学園祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

『「作詞興味ないか」とキラキラした王子様から言われた。興味がないわけではない。でも、あの王子様の前では「いいよ」と意地でも言いたくなかった。あの意地悪王子の前では』

「だから、何であいつのことなんだよ……」

ノートを開き、書き終え、読み直す。そして初めて気付く。今日も俺の頭にあいつが住み着いていると。文章を書くことは好きなのに、書けば書くほどあいつのことしか頭に浮かばない。それはあいつが王子様を演じていたから、俺の中で勝手に美化されているだけだ。よく聞くことだ。「美しいものは見ていたくなる」みたいな現象が起こっているだけ。

結城に作詞を誘われたその日の部活中、ふと外を眺めると空が少しオレンジになっていた。
「てか、お前何で断っちゃったんだよ……。もったいないぞ」
「いや、ちょっとね……」
作詞を断ったの理由は、相手があいつだったから。

――これからもよろしく

今までのことを踏まえ、あんなを言われたら誰でも警戒するに決まってる。とはいえ、俺たちが演劇での王子様とヒロインという関係ではなかったら引き受けていただろうけど。
「AQUAのメンバーから直接誘われるとか、こんな幸運この先無いぞ」
シャーペンを回しながら平野は俺を見る。平野の言葉に俺はシャーペンを止めた。
「今頃、別の人に頼んでたりするんじゃない?」
「でも俺は、……結城がお前を選んだように見えたけど」
「え、どういうこと?」
平野はシャーペンを置いて机に腕を乗せる。さすがAQUAのファンである平野。結城のことを分かっているようだ。
「……そういえば、最近お前ら仲良いよな」
「なんか、向こうから話しかけてくれるんだよね」
「餌付けでもしたのか?」
「いや、全く」
結城がなぜ俺に話しかけてくれるのか。それは俺が聞きたい。俺は別に結城に何か特別なことをした記憶がない。そもそも、高校一年の時はクラスは違った。ただ、俺が一方的に結城を知っていただろう。それはもちろん、彼が学校の人気者だからだ。AQUAのことも含め彼の情報や噂は嫌でも耳に入ってくる。特に去年は軽音部のクラスメイトがいろいろ言っているのを聞いていた。内容は全て良いものとは限らない。過去に俺は結城の人気に嫉妬していた友人から直接愚痴を聞かされていたことがある。人気者って本当、普通に過ごすだけでも大変なんだなと実感する。普通の人間でよかった。

高校二年生になって初めて結城と同じクラスになった。多分、結城は「相馬渚」という名前と存在を初めて認知したのではないか。

「お疲れ様でした」
「お疲れ様ー」
部活を終えて学校を出ると、結城がリュックを背負いながらギターを肩にかけている結城に会った。そして後ろにはAQUAのメンバーがぞろぞろと学校から出てくる。彼らも部活を終えたのだろう。輝き楽しそうに話しながら出てくるその集団はもはやアイドルだ。ここに平野がいたら平野は大喜びだっただろうな。
「おや、君はこの前の」
「あ、久しぶりです……」
俺は見事に自分の目を奪われた。そして俺の真っ直ぐな視線に気づいた人が俺に声をかける。岬先輩だ。
「あれ、相馬も帰り?お疲れ」
岬先輩に続き、結城も俺に話しかけてきた。ただ彼は岬先輩とは違って、ギターケースを肩に担いでいる。
「君、相馬くんって言うの?」
「はい、相馬渚です」
(そういえば、自己紹介してなかったな)
「『渚』か、……素敵な名前だね」
微笑みながら突然俺のことを射止めるかのような甘い褒め言葉に体温が一気に上がる。
「先輩ー……、俺の相馬(プリンセス)を口説くのはやめてください」
「は!?」
結城は腕で俺の頭を優しく包み結城の頭と触れさせる。岬先輩はズボンのポケットに手を突っ込みながら結城の行動にニコニコしている。恥ずかしすぎるあまり「やめろ」と結城の腕を払い俺は自分の髪をわさわさと触る。
「ねえ……、間違ってたらごめんなんだけど、もしかして、相馬くんって浬の相手の子?」
岬先輩は俺の目をじっくりと見ながら尋ねてきた。
「あー、それだ!!なんか見たことある顔だと思ったら。あの時の子か」
「あの劇よかったよ。普通に面白かったし」
「特に告白(アドリブ)シーンな。あの盛り上がり方は、アマチュアだけどパフォーマーとしては少し悔しいくらい」
(みんな、見てたんだな)
そばで俺たちを傍観していた汐谷先輩や沖田先輩たちも俺たちの話に介入してきた。どうやら彼らはあの告白がアドリブだったことを知っているらしい。結城が話したのだろうか。
「えー、嬉しいー!!王子やってよかった」
「相馬くんに感謝しろよ。お前のアドリブにちゃんと対応してくれたんだから」
先輩たちが俺の気持ちを代弁してくれている。その通りだ。分かってくれる人がいてありがたい。心の中の俺は激しく首を縦に振っている。汐谷先輩は、結城がバンドのメンバーを紹介してくれた時に席を外していたためきちんと顔を合わせるのは初めてだ。数メートルではなくセンチという単位の距離で話すのは初めてだ。「はじめまして」と汐谷先輩に自己紹介をしていると隣では、結城が俺を引き寄せる。
「もちろん感謝してるよ。だから、この子は俺のなんです」
「やっぱり。お前ら、ラブラブじゃんか」
「そーなん……」
「違います」
先輩たちの発言にノリノリで言葉を重ねようとする結城に俺は容赦なくバッサリと否定する。汐谷先輩も「あの時王子様振られてたじゃん」と笑いながら突っ込む。自分もアドリブにアドリブで返したためあまり記憶に無いが、振った記憶はある。それでも誤解され変な噂が流れたら困る。それよりも、さらっと流れた先輩の「やっぱり」とはどういう意味なのだろうか。そんな中、冷静に話しかけてきたのは浅野先輩だった。
「ねえ、あの劇ってヒロインどうやって決めたの?じゃんけんとか?」
「それ、俺も気になってた」
この学校は男子校。女子生徒はいない。それに疑問を持つのはなんとなく理解できる。
「俺が推薦した。『相馬をヒロインにしたら?』って」
(自分で言うんだ)
「え、なんで?」
「それは、可愛いからに決まってるじゃん」
結城のさも当然のようにこぼす「可愛い」という言葉に、AQUAのメンバーたちは「へー」と頷いている。しかし、なぜ彼らは結城の俺に対する「可愛い」というワードに何も突っ込まないのだろうか。
「てか思ったんだけど、お前、将来は絶対パートナーを束縛するタイプだろ。いや、今の浬がもうすでにそうか」
「相馬くん、(こいつ)が本当にしつこかったら俺たちに相談していいからね」
同情からか、岬先輩が俺の肩に両手を置く。岬先輩は結城の扱い方が上手い。言っていることはプラスではないが、決してマイナスの意味で言っているとは感じない。愛というクッションがある。
「そうですね。俺たちは部活も引退したし、時間は今までよりはあるだろうから。もちろん、これは受験勉強をしてる前提ですけど」
「なぜ俺を見る?」
そんな岬先輩をアシストする汐谷先輩。そんな彼は岬先輩を見ながら「さあ?」と首を傾げる。
「皆さん、バンド関係なく仲良しなんですね」
「まーね。俺たち、高三だし?」
「ちょっと待て、それは違うだろ」
岬先輩のドヤっと顔を決めながら、しれっと結城を敵に回す言い回しを彼は見逃さなかった。結城の反応にAQUAのメンバーが楽しそうに笑う。俺もそれにつられて堪えていた笑いが出てしまった。
「っえ……AQUA!?なんで全員集合してるんですかー!?」
部活を終えた平野が外で談笑しているAQUAの姿に手で顔を覆いながら指の隙間からこちらを見ている。平野はAQUAの数人が今年で引退したことを知っているはずだ。だからこそ、こうしてメンバー全員が何気ない瞬間に集っているのはかなり貴重なのだろう。
「俺たちは今日、みんなで勉強してた。岬が俺にしがみついて『助けてー』とか言ってたから」
「だって、みんなで勉強した方が楽しいだろ」
「それはそうだけど、気抜いてるとバンドの話しかしないじゃん、俺ら」
勉強中でも、バンドの話に夢中になる彼ら。AQUAの裏話を入手した平野の瞳はキラキラしていた。まるで「バンドの話を聞きたい」と目で言っているような。
「せっかくなら、この後のファミレスみんなで行くか?」
「ファミレス!?」
どうやら彼らは常連のスタジオ付近にあるファミレスに行く予定だったらしい。学校からも遠いわけではないようだ。なるほど。だから、軽音部員と引退した先輩たちが一緒にまとまっていたのか。
「相馬はどうする?」
「え、俺?」
「うん」
結城は俺に視線を向ける。
「……ごめん。母さんが夕飯作ってくれてるから行けない。行くならまた今度ね」
「そっか。残念だな」
せっかくの誘いだが、行くなら事前に言って欲しい。しかし、この誘いは以前のような「相手が結城だから」という大変自分勝手な理由ではなく、自分の中で大切な人を選んだための結果だ。誘ってくれたお礼と礼儀として「ごめん」と謝ると結城は「じゃあ、俺もファミレスパスしようかな」と言い始めた。
「え、浬行かないの?」
「うん、相馬が行かないらしいから」
「は……?」
結城の判断基準が分からない。なぜ俺が行かないと言えば「じゃあ」と簡単に自分の意思を変えられるのか。そう素早く変えられる結城は逆にすごいのではないだろうか。
「ダメだ。今日はみんなで勉強するって約束しただろ?」
「じゃあまたね、渚くん」
「おい、その『渚呼び』やめろ」
「別にいいじゃん」
岬先輩と浅野先輩に手を掴まれファミレスへと向かっていった。浅野先輩の口から出た「渚」に結城は反応していた。
「あれ、平野は行かなかったんだ」
「めっちゃ行きたかったけど、俺も家で夕飯食べるから」
「そっか」
自宅に帰り母の用意してくれた夕飯を食べる俺は、テレビについているバラエティー番組を見ながら結城たちがファミレスで何を食べているのかを考えながら箸を動かしていた。