その眼差しはいつもの意地悪なものではない。真剣に俺を見つめる結城に困惑せざるを得なかった。
「え、結城って妹いるの……?」
「うん。まだ二歳の」
「二歳!?まだそんな小さかったの?」
結城は高校二年生。そして妹は二歳児。だいぶ差のある兄妹。バンドや勉強など忙しいはずの結城でも幼い妹と一緒に過ごしているのか。
「会ったことないっけ?」
「うん」
過去に学園祭の劇に向けて結城の母親から直接教えられていた結城のメイク練習のため一度結城の家に行かせてもらったことがある。もしかしたら幼い子ならばその時に、寝ていたのかもしれない。
「俺で良ければいいよ。どうせこの後は暇だから」
「本当に?」
「うん」
「ありがとう……」
家に帰っても両親は仕事に行っている。帰ったところで誰もいない。つまらないお家時間を過ごすならば結城に着いていこうと思った。
「あ、ちょっと待ってて。俺傘取ってくるから」
「うん」
下駄箱から自分の傘を見つけ結城のもとへ。その時、俺がいない間に電話をしていた結城が「じゃあ後で」とスマホをしまう。
「どこに電話してたの?」
「ばあちゃん。『友達連れていくから』って」
開いた傘を並べながら俺は歩き始めた結城に静かに着いていく。結城が隣にいるだけで、同じ景色でも同じではない。歩く道が同じでも、その景色も変わる。
「ってことは、俺今お前のばあちゃんの家に向かってるの?」
俺は完全に結城の家に向かっているのかと思っていた。
「うん。だから、相馬にお願いしたいのは、ばあちゃんの家にいる妹を迎えに行った後遊んであげて欲しくて」
「……あ、そういうこと……」
「俺の最寄りと変わらないから」と言う結城。改札を通り階段を上る結城の背中が妹思いの強く優しい兄なのだと感じた。それと同時にとある疑問が浮かんだ。
「あれ、妹さん二歳なんでしょ?幼稚園とか保育園に通ってないの?」
「待機児童ってやつ。だから家に誰もいない時はばあちゃんが見てくれてて。この辺でなかなか入れる保育園が見つからないから」
「へー……」
今まで授業でなんとなく聞いてきた用語。待機児童って確か、幼稚園や保育園に入園させたくても入園させることが出来ない子供たちのこと。頭の中に家庭科の教科書を開きながら電車に乗り込む。時間的に電車内に人が少ない。乗車し空いている席に結城と座る。そしてスマホを取り出し検索アプリで「待機児童」と検索した。
「相馬さ、この前ファミレスで言ってたじゃん。『ちゃんと寝れてる?』って」
「うん?」
「……ぶっちゃけると、最近は寝れてない」
「え、どうして……?」
俺の言葉に「忙しいから」と返す結城に今の俺が納得出来るわけがなかった。スマホの検索画面を閉じて結城を見つめる。
「……去年、父さんが死んで、この前は母さんが倒れたから……かな」
「……え」
(死んだ……?入院……?)
「だからばあちゃんの力も借りてるんだけど、俺の妹だし出来るだけ迷惑かけたくなくて」
「迷惑って、それは……」
「母さんが疲労で倒れたから、そうなったら困るんだよ」
全ては彼の優しさなのか。そのために自分を削る。でも結城が背負いすぎることで倒れてしまったりしたら本末転倒じゃないのか。
――今週あいつ練習も何度か断っててさ。
浅野先輩が言っていたこの結城は多分彼の家庭が絡んでいるのだろう。部活の練習を断るのは家族のことを優先しているから、学校で寝ているのは小さな妹の面倒を見ているから。そして、その限られた時間の中で成績を維持するために勉強を欠かさない。
――だからそれ、どんな努力だよ……
彼は陰で努力をしていた。後ろで周りを支えていた。今までのバンドに向き合う結城を見ていると、練習を休むことはより辛かったのではないだろうか。
結城のおばあさんの家に着き、結城は門を開ける。
「入っていいよ」
「あ、うん……」
結城についていくと家の中から小さな子供の声が聞こえる。これは結城の妹だろう。おばあさんと一緒に遊んでいるのだろうか。
「おにいちゃーん!!」
「真帆、おいで」
結城の顔が一気にお兄ちゃんになる。腰を下ろし、目を細めて笑いながら走ってくる妹を抱きしめ持ち上げる。家でもこんな感じなのだろうか。
「浬、お帰り。お友達もいらっしゃい」
「はじめまして、相馬渚です」
俺は結城のおばあちゃんに頭を下げる。すると、上の階から誰かが降りてくる足音がする。
「あれ、浬か。今日は早いな……って君は?」
俺の後ろに一人の男性がいた。多分おじいさんだろう。
「浬の親友の相馬くん」
「はじめまして」
おじいさんは冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出し、コップに注ぐ。
「じゃあ、今日はもう真帆も一緒に帰るね」
「あら、まだここにいてもいいのよ」
「ダメ、ここ最近ずっと真帆のこと任せちゃったし、ばーちゃんたちも倒れられたら困るから」
荷物をまとめた真帆ちゃんが結城の手を握る。
(なんだ、この愛しい空間は……!!)
学校では意地悪王子様の結城のはずなのに、今目の前にいるのは、優しい王子様。小さなプリンセスを抱き上げたり手を握ったり。結城のおばあちゃんの家というステージで小さなおとぎ話が繰り広げられている。ずっと見ていたい。しかし、このようなステージが出来上がったのは様々な問題に直面しているから。
「じゃあ、また月曜日。真帆のことお願い」
「いつでもいいからね」
「うん」
結城は真帆ちゃんを抱き抱え傘を持っている。片手にクマの人形を持った真帆ちゃんは結城の腕の中でおばあちゃんとおじいちゃんに手を振っている。
「ねえ、おにいちゃん。このひと、だれ?」
真帆ちゃんが俺を指さした。
「こーら、人を指で指ささない」
俺に向いた彼女の人差し指を結城は地面へ向けた。結城が家族に見せる顔を知れば知るほど結城のことが分からなくなる。
「ごめんね、自己紹介遅れちゃったね。相馬渚です。浬お兄ちゃんと同じクラスなんだ。よろしくね」
「……ゆうきまほ です」
「真帆ちゃんね。よろしく」
(かわいい……)
悶絶。結城の肩にもたれ掛かりながら恥ずかしそうに自己紹介をしてくれる彼女が天使に見える。目線を揃えると、余計に顔が整っていると思う。これがまだ二歳児なんだ。将来はさぞモテモテなんだろう。性格は多分真帆ちゃんの方がいいと思うが、顔はさすが結城の妹って感じだ。
「結城、その袋貸して。俺持つから」
「ごめん、相馬」
「いいよ。少しでも手が空いてる方がいいでしょ」
この袋は結城がおばあちゃんから受け取っていたものだ。良い匂いがするから多分料理だろう。
(そっか、こいつの母親って今入院してるんだっけ……)
いろいろ聞きたいが、聞いてもいいことなのだろうか。俺が結城の立場だったら、触れて欲しくない内容だ。
真帆ちゃんが結城と手を繋ぎながら雨のコンクリートに足を着ける。気分が下がる雨の日でも小さな長靴を履いて楽しそうに見えない足跡を付けていく。
「……それで、俺は真帆ちゃんと遊べばいいってこと?」
「うん。嫌ならいいんだけど、遊ばなくても真帆のことを見てて欲しくて」
「……」
「母さんが入院してから、いろいろ自分でやってるから、真帆と遊んであげられなくて。部活の時間はいくらでも潰せるけど、テスト勉強とか家事の時間で埋まるから真帆に向き合ってあげられない」
時間が無いということがこんなにも恐ろしいのか。学生から生活時間を奪う今の世界はどうなっているんだ。きっと日本にはこんな学生や人がたくさんいるのだろう。
「ばーちゃんからご飯もらってるけど、俺もいくつか作るし。洗濯物とかもやらないといけないからその間真帆のことを見てて欲しい」
「……うん、分かった」
雨が徐々に強くなっていく。ここまで降るともはや傘を差していても意味が無い。
「雨ヤバいな……、相馬走れる?家すぐそこだから」
「うん」
「真帆も走るよ」
びちゃびちゃと水を飛ばしながら、そして水溜まりを踏み潰しながら、俺たちは結城の家に向かう。傘に付いた雨粒を振り落とした。
「こんな雨降るとは思わなかったわ……。相馬もずぶ濡れじゃん。靴とか平気?」
「長靴だから大丈夫。俺もこんなに濡れるとは思ってなかった」
家の鍵を開けて扉を開ける。今から俺は結城の住む世界に足を運ぶ。
「結城の家久しぶりに来た」
「あ、そっか。そういえば相馬は来たことあったね」
「うん」
(懐かしいな……)
今まで俺は住む世界が違うと思っていた。それは俺と結城はタイプが全く違うから。でもそうじゃない。責任感の強さが違うから。俺は一人になったとき、結城と同じように出来るだろうか。
「荷物、その辺置いてていいよ。これタオル」
「あ、ありがとう」
タオルでリュックを拭いてからフローリングのリビングの端に荷物を置く。真帆ちゃんが脱ぎ散らかした靴を揃えた結城は、はしゃぐ真帆ちゃんを捕まえ濡れた髪の毛を拭いている。これもきっと彼の日常なんだろうな。
「おにいちゃん、あそぼー!!」
「真帆、ちょっと待って。動くな」
「やだー」
「『やだ』じゃない。このままだと風邪ひくぞ」
真帆ちゃんは髪を拭き終えると、再び「あそぼ」と結城の濡れた制服を引っ張りながら必死に“おにいちゃん”を引き留める。結城は「早く着替えてきな」と彼女を促す。彼女はきっと詳しい生活の事情を知らないのだろう。
「はぁ……、マジでごめん相馬、放置してて。俺の服今から持ってくるから。相馬も着替えな」
「……あ」
結城はダッシュで階段を登る。
(これ、逆に俺は邪魔なのでは……?)
髪の濡れた結城が服を颯爽と渡す。俺は受け取り洗面所で濡れた制服を脱ぎ着替えた。結城が貸してくれた服は普段の俺が着るようなものではなかった。
「かっこいいな……服も」
鏡に写る俺を見ながら結城がこの服を着ているところを想像する。俺には似合わない。結城の少しぶかぶかな服を纏ってから、改めてそう思った。
着替えを終えた俺は、結城からハンガーを借りて濡れた服を乾かす。結城も着替えを終えていた。私服の結城は新鮮だ。
「おにいちゃん、あそぼー!!」
「ごめん、真帆。これからごはん準備しないと……」
エプロンを着けながらキッチンに向かう結城を追いかける真帆ちゃん。
「真帆ちゃん、よかったらお兄さんと一緒に遊ばない?」
「……」
真帆ちゃんは俺の顔を見てしばらく黙っていた。困惑するのも頷ける。初対面の人間が自分に迫ってくるのは、普通に考えて誰もが怖いに決まってる。
「真帆ちゃんは、どんな遊びが好きなの……?」
すると、彼女は小さな手でしっかりと俺の手を取りとある部屋に連れていかれた。
「え、結城って妹いるの……?」
「うん。まだ二歳の」
「二歳!?まだそんな小さかったの?」
結城は高校二年生。そして妹は二歳児。だいぶ差のある兄妹。バンドや勉強など忙しいはずの結城でも幼い妹と一緒に過ごしているのか。
「会ったことないっけ?」
「うん」
過去に学園祭の劇に向けて結城の母親から直接教えられていた結城のメイク練習のため一度結城の家に行かせてもらったことがある。もしかしたら幼い子ならばその時に、寝ていたのかもしれない。
「俺で良ければいいよ。どうせこの後は暇だから」
「本当に?」
「うん」
「ありがとう……」
家に帰っても両親は仕事に行っている。帰ったところで誰もいない。つまらないお家時間を過ごすならば結城に着いていこうと思った。
「あ、ちょっと待ってて。俺傘取ってくるから」
「うん」
下駄箱から自分の傘を見つけ結城のもとへ。その時、俺がいない間に電話をしていた結城が「じゃあ後で」とスマホをしまう。
「どこに電話してたの?」
「ばあちゃん。『友達連れていくから』って」
開いた傘を並べながら俺は歩き始めた結城に静かに着いていく。結城が隣にいるだけで、同じ景色でも同じではない。歩く道が同じでも、その景色も変わる。
「ってことは、俺今お前のばあちゃんの家に向かってるの?」
俺は完全に結城の家に向かっているのかと思っていた。
「うん。だから、相馬にお願いしたいのは、ばあちゃんの家にいる妹を迎えに行った後遊んであげて欲しくて」
「……あ、そういうこと……」
「俺の最寄りと変わらないから」と言う結城。改札を通り階段を上る結城の背中が妹思いの強く優しい兄なのだと感じた。それと同時にとある疑問が浮かんだ。
「あれ、妹さん二歳なんでしょ?幼稚園とか保育園に通ってないの?」
「待機児童ってやつ。だから家に誰もいない時はばあちゃんが見てくれてて。この辺でなかなか入れる保育園が見つからないから」
「へー……」
今まで授業でなんとなく聞いてきた用語。待機児童って確か、幼稚園や保育園に入園させたくても入園させることが出来ない子供たちのこと。頭の中に家庭科の教科書を開きながら電車に乗り込む。時間的に電車内に人が少ない。乗車し空いている席に結城と座る。そしてスマホを取り出し検索アプリで「待機児童」と検索した。
「相馬さ、この前ファミレスで言ってたじゃん。『ちゃんと寝れてる?』って」
「うん?」
「……ぶっちゃけると、最近は寝れてない」
「え、どうして……?」
俺の言葉に「忙しいから」と返す結城に今の俺が納得出来るわけがなかった。スマホの検索画面を閉じて結城を見つめる。
「……去年、父さんが死んで、この前は母さんが倒れたから……かな」
「……え」
(死んだ……?入院……?)
「だからばあちゃんの力も借りてるんだけど、俺の妹だし出来るだけ迷惑かけたくなくて」
「迷惑って、それは……」
「母さんが疲労で倒れたから、そうなったら困るんだよ」
全ては彼の優しさなのか。そのために自分を削る。でも結城が背負いすぎることで倒れてしまったりしたら本末転倒じゃないのか。
――今週あいつ練習も何度か断っててさ。
浅野先輩が言っていたこの結城は多分彼の家庭が絡んでいるのだろう。部活の練習を断るのは家族のことを優先しているから、学校で寝ているのは小さな妹の面倒を見ているから。そして、その限られた時間の中で成績を維持するために勉強を欠かさない。
――だからそれ、どんな努力だよ……
彼は陰で努力をしていた。後ろで周りを支えていた。今までのバンドに向き合う結城を見ていると、練習を休むことはより辛かったのではないだろうか。
結城のおばあさんの家に着き、結城は門を開ける。
「入っていいよ」
「あ、うん……」
結城についていくと家の中から小さな子供の声が聞こえる。これは結城の妹だろう。おばあさんと一緒に遊んでいるのだろうか。
「おにいちゃーん!!」
「真帆、おいで」
結城の顔が一気にお兄ちゃんになる。腰を下ろし、目を細めて笑いながら走ってくる妹を抱きしめ持ち上げる。家でもこんな感じなのだろうか。
「浬、お帰り。お友達もいらっしゃい」
「はじめまして、相馬渚です」
俺は結城のおばあちゃんに頭を下げる。すると、上の階から誰かが降りてくる足音がする。
「あれ、浬か。今日は早いな……って君は?」
俺の後ろに一人の男性がいた。多分おじいさんだろう。
「浬の親友の相馬くん」
「はじめまして」
おじいさんは冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出し、コップに注ぐ。
「じゃあ、今日はもう真帆も一緒に帰るね」
「あら、まだここにいてもいいのよ」
「ダメ、ここ最近ずっと真帆のこと任せちゃったし、ばーちゃんたちも倒れられたら困るから」
荷物をまとめた真帆ちゃんが結城の手を握る。
(なんだ、この愛しい空間は……!!)
学校では意地悪王子様の結城のはずなのに、今目の前にいるのは、優しい王子様。小さなプリンセスを抱き上げたり手を握ったり。結城のおばあちゃんの家というステージで小さなおとぎ話が繰り広げられている。ずっと見ていたい。しかし、このようなステージが出来上がったのは様々な問題に直面しているから。
「じゃあ、また月曜日。真帆のことお願い」
「いつでもいいからね」
「うん」
結城は真帆ちゃんを抱き抱え傘を持っている。片手にクマの人形を持った真帆ちゃんは結城の腕の中でおばあちゃんとおじいちゃんに手を振っている。
「ねえ、おにいちゃん。このひと、だれ?」
真帆ちゃんが俺を指さした。
「こーら、人を指で指ささない」
俺に向いた彼女の人差し指を結城は地面へ向けた。結城が家族に見せる顔を知れば知るほど結城のことが分からなくなる。
「ごめんね、自己紹介遅れちゃったね。相馬渚です。浬お兄ちゃんと同じクラスなんだ。よろしくね」
「……ゆうきまほ です」
「真帆ちゃんね。よろしく」
(かわいい……)
悶絶。結城の肩にもたれ掛かりながら恥ずかしそうに自己紹介をしてくれる彼女が天使に見える。目線を揃えると、余計に顔が整っていると思う。これがまだ二歳児なんだ。将来はさぞモテモテなんだろう。性格は多分真帆ちゃんの方がいいと思うが、顔はさすが結城の妹って感じだ。
「結城、その袋貸して。俺持つから」
「ごめん、相馬」
「いいよ。少しでも手が空いてる方がいいでしょ」
この袋は結城がおばあちゃんから受け取っていたものだ。良い匂いがするから多分料理だろう。
(そっか、こいつの母親って今入院してるんだっけ……)
いろいろ聞きたいが、聞いてもいいことなのだろうか。俺が結城の立場だったら、触れて欲しくない内容だ。
真帆ちゃんが結城と手を繋ぎながら雨のコンクリートに足を着ける。気分が下がる雨の日でも小さな長靴を履いて楽しそうに見えない足跡を付けていく。
「……それで、俺は真帆ちゃんと遊べばいいってこと?」
「うん。嫌ならいいんだけど、遊ばなくても真帆のことを見てて欲しくて」
「……」
「母さんが入院してから、いろいろ自分でやってるから、真帆と遊んであげられなくて。部活の時間はいくらでも潰せるけど、テスト勉強とか家事の時間で埋まるから真帆に向き合ってあげられない」
時間が無いということがこんなにも恐ろしいのか。学生から生活時間を奪う今の世界はどうなっているんだ。きっと日本にはこんな学生や人がたくさんいるのだろう。
「ばーちゃんからご飯もらってるけど、俺もいくつか作るし。洗濯物とかもやらないといけないからその間真帆のことを見てて欲しい」
「……うん、分かった」
雨が徐々に強くなっていく。ここまで降るともはや傘を差していても意味が無い。
「雨ヤバいな……、相馬走れる?家すぐそこだから」
「うん」
「真帆も走るよ」
びちゃびちゃと水を飛ばしながら、そして水溜まりを踏み潰しながら、俺たちは結城の家に向かう。傘に付いた雨粒を振り落とした。
「こんな雨降るとは思わなかったわ……。相馬もずぶ濡れじゃん。靴とか平気?」
「長靴だから大丈夫。俺もこんなに濡れるとは思ってなかった」
家の鍵を開けて扉を開ける。今から俺は結城の住む世界に足を運ぶ。
「結城の家久しぶりに来た」
「あ、そっか。そういえば相馬は来たことあったね」
「うん」
(懐かしいな……)
今まで俺は住む世界が違うと思っていた。それは俺と結城はタイプが全く違うから。でもそうじゃない。責任感の強さが違うから。俺は一人になったとき、結城と同じように出来るだろうか。
「荷物、その辺置いてていいよ。これタオル」
「あ、ありがとう」
タオルでリュックを拭いてからフローリングのリビングの端に荷物を置く。真帆ちゃんが脱ぎ散らかした靴を揃えた結城は、はしゃぐ真帆ちゃんを捕まえ濡れた髪の毛を拭いている。これもきっと彼の日常なんだろうな。
「おにいちゃん、あそぼー!!」
「真帆、ちょっと待って。動くな」
「やだー」
「『やだ』じゃない。このままだと風邪ひくぞ」
真帆ちゃんは髪を拭き終えると、再び「あそぼ」と結城の濡れた制服を引っ張りながら必死に“おにいちゃん”を引き留める。結城は「早く着替えてきな」と彼女を促す。彼女はきっと詳しい生活の事情を知らないのだろう。
「はぁ……、マジでごめん相馬、放置してて。俺の服今から持ってくるから。相馬も着替えな」
「……あ」
結城はダッシュで階段を登る。
(これ、逆に俺は邪魔なのでは……?)
髪の濡れた結城が服を颯爽と渡す。俺は受け取り洗面所で濡れた制服を脱ぎ着替えた。結城が貸してくれた服は普段の俺が着るようなものではなかった。
「かっこいいな……服も」
鏡に写る俺を見ながら結城がこの服を着ているところを想像する。俺には似合わない。結城の少しぶかぶかな服を纏ってから、改めてそう思った。
着替えを終えた俺は、結城からハンガーを借りて濡れた服を乾かす。結城も着替えを終えていた。私服の結城は新鮮だ。
「おにいちゃん、あそぼー!!」
「ごめん、真帆。これからごはん準備しないと……」
エプロンを着けながらキッチンに向かう結城を追いかける真帆ちゃん。
「真帆ちゃん、よかったらお兄さんと一緒に遊ばない?」
「……」
真帆ちゃんは俺の顔を見てしばらく黙っていた。困惑するのも頷ける。初対面の人間が自分に迫ってくるのは、普通に考えて誰もが怖いに決まってる。
「真帆ちゃんは、どんな遊びが好きなの……?」
すると、彼女は小さな手でしっかりと俺の手を取りとある部屋に連れていかれた。
