学園祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

AQUAからファミレスに行こうと誘われてから、俺も一緒に行くようになった。その結果俺は分かったことがある。

(この人たち、本当にバンドの話しかしないな)

目の前に教科書を広げ、シャーペンを握り問題を解いていると思ったら数分後にはシャーペンが握られていた手にはドリンクの入ったコップを持ちバンドの話をし始める。その話がはじまるきっかけのほとんどは、窓越しに見るファミレス横を通る人たちやファミレスに来る人たちがの多くがギターを担いでいるため。その話には平野も参加している。今日までの時点で俺もこのファミレスに何度か足を運んでいるため、知っている顔もちょこちょこ見かける。スタジオが近いという点は、練習終わりにすぐお腹を満たすことができるが、勉強する場所としては絶対向いていない。理由はAQUAの様子を見ていると分かるため説明不要だ。ただでさえ人数も多いため長居することは避けたいのに、彼らのお喋りは終わりが見えない。

(バンドが本当に好きなんだな)

「ねえ、相馬。この問題解けた?」
「……え?」
「解答と答えが合わないんだよね。解答が間違えてるだろ、これ」
バンドの話が飛び交う中、結城がテキストのとある設問を指差しながら聞いてくる。「解答が間違ってる」という勉強のできる結城にしてはらしくない文句に俺は驚きながら結城の問題を解いた形跡を確認していく。黙々と解答と照らし合わせていくが、さすがは結城。解き方は間違っていない。その後は丁寧な字で書かれた式を一つ一つ見ていく。
「あ、ここ違う」
「え、どこ?」
ドリンクを飲んでいた結城は慌てて顔を近づけてくる。結城からほんのりジンジャーエールの香りが漂う。
「ここ『6』じゃない。『0』だよ」
「うそ、マジで……?」
「うん、マジで」
ノートを自分のもとへ戻し、結城は俺に言われたところを自分で確認する。「本当だ」と再びシャーペンを握る。ただ、俺よりも賢い結城に、誰が見ても綺麗な字を書く結城に、頭脳も筆跡も何もかも普通な俺がこのようなミスを指摘することは初めてだ。結城の字は「0」と「6」を見間違えるような字では無いのに。
「なんか、珍しいな。結城がそんなケアレスミスするの」
結城本人はそんなことない、このようなミスをすることも普通なのかも知れない。ことわざで「猿も木から落ちる」と言うし。結城だって人間だ。ミスの一つや二つある。このギャップは普段の俺が結城に抱いているイメージが影響しているのかもしれない。
「多分、疲れてるからかな」
「ちゃんと寝れてる?」
よく考えてみれば最近の結城は、いつもより静かだった気がする。いつもの結城なら休み時間に自分の席の前に座る俺に話しかけてきたり、何らかのちょっかいを出してきていた。しかし、今日の結城は休み時間はずっと机で寝ていた気がする。今までの結城との関わりが日常だった俺の背中は少し寂しかった。
(いや、俺は別にちょっかいをされたかったわけでは無いけど!!)
これではまるで、結城に話しかけてほしかったと言っているみたいでは無いか。自分の心の中で否定する勢いで俺はドリンクを飲み干す。
「どうしよう……俺また赤点取るかも……」
俺も勉強から徐々に脱線し始めた頃、岬先輩の集中力も限界を越えたらしい。
「もうこうなったら、俺なんか発明しようかなー。カンニングできる眼鏡とか時間を止める装置とかー……」
「そんな発明品を作る時間があったら勉強しろ」
「えー……」
沖田先輩はそんな岬先輩に厳しく突っ込む。沖田先輩の言葉に岬先輩も丸めた背中を伸ばし再び勉強を始める。

もちろん、時は止まるはずもなく中間テストは刻一刻と近づく。テストが近づく度にやってくる緊張感と憂鬱感がもたらすこの気だるさは、いつどこで誰と何をしていようと解消されることはないらしい。この日もファミレスに集まりテキストを開く。
「いいよなー……、世の中の天才たちは勉強出来て。何したらそんな人間になれるんだよー」
「みんなお前の知らないところで努力してるんだよ」
「だからそれ、どんな努力だよ……」
岬先輩のことだから多分何の悪気もなくただ思ったことを口にしているだけだと分かっている。だが、俺はなぜか今このタイミングでその発言は慎むべきだったと感じた。それは、俺の隣にいる天才の一人結城が睡魔と闘っているからだろうか。

満腹になった俺たちはファミレスを出てそれぞれの帰路につく。結局結城はあの睡魔には勝てず、途中からほとんど寝ていた。結城の後ろ姿を見ながら歩く俺には、彼の背中が力尽き折れた翼を引きずるように見えて足が重かった。しかしそれでもこいつはテストでちゃんと点数を取るからムカつくんだよな。もしかして、こいつはテスト期間中はいつもこうなのだろうか。
「あの、先輩」
俺は近くにいた浅野先輩に声をかけた。先輩は振り向いてすぐに「どうした?」と足を止めてくれた。
「結城っていつもあんな感じ何ですか?」
「あんな感じ……って?」
「今までも部活終わりにみんなと勉強してる時とかも寝てたのかなって……?他に、なんか変わったところありますか?」
寝ていた結城を責めたいわけではない。睡魔に立ち向かっても何も入ってこない上に、睡眠は大事だ。だが、今日一日を通して結城の様子がいつもと違うと思ったのも事実。これが彼の日常なら別に心配する必要はないのだろう。
「いや、あんな風に寝てたことは無かったと思うよ……。よっぽど疲れてたんだろうね」
「そうですね……」
「それに、今週あいつ練習も何度か断っててさ。テストも近いからかもだけど、今までそんなこと無かったからどうしたんだろう……」
結城のことを知っていれば、気付かないわけが無い。案の定、浅野先輩は結城をきちんと見ていた。バンドのことしか考えていない結城が練習を断るのはなぜか。そこに何か理由があるのだろうか。
「相馬くんはどう?あいつの様子、変だと思う?」
「そうですね……。最近の結城は休み時間に教室で寝てることが多い気はします」
「教室……」
浅野先輩との会話はこの日の俺を悩ませる。今まで特に気にしていなかった。だが、先輩がここまで心配するとさすがにスルーすることはできない。

『黒い空の下、一人で歩く道は心細かった。心なしか、自分の背中もいつもより冷たい気がする。家に帰り家族の声を聞くまでは、ずっと頭では結城の声がしていた。』

「なんでだろう……」
俺が考えても仕方ないことだ。俺は関係ない。正解は彼だけが知っているのに。ノートを閉じて俺はテスト勉強を始める。翌日も、その翌日も、たまに後ろを振り向くと寝ている結城。結城の様子を観察しながら日々を過ごし、テストのため席替えが行われた。

そして、中間テスト。外では雨が窓を叩きつけるように降っている。みんなと一緒に勉強していたからか、全体を通して解ける問題が多かった。これは高い点数を期待出来るかもしれない。
「相馬、テストお疲れ様」
「お疲れ、結城」
中間テスト最終日。下駄箱で上履きを履き替えようとしていた俺は同じく下駄箱に来た結城に話しかけられた。
「テストどうだった?」
「結城のおかげで結構出来た。ありがとう」
「そっか、相馬の役に立てたならよかった」
結城は俺の顔を見ながら喜んでくれた。相変わらずイケメンで優しく微笑む結城だが、俺は結城の目の下に出来たクマに気付いた。
「……何?」
「あ、いや……結城は?」
「俺も大丈夫だと思う」
俺の視線に気付いた結城に咄嗟に話題を振る。俺の問いに返事をしながらローファーを取り出し、脱いだ上履きをあくびをしながら下駄箱に戻す。普段の俺なら気にしなかったかもしれない。しかし、最近の結城の様子や浅野先輩とのことを受けて俺はスルーすることは出来なかった。
「……ねえ、結城。お前、何かあったの?」
「……え?」
「俺でよかったら、話聞くよ?テスト勉強手伝ってくれたお礼ってことで」
結城はしばらく黙り込み、「ありがとう」と答え傘を開き帰っていった。
「おい、結城……!!」
俺はどうして彼を放っておけないのだろうか。静かに背中を向ける結城の手を掴む。
「あ、ごめん。なんでもない」
勢いに任せ俺はこの手を掴んだが、結城に何と言えば良かったのか。結局分からず手をゆっくり話す。傘を持たずに出てきた俺の頭上に「濡れるよ」と言いながら優しく傘を持ってくる。
「本当に、いいの……?」
「……?」
「無茶なこと言われても知らないよ?」
「それでも、俺の出来ることならいいよ」
俺の言葉に結城は表情を曇らせた。俺の対応は間違っていたのだろうか。
「じゃあ、一ついいかな」
「うん、何?」
「この後、妹のことを少しの間見ててくれないか?」
「妹……?」
どしゃ降りの中、結城は初めて俺に真面目な目を向けた。