結城の周りには相変わらず人がいる。昨日はちゃんと眠れたのだろうか。周りの話に相づちを打っている結城を俺はただ傍観するだけ。結城のことを知ってもそれは変わらない。スマホを触っていると、誰かからメッセージの通知が来た。
(え、結城から……?)
その通知を開くと表示されたのはたった一言。
『今日、お昼一緒に食べよ。』
そのメッセージに俺は結城の方を見た。結城もこちらを見ていた。目が合うと彼は俺に微笑む。その微笑みに俺は少し意地悪をしてみたくなった。
『なんで?』
正直、「やだ」と返したかったが、さすがに傷つける可能性があるので打ち込んだがやめた。
(さあ、なんて返してくる……?)
『相馬がいいから』
「ふふ、何それ……」
俺はストレートなメッセージに声にしていた。この返事に「嬉しい」と思っている俺がいる。その後結城にきちんと「いいよ」と返信。
「彼女からか?」
「え……!?」
突然の平野からの問いかけに俺は慌ててスマホをしまう。その衝動で手を机にぶつけ、ゴンという音が響く。
「痛……」
「大丈夫か……?」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。てか俺、彼女とかいないから」
「ふーん」
二時間目のチャイムを合図に平野が自分の席に戻る。
そして二時間目が終わり次の授業の体育に向けて体操着に着替える。着替え終わった平野が俺の席にやってくる。
「バレー試合かー……。相馬は得意?」
「いや、全く」
「まあ、お前はめっちゃインドアだもんな。椅子に座っておとなしく文章を書いてる方が似合うぞ」
「おい」
「じゃ、先行くぞ」
「え、ちょっと待ってよ」
水筒を持って教室を出ていった平野を追いかける。俺が運動が得意ではないことを知っているなら聞かないで欲しい。
「相馬」
「ん?」
校庭で授業開始を待っていると名前を呼ばれた。振り向くと出席簿を肩に乗せている結城が後ろに立っていた。
「あ、出席簿……!!」
今日は日誌担当なので鍵は別の人がやってくれているはずだが、彼も出席簿は忘れていたようだ。
「忘れ物取りに教室戻ったら、教卓に置いてあった」
「ありがとう!!すっかり忘れてた!!」
俺が出席簿を受け取ろうと結城は出席簿をひょいと上げ、俺の手から離す。
「お昼、放送室ね?」
「……え?放送室?」
突然言われた「放送室」という単語に困惑したものの多分お昼ご飯の件だろう。「分かった?」と結城に返事を攻められ「……うん……分かった」ととりあえず返事をする。
「じゃあ、そういうことで」
俺の返事を聞いた結城は大人しく出席簿を返してくれた。遠くから結城の名前を呼ぶ声に彼は何か言いながらその方向へ走っていく。その直前、彼は俺の肩に触れた。
(あれ……?)
ここ最近、結城と過ごす時間が少し長かったからか、俺はその結城がいつもより元気が無いような気がした。
「まあ……、多分気のせいだよな」
しかし冷静に考えると、俺は放送室など今まで入ったことはない。彼がここを選んだのはきっと放送委員だからだろうけど、放送委員でもない俺が入ってもいいのだろうか。別の日直にポケットから出した教室の鍵を渡す結城を見ながら、思った。
「これからAチームとCチームの試合を始めます」
「お願いします」
審判の掛け声でそれぞれのチームが一斉に頭を下げる。今回俺の試合はこの試合が終わった後に行う。ということで、今の俺は得点板の隣に立ち目の前で繰り広げられるこの試合を見届ける。
「結城!!」
一球目。綺麗にセッターに返ったレシーブが早速結城に上がる。そのトスを彼はスマートに決める。
(すごいなー……)
俺はあのようなプレーは出来ない。まるで、テレビでライブ中継されている試合を見ているような感覚。本物の試合と一緒にするのは失礼かも知れないが、無知な俺にはだいたい同じ。
(目が肥えていなくてすいません)
バレーボールは身長が高ければ高いほどアドバンテージになる。白熱した試合で両チームに次々と得点が入っていく。
そんな時だった。
ローテーションでポジションが動いた結城の足元が安定していない。
「結城、大丈夫か……?」
「あ、うん。少し疲れただけ……」
「おい、結城!!」
ドサッという音に審判がホイッスルを鳴らし、試合を止める。相手のチームもネットの向こうで倒れた結城に駆けつける。それは俺も同じだった。
「おい、結城。大丈夫か!?」
試合を見ていた先生も結城のところへ向かった。
「どうしよう、誰か保健室……」
結城の意識はある。保健室という言葉に「大丈夫です」と呼吸混じりのかすれた声で言っているのを聞いた俺は「俺が行きます」と結城の言葉を遮る。
「相馬……」
「俺今日日直だし、俺も、……倒れたことあるので。大丈夫です」
俺は嘘をついた。こうでも言わないと、得点板をしている俺は試合を離れることは出来ないと思ったから。
「結城、立てるか……?」
「ごめん……」
「喋るな。とにかく、保健室行くぞ」
結城の腕を俺の首に掛けて結城を保健室へ連れていく。俺に結城の全体重がのし掛かる。倒れた彼でも生きている。俺の掴んでいるこの手が自分よりも誰かのために動く。その結果彼の身体が限界を迎え始めている。彼が倒れた瞬間、俺は思った。
保健室の扉を開け、中に入る。そこに保健室の先生はいなかった。とりあえず俺は結城をベッドに寝かせ先生が返ってくるのを待つことにした。すると結城を寝かせたベッドに腰を下ろしていた俺の体操服を掴んできた。
「……結城、大丈夫か?」
結城が目覚め、身体を起こす。
「うん、大丈夫……」
「よかった……」
俺は立ち上がり結城を見つめる。それに結城は「運んでくれてありがとな」と反応した。
「てか、あれ本当なの?『倒れた』ってやつ」
「あー……、あれは嘘。ああでも言わないと結城に付き添えないと思って」
近くにあった椅子を持ってきて俺は座った。クラスメイトの中で俺は結城のことを一番知っていると思う。結城のためにも俺が行く方がいいと思ったのだ。
「え、何?……俺に付き添いたかったってこと?」
「別に、そういうわけじゃ」
俺の言い方もあるが、どうしてそう解釈するのか。ただ、変わらず俺をからかう余裕がある結城の頭は正常だと判断した。「心配して損した」と一瞬でもよぎったことは申し訳ないと思った。
「あはは、分かってるよ。相馬のことだから、俺のこと気遣ってくれたんでしょ?母さんのこととか真帆のこととかを知ってるから」
「……」
「ありがとう。おかげで助かった」
俺の咄嗟の行動の意図がきちんと彼に伝わっていた。もしも付き添いが俺じゃなかったら倒れた理由を聞いてくるかもしれない。少し冷たい手が俺の頭に優しく乗っかる。柄にもなくその手を温めてあげたいと思った。温かく包み込んでくれるような結城の笑顔に目が離せなかった。
「ねえ、結城のお母さんっていつ退院するの?」
「もうすぐ」
「そっか。よかったな」
すぐさま俺は話題を変える。すると、結城が俺の手を引っ張り顔を近づける。近づいてくる眉目秀麗なその顔を俺は拒めなかった。
「結城……?」
「相馬……」
俺の身体が引き寄せられる。これは、振り払うべきなのか。すると、ガラッと扉が開く音が聞こえた。その音に俺は結城を止めた。結城も手を離し布団を被り再び横になり瞳を閉じた。
「あら、どうしたの?怪我でもした?」
「あ、いや……お、俺は付き添いです……‼こいつが突然倒れたんで休ませようと思いまして」
俺は状況を話し体育館に戻った。戻るまでの道のりはこれまでと一ミリも変わらないはずなのに。今日の廊下はなんだか長い。顔も身体も熱い。足を止め、一度保健室の方へ振り向く。その瞬間、体育館から「ナイス‼」という声が聞こえた。どこかのチームが点数を入れて喜んでいるのだろうか。その声に吸い込まれるように俺は体育館に入っていく。
「戻ったか。結城はどうだ?」
「平気です。今は保健室で寝てます」
「そうか……ってお前顔赤いぞ。大丈夫か?」
「ぜ、全然、平気です。走って戻ってきただけなので」
体育の先生から感謝された。そして俺はすでに始まっていた自分のチームの試合を観戦する。チームメイトからも俺の顔について言われるも先生の時と同様の言い訳をした。俺は言い訳を考える天才かもしれない。しばらくして試合終了を知らせるホイッスルが鳴り、見事勝利を収めた。
「おはよう、相馬」
学校に登校した俺はすでに自分の席に座っていた結城に話しかけた。
「服。あの時はありがとう。返すの遅くなってごめん」
結城から借りた服を入れた紙袋を結城に渡す。しばらく雨が続き返すのに時間がかかってしまった。
「わざわざいいのに。なんなら俺、あの時あげるつもりだったのに」
「それは、出来ないよ」
俺たちはあの日を境に距離感がグッと近づいた。一番の変化は俺だろう。今までならば、話しかけられてもそこまで話していなかった俺だが、今は俺から結城に話しかけたりもする。平野から「なんかあった?」と聞かれるほどだ。
「あ、いた。浬ー!!」
教室に結城の名前を呼びながら朝から元気に入ってきたのはAQUAのメンバーの一人、岬先輩だ。結城のそばにいた俺に気づいた岬先輩は「久しぶり」と挨拶をしてくれた。
「なんすか、先輩……」
「今日の練習来るか?」
「え、今日っすか……?」
「ああ。今日、スタジオでみんなと練習するってよ。お前最近練習来ないらしいじゃん。『一緒に練習したいのに』って部員が悲しんでるぞ」
「別にいいじゃないっすか。テストで忙しかったし、俺は個人で練習してるし」
岬先輩の言葉に結城は「テストで忙しかった」と自然に答える。中間テストがあったのは事実なので間違ってはないと思うが、その返答を俺は素直に受けとることが出来なかった。
「てか、岬先輩たち受験は……?」
「これは受験の息抜きだよ。浅野たちも誘って久しぶりにAQUA全員集まるから結城もどうかと思って。頼むから結城も来てくれ」
彼の前で手を合わせ必死にお願いする岬先輩。本人を見なくても、きっと完全に困惑していると予想できる。しかし、この困惑は多分、真帆ちゃんのことがあるからだろう。
「えっと……分かりました。……行けたら、行きます」
「ちょっと、それ絶対来ないやつだろー!!来れないなら理由教えて……」
「あの、岬先輩。もう予鈴鳴りますよ」
俺は二人の会話を遮った。これ以上岬先輩が好き勝手喋っているといずれ結城のことを傷つける発言をする予感がした。そして予鈴が鳴り、岬先輩は走って教室へ戻っていった。過去に予鈴が鳴ってこのように安心したことは無いだろう。
「……結城、大丈夫か?」
「うん、……ありがとう。お前は気にしなくていいから」
そうだ。これは結城の事情。俺には関係ない。結城がそう言うのだから放っておけばいい。なのに、どうしても放っておけない自分がいる。結城は紙袋を机の横に引っかけ、俺は自分の席に戻った。戻るときも、結城の方を一度振り向く。椅子にポツンと座る結城の姿に胸の中心がざわざわする。
「相馬、さっきの何?」
朝のホームルームが終わり一時間目の授業の準備を済ませスマホをいじる。俺の前の席の椅子を引いて平野が聞いてくる。
「……お前には関係無いよ。俺たちのことだから」
「え、余計に気になる」
(どちらかと言うと、俺も関係無いけど)
結城の家に行ったことを話せば、必ず理由を聞かれる。そうすれば否が応でも結城の家庭事情に触れることになる。結城のことを俺が勝手にしゃべるわけにはいかない。
「それより、平野は次の作品どうするの?」
俺は結城の話を強制的に切り、平野に部活の話題を振った。
「まだ決めてないけど、どうしよう」
平野の話を聞きながら休憩時間を終えた。
一時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。結城の周りには相変わらず人がいる。昨日はちゃんと眠れたのだろうか。周りの話に相づちを打っている結城を俺はただ傍観するだけ。結城のことを知ってもそれは変わらない。スマホを触っていると、誰かからメッセージの通知が来た。
(え、結城から……?)
その通知を開くと表示されたのはたった一言。
『今日、お昼一緒に食べよ。』
そのメッセージに俺は結城の方を見た。結城もこちらを見ていた。目が合うと彼は俺に微笑む。その微笑みに俺は少し意地悪をしてみたくなった。
『なんで?』
正直、「やだ」と返したかったが、さすがに傷つける可能性があるので打ち込んだがやめた。
(さあ、なんて返してくる……?)
『相馬がいいから』
「ふふ、何それ……」
俺はストレートなメッセージに声にしていた。この返事に「嬉しい」と思っている俺がいる。その後結城にきちんと「いいよ」と返信。
「彼女からか?」
「え……!?」
突然の平野からの問いかけに俺は慌ててスマホをしまう。その衝動で手を机にぶつけ、ゴンという音が響く。
「痛……」
「大丈夫か……?」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。てか俺、彼女とかいないから」
「ふーん」
二時間目のチャイムを合図に平野が自分の席に戻る。
そして二時間目が終わり次の授業の体育に向けて体操着に着替える。着替え終わった平野が俺の席にやってくる。
「バレー試合かー……。相馬は得意?」
「いや、全く」
「まあ、お前はめっちゃインドアだもんな。椅子に座っておとなしく文章を書いてる方が似合うぞ」
「おい」
「じゃ、先行くぞ」
「え、ちょっと待ってよ」
水筒を持って教室を出ていった平野を追いかける。俺が運動が得意ではないことを知っているなら聞かないで欲しい。
「相馬」
「ん?」
校庭で授業開始を待っていると名前を呼ばれた。振り向くと出席簿を肩に乗せている結城が後ろに立っていた。
「あ、出席簿……!!」
今日は日誌担当なので鍵は別の人がやってくれているはずだが、彼も出席簿は忘れていたようだ。
「忘れ物取りに教室戻ったら、教卓に置いてあった」
「ありがとう!!すっかり忘れてた!!」
俺が出席簿を受け取ろうと結城は出席簿をひょいと上げ、俺の手から離す。
「お昼、放送室ね?」
「……え?放送室?」
突然言われた「放送室」という単語に困惑したものの多分お昼ご飯の件だろう。「分かった?」と結城に返事を攻められ「……うん……分かった」ととりあえず返事をする。
「じゃあ、そういうことで」
俺の返事を聞いた結城は大人しく出席簿を返してくれた。遠くから結城の名前を呼ぶ声に彼は何か言いながらその方向へ走っていく。その直前、彼は俺の肩に触れた。
(あれ……?)
ここ最近、結城と過ごす時間が少し長かったからか、俺はその結城がいつもより元気が無いような気がした。
「まあ……、多分気のせいだよな」
しかし冷静に考えると、俺は放送室など今まで入ったことはない。彼がここを選んだのはきっと放送委員だからだろうけど、放送委員でもない俺が入ってもいいのだろうか。別の日直にポケットから出した教室の鍵を渡す結城を見ながら、思った。
「これからAチームとCチームの試合を始めます」
「お願いします」
審判の掛け声でそれぞれのチームが一斉に頭を下げる。今回俺の試合はこの試合が終わった後に行う。ということで、今の俺は得点板の隣に立ち目の前で繰り広げられるこの試合を見届ける。
「結城!!」
一球目。綺麗にセッターに返ったレシーブが早速結城に上がる。そのトスを彼はスマートに決める。
(すごいなー……)
俺はあのようなプレーは出来ない。まるで、テレビでライブ中継されている試合を見ているような感覚。本物の試合と一緒にするのは失礼かも知れないが、無知な俺にはだいたい同じ。
(目が肥えていなくてすいません)
バレーボールは身長が高ければ高いほどアドバンテージになる。白熱した試合で両チームに次々と得点が入っていく。
そんな時だった。
ローテーションでポジションが動いた結城の足元が安定していない。
「結城、大丈夫か……?」
「あ、うん。少し疲れただけ……」
「おい、結城!!」
ドサッという音に審判がホイッスルを鳴らし、試合を止める。相手のチームもネットの向こうで倒れた結城に駆けつける。それは俺も同じだった。
「おい、結城。大丈夫か!?」
試合を見ていた先生も結城のところへ向かった。
「どうしよう、誰か保健室……」
結城の意識はある。保健室という言葉に「大丈夫です」と呼吸混じりのかすれた声で言っているのを聞いた俺は「俺が行きます」と結城の言葉を遮る。
「相馬……」
「俺今日日直だし、俺も、……倒れたことあるので。大丈夫です」
俺は嘘をついた。こうでも言わないと、得点板をしている俺は試合を離れることは出来ないと思ったから。
「結城、立てるか……?」
「ごめん……」
「喋るな。とにかく、保健室行くぞ」
結城の腕を俺の首に掛けて結城を保健室へ連れていく。俺に結城の全体重がのし掛かる。倒れた彼でも生きている。俺の掴んでいるこの手が自分よりも誰かのために動く。その結果彼の身体が限界を迎え始めている。彼が倒れた瞬間、俺は思った。
保健室の扉を開け、中に入る。そこに保健室の先生はいなかった。とりあえず俺は結城をベッドに寝かせ先生が返ってくるのを待つことにした。すると結城を寝かせたベッドに腰を下ろしていた俺の体操服を掴んできた。
「……結城、大丈夫か?」
結城が目覚め、身体を起こす。
「うん、大丈夫……」
「よかった……」
俺は立ち上がり結城を見つめる。それに結城は「運んでくれてありがとな」と反応した。
「てか、あれ本当なの?『倒れた』ってやつ」
「あー……、あれは嘘。ああでも言わないと結城に付き添えないと思って」
近くにあった椅子を持ってきて俺は座った。クラスメイトの中で俺は結城のことを一番知っていると思う。結城のためにも俺が行く方がいいと思ったのだ。
「え、何?……俺に付き添いたかったってこと?」
「別に、そういうわけじゃ」
俺の言い方もあるが、どうしてそう解釈するのか。ただ、変わらず俺をからかう余裕がある結城の頭は正常だと判断した。「心配して損した」と一瞬でもよぎったことは申し訳ないと思った。
「あはは、分かってるよ。相馬のことだから、俺のこと気遣ってくれたんでしょ?母さんのこととか真帆のこととかを知ってるから」
「……」
「ありがとう。おかげで助かった」
俺の咄嗟の行動の意図がきちんと彼に伝わっていた。もしも付き添いが俺じゃなかったら倒れた理由を聞いてくるかもしれない。少し冷たい手が俺の頭に優しく乗っかる。柄にもなくその手を温めてあげたいと思った。温かく包み込んでくれるような結城の笑顔に目が離せなかった。
「ねえ、結城のお母さんっていつ退院するの?」
「もうすぐ」
「そっか。よかったな」
すぐさま俺は話題を変える。すると、結城が俺の手を引っ張り顔を近づける。近づいてくる眉目秀麗なその顔を俺は拒めなかった。
「結城……?」
「相馬……」
俺の身体が引き寄せられる。これは、振り払うべきなのか。すると、ガラッと扉が開く音が聞こえた。その音に俺は結城を止めた。結城も手を離し布団を被り再び横になり瞳を閉じた。
「あら、どうしたの?怪我でもした?」
「あ、いや……お、俺は付き添いです……‼こいつが突然倒れたんで休ませようと思いまして」
俺は状況を話し体育館に戻った。戻るまでの道のりはこれまでと一ミリも変わらないはずなのに。今日の廊下はなんだか長い。顔も身体も熱い。足を止め、一度保健室の方へ振り向く。その瞬間、体育館から「ナイス‼」という声が聞こえた。どこかのチームが点数を入れて喜んでいるのだろうか。その声に吸い込まれるように俺は体育館に入っていく。
「戻ったか。結城はどうだ?」
「平気です。今は保健室で寝てます」
「そうか……ってお前顔赤いぞ。大丈夫か?」
「ぜ、全然、平気です。走って戻ってきただけなので」
体育の先生から感謝された。そして俺はすでに始まっていた自分のチームの試合を観戦する。チームメイトからも俺の顔について言われるも先生の時と同様の言い訳をした。俺は言い訳を考える天才かもしれない。しばらくして試合終了を知らせるホイッスルが鳴り、見事勝利を収めた。
