学園祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

「見に行くかよ、ライブなんて」
結城がライブに向かい、一人になった俺は足元にストレスをぶつけながら教室へ戻ろうと廊下を歩く。
「あ、相馬いた」
「え?」
後ろから名前を呼ばれ反射的に振り向く。「やっと見つけたー」と叫びながら平野が俺のところへ走ってやってきた。
「この後、ライブ見に行こうぜ」
「え、ライブって?」
AQUA(アクア)だよ。ほら。もう、お前探してて時間無いんだよ」
「は?」
拒否権はないらしい。俺の返事を聞くことはせず、ダッシュしながら「レッツゴー」と俺の手を引っ張る平野。気は進まなかったが、連れていかれるがまま体育館にやってきた。
「よっしゃ……、間に合った」
「すごい人数だな……」
「当たり前だろ、AQUAの引退ライブなんだから」
(平野のAQUAのファンなんだ……)
AQUAとは、うちの学校の軽音部内にあるバンド。確か、メンバーの共通点が「海を連想させる名前」ということからラテン語で「水」という意味を持つ「アクア」というバンド名にしたと聞いたことがある。結城もこのバンドメンバーの一人。特にこのバンドはメンバー全員のビジュアルが良いことでかなり有名。そして、大会に何度も出場するほどの実力を持っている。今回の学園祭では高校三年生の引退前最後のライブらしい。
「そろそろ始まるぞ」
時間になり、体育館の明かりが消えた。すると目の前にかかっていた幕が上へと上っていくのが見えた。会場のボルテージも一気に上がる。こうして、彼らのバンドのステージが幕を明けた。その瞬間、会場は歓声に包まれた。結城はギターを弾きながら美しい歌声を響かせる。もう一人のボーカルの歌声と重なるハーモニーは耳が溶けそうなほど甘い。

(すごいけど、長くはいられないや……)

一曲目を聞き終え、二曲目に入った。俺は平野に一言告げてから、体育館を出ていった。
「空気が美味しい……」
体育館の外に座りながらゆっくりと呼吸をする。もっと聴いていたいと思うが、多くの人が集まり大盛上がりの会場は暑すぎる。いろんな意味で。俺みたいな地味な人間には似合わない場所だ。これは抜けてきて正解だった。

そしておよそ30分後、体育館からぞろぞろと人が出ていくのが見えた。どうやら公演が終わったようだ。
「相馬、大丈夫か?」
「あ、うん。ごめん、途中で抜けて」
「俺こそごめんな、強引に連れていって」
(本当だよ)
しかし、俺は平野に少し感謝している。きっと彼に引っ張られなければおそらくライブには行かなかったと思う。行かなければ、結城のあの姿を知ることは無かっただろう。結城にもきちんとカッコいいところはあるんだなと思えたことは今回の収穫だ。平野は今回のライブの感想を一人でベラベラと喋っている。
「渚くん、みーつけた」
「え?」
「え、『渚』……?」
振り向くと後ろには結城が立っていた。呼ばれていない平野も一緒に振り向いた。
(てか、こいつ、しれっと俺を下の名前で呼びやがったな)
今までそこまで関わり無かったし、俺の名前なんて知らないと思ってたけど、知ってたんだな。俺は今まで友人から「渚」とは呼ばれたことはあまり無かったため慣れない。
「ちょっと、こいつ借りていい?」
「あ、うん……?」
座っていた俺の頭にポンッと手を置く。そして結城は俺を体育館の中へ連れていく。平野はパチパチと瞬きをしながら、俺と結城を見ていた。

「なんだよ、結城」
「いいから、ちょっとそこで待ってて」
俺は結城に手を引かれステージ前に連れてこられた。そこではAQUAのメンバーが片付けをしていた。
「おい、(かいり)。誰だ、そいつ」
「クラスメイト。ライブ見に来てくれてたから連れてきた」
「見に来てくれたんだ。来てくれてありがとう」
コードをまとめ片付けをしながら俺に話しかけてくれる彼は、嬉しそうにこちらに笑顔でお礼の言葉を述べる。ライブ終わりだからか、カッコよすぎて、眩しすぎてなおさら直視できない。確かこの人はドラムをしていた人だ。
「相馬、紹介するよ。この人はドラムの(みさき)
結城の紹介を受けてお辞儀をする俺に、結城は他のメンバーも紹介してくれた。ギターボーカルの沖田(おきた)、そしてキーボードの浅野(あさの)。今はお手洗いに行っているというベースの汐谷(しおや)。確か、岬、浅野、沖田、汐谷って人たちは結城の先輩、つまり俺にとってもこの学校の先輩でもある。ライブを終えてもなおキラキラしているAQUAが目の前に勢揃いするこの光景はファンにはたまらないのだろう。イケメンの過剰摂取で倒れる人も出てきそうだ。

しかし、俺は違う。

「結城。俺、戻っていい?」
俺は別にファンではない。ただ呼ばれたからここにいるだけの人間。AQUAの片付け姿を見るなら俺よりも平野の方がいいと思うが。
「……待って」
「え……?」
ステージから飛び降りた結城は俺の目の前から迫ってくる。それにあわせて俺は後ろに下がる。結城は止まらず俺の背中が壁にぶつかった
「なんで途中で消えたんだよ」
「え……」
「つまらなかった?」
「いや、あ、あれは、ちょっと疲れちゃって……」
耳元でささやかれた俺は慌てて理由を説明する。決してつまらなかったわけではない。いくら俺でもあの白熱していたライブにそんな評価は下さない。それだけは違う。

(てか途中で抜けたこと、バレてたのか……)

結城は腕を組ながら俺の隣に来て壁に寄りかかった。
「そっか。なら仕方ないか……」
「ごめんって」
「俺、結構悲しかったんだけど。相馬がいなくなってたから」
隣でふてくされるイケメン。その横顔に俺は少し近しい感じがした。今まで見たことの無かった顔だったから。
「言っておくけど俺、お前のことしか見えてなかったから」
「え……?」
結城がこちらを向いた瞬間、俺たちは目があった。なぜか、目が離せなかった。AQUAのメンバーに呼ばれた結城は俺に「これからもよろしく」と微笑みながら言い残し仲間のところに戻っていった。

(しかし、なんで俺なんだろうか……?)

自宅に帰り、俺は机に向かう。俺は趣味で自分の感情を言語化している。こうすることで、自分の気持ちを整理することが出来る。この日も緑色のノートを取り出し俺は文字を綴る。

『突然の出来事に俺は何をすれば正解だったのか分からない。心臓が真っ赤に染まっていく中で俺は必死に続けた。なんで俺はこんなことをしているのか。あいつの自販機前での告白。あれは一体何なのだろうか。』

そして無事に学園祭も終わり、俺たちは席替えをした。
「平野よろしく」
「よろしく」
俺の隣には平野が座っている。しかし、後ろの席には結城が来た。安心出来ない。くじ引きは怖い。窓際という席の位置は大当たりなのに。
「よろしく」
彼の「よろしく」という言葉に俺は笑顔で返す。後ろから、席に座り荷物を整理している音が聞こえる。

席替えから数日経った。この間、後ろから結城が話しかけてくる。別に喋りたくないわけではないので話したりはする。そして、一緒にお弁当を食べたりもするようになり、彼を通してAQUAの人たちとも少しずつ話すようになった。
「何してるの?」
「物理。この問題が分からなくて」
「どれ?」
文系の俺には物理はまるで暗号だ。物体の動きをなぜいちいち式にしなければならないのか。俺には意味が分からない。やらなければいけないので仕方なく問題と向き合うが難しい。そんな俺に結城は俺のノートを自分の方向に向ける。選択科目で理数系の科目を取っている結城が「これはね……」と俺のシャーペンを取り書きながら説明してくれた。めちゃくちゃ分かりやすかった。腹立つくらいに。「イケメンの上、勉強も出来るのか」と悔しい一方、楽しそうに解説してくれる彼の表情を見ているとずっと見てしまう。
「聞いてる?」
「あ、ごめん……」
勉強を教えてもらっているだけなのに、ドキドキするのはどうしてだろうか。
「結城ってさ、進路とか決めてるの?」
AQUAという人気バンドに所属していて、勉強も出来て。何もかも器用な彼は一体何を選ぶのだろうかと興味がある。
「大学行きたいって思ってたけど、……今の状況だとそれはあまりにも苦しいかなって」
「え、どう言うこと?」
彼の発言を俺なりに解釈してみるが、行きたいと思っているのに、行かないかもしれないということでいいのだろうか。
「俺が、医者を目指してるから」
「え、それが苦しいってどう言うこと?別に結城が医者目指すのはいいことじゃん。なのに、どうして……」
「ありがとう。……でも、こっちにもいろいろ事情ってものがあるんだよ」
立ち上がった結城は口元で弧を作りながら俺の頭に軽く手を被せた。その彼を上目遣いで見上げる。「じゃあ、行くわ」と結城は荷物を持って帰っていった。優しく言い返した彼だが、その目の奥に深刻な切なさが見えたような気がした。

家に帰った俺はそのまま自分の部屋へ向かう。そして俺の感情を文字に起こす。

『自分のことなのに、何も分からない。なぜドキドキするのか、告白されたから嫌でもあいつが目に入る。悔しいくらいに』

(なんか、最近のノートの内容ってあいつのことばっかだな……)

書いている時は気付かなかった。しかし読み直してみると恥ずかしくなる。学園祭以前と以降の内容がガラリと変わっている。それはあいつが出てくるか出てこないか。あいつ、俺のノートまで侵略しやがって。

翌日、授業を終えた俺は休憩時間を自分の席で過ごしていた。
「ねえねえ……、相馬はなんの部活入ってるの?」
「え、何、急に……」
隣の席の平野と話していると結城が俺の背中をシャーペンでつんつんとついてきた。最近こんなことがよく続く。てか、俺は今部活のことで平野と話してるんだけど。
「いや、なんか気になって」
「相馬は文芸部だよ。俺と同じ」
先ほどまで話していた平野が結城に伝える。
「文芸部って文章とか書くやつだよね」
「うん」
「やっぱり……」
これはどういう反応だろうか。「やっぱり」と言ってそれ以上は何も聞いてこない。もしかしたら「地味だな」とでも思われたか。だとしたらその通りだ。俺は目立たず、地味で平穏な日常を送りたい。そう思われて結構だ。心の中でぶつぶつ言いながら平野と話を再開すると再び結城に背中をつつかれる。
「ったく……、なんだよ……?」
「……」
俺は結城につつかれたところを触りながら再度振り向く。そこにいたのは少し拗ねた様子の結城だった。なぜ拗ねているのか、俺には分からなかったがその様子に俺は少し「可愛い」と思ってしまった。
「……え、ごめん……?俺、なんか悪いことしたか?」
そう言うと結城は首を横に振った。
「いや、相馬に『少し手伝ってもらおっかなー』って思っただけ」
「え、俺に?」
今度は首を縦に振った結城は、右手にシャーペンを持ちながら頬杖をつく。
「お前さ、作詞とか興味ない?」
「作詞?」
窓際の席で日光に照らされた結城が言った。美しすぎて、一瞬神様からの言葉のように見えた。つまり、歌詞の無い楽曲に歌詞を作るということか。
「もしよかったら、俺たちの楽曲の作詞してくれない?」
「えー!?」
隣で平野が大きな声を出し立ち上がる。その声に俺は思わず耳を塞いだ。そうだ、忘れていた。平野はAQUAのファンなのだ。
「え、何で俺?」
「何でって、なんか『やってほしいな』って思ったから。ほらあれだよ……直感ってやつ」
直感で俺に作詞を頼む結城。「自分勝手過ぎませんか」と突っ込みたくなる。
「文芸部に頼むなら俺じゃなくてもいいだろ。それでいったらこいつも文芸部だぞ」
俺は親指を平野に向ける。
「いや、無理無理無理!!絶対無理!!もはや神に近いAQUAの楽曲に俺みたいなクソ人間が作詞とか絶対にやっちゃダメだ!!」
平野は顔の前で手を大きく左右にブンブン振っている。そんな平野に視線を向けた結城は俺を見る。「だってよ?」とでも言っているような視線だ。この状況、俺はどうすればいいのか。別に断る理由も無いし、一回考えてみるか。
「それに俺たち、ヒロインと王子様をやった仲じゃん。めちゃくちゃお似合いだと思わない?」
「……」
笑顔でそのフレーズを言われた瞬間、寒気がした。一度でも「やってみようか」と迷った俺が馬鹿だった。
「却下」
「え……!?」
「え……」
俺の返事に二人は同じ言葉を返してきた。しかし、その二人の中にある感情は多分別物。平野はおそらく「何でAQUAからのお願いを断るんだよ」という「ザ・オタクの怒り」という感じ。結城の場合は多分断られたことに対するへこみ感じだろうか、本当かは分からないけど。
「とにかく、俺は作詞やらないから」
「……」
その一言を告げた時、次の授業を知らせる予鈴が鳴り響いた。