文化祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

これは夢だ。だっておかしいじゃないか。あのAQUAが俺をメンバーに誘っている。うん、そうだ、おかしい。
「いやいや、俺なんかがAQUAに入るなんて……、グループの魅力を落としてしまいます……」
「仮にそうだとしても、考えてくれた嬉しいな」
浅野先輩の誘いが不思議で仕方ない。軽音部にはAQUAに入りたい人など探せばごろごろいる。なのになぜ、先輩はこんな俺を選んだのだろう。それ以前にこのバンドは昨年結成されたにも関わらずメンバーの入れ替えなどは行わないと軽音部はもちろん、校内でも知っている人がいる有名な話だ。
「でも、AQUAってメンバーを入れたりしないんじゃ……」
「あ、それは誤情報」
「え?」
「まあ、そういう噂が広まるようなことをした俺たちも悪いけど、『絶対入れない』というつもりは全くないよ。今俺たちが結城を誘ってるのも、みんなが『一緒にやりたい』って思ったからで」
どうしよう。嬉しい。嬉しいけど、これを素直に引き受けたら、周りからなんて言われるか。
「結城はギターうまいし、かっこいいし、それに名前が『浬』って言うみたいだし。ぴったりなのよ」
「確かにそうですけど、それとこれとは別ですよ」
AQUAはメンバー全員の名前が「海」に関する漢字が入っていることからこのようなバンド名にしたというのは既に知っている。だから俺も、AQUAを知った時は「自分も入れるかもしれない」と思ったことがあるが、おこがましいだろうとそこまで望むことはしなかった。
(いいのか……本当に)
岬先輩は褒めて伸ばすタイプの人だ。浅野先輩たちがきちんと説明しながらゆっくり俺を口説いてくるのに対し、彼は猪突猛進に俺を自分のエリアへ誘う。
「そういうところが俺は結城を誘いたいなって思った理由」
「へ?どういうこと……っすか?」
「バンドの名前に媚びないで、ちゃんと好きでやってるんだなって。見てれば分かるんだよそういうのって」
「で、浅野はその目がとんでもないくらい鋭いってこと。先見の明……みたいな?」
「それはちょっと違うかな。無理して難しい言葉使おうとしなくていいぞ、岬」
「うるせー」
この空気を見れば、彼らが新メンバーを断るという残酷なことをするとは思えない。多分、AQUAを利用して自分の立場をのし上がろうとする人を入れないようにした結果の噂だ。彼らがそういう風に考える理由も頷ける。真剣にバンドをやっているメンバーからしたらそのようなメンバーがいるだけで腹が立つのではないか。彼らがバンドを守るための対応が逆に周りの反感を買い、変な噂まで流れ始めた。つまり、完全に巻き込まれたと。なんとも、かわいそうな話だな。
「でも、やっぱり……AQUAが俺を入れたってみんなにいろいろ言われるかもしれないし……」
「その時は、俺たちが証明してみせるよ。結城は正真正銘AQUAの一員だって」
「おう!任せろ!」
先輩って生まれた年がたった一つずれただけで、どうしてこんなにもかっこよく見えるのだろうか。今まで、「自分で何とかしないと」とか「自分が頑張らないと」みたいな、何事も自分が先頭で、すべての責任を背負うつもりでいたのに。こんなこと言われたら、ついていかないわけがない。
「ちなみに、俺たちは大会とか文化祭の公演とかバンバンエントリーするから。そのことも分かったうえで今度結城の出した答え聞かせてね」
AQUAの他にも誘ってくれたバンドはあった。嬉しかった。でも、今回の場合は同じ「嬉しい」じゃない。近くでAQUAを見ることができる。彼らの真のすごさを学ぶことができる。きっとこの後、どんなことを聞いても、俺の答えは変わらない。だけど慌ただしくなる前に、この少しの幸福感に浸っていたい。

「今日からよろしくお願いします」
「引き受けてくれて、ありがとね」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとうございました」
俺はAQUAに入ることになった。そして、ボーカルを担当している沖田先輩の提案により、なんとボーカルに抜擢。先輩と一緒にやることになった。先輩のポジションを奪うことは絶対にしたくないと何度も断ったが、沖田先輩は同じ答えを返してくる。
「ダメ、断るならやってから言えよな。それに俺もいるから安心して」
そこまで言ってくれるのはありがたいが「安心して」と言われるたび、「何を根拠に」と思う。ただでさえ、「俺がAQUAに入った」とどこからか聞いた人たちが俺にしつこく聞いてくる。「何でお前が」とか「結局顔かよ」と言われる毎日に余計な体力が削られる。でも、「AQUAに入る」と決断した時点で覚悟していたことだ。俺が実際にバンドで活動しているところを見せれば分かってくれるだろう。そう思ってたが、その余裕が限界を迎えはじめていた。

「タヌキのクソ野郎、マジでむかつくんだけど」
「それな、AQUAに何の苦労もせずに入りやがって。マジでむかつく」

「タヌキ……?」
お昼休み、耳にタコができるくらい聞いた俺の悪口。もう聞き飽きたと思っていながら耳を傾けているのが不思議だ。今日はなんて言われるのだろうかという耐性ができている故の興味もある。しかし、自販機に飲み物を買いに行ったときに聞こえたこの会話。今まで聞いてきたものとは少し違う。AQUAに入ったのは俺だが「タヌキ」とは誰のことだろう。
(そんな人、いたっけ……?)
俺のほかに自販機前には人がいないのをいいことに、買った飲み物をその場で飲みながらしばらくその話を聞いていると、俺と同じく「タヌキ」に疑問を持った人がいた。

「ねえ、『タヌキ』って誰?」
「あいつだよ、結城」

彼の素朴な質問に笑いながら答える彼ら。話を聞いて彼らの会話に登場する「タヌキ」の意味が分かった。彼が言うには俺の名前「浬」が「狸」と似ているから、あだ名でそう呼んでいるらしい。俺は知らなかったが、彼らの中の誰かが俺の名前を最初に間違えたことがきっかけのようだ。確かに、普通に「タヌキ」と聞くと、誰もが動物の方を思い浮かべる。人のことをからかっているとは思わない。
「へー……。そういうからかい方するんだ……」
「なるほど」と感心しながら、今までで一番みっともない状況に出会ったと思った。悪口はバレなければどこで誰に言ってもいいものではない。でもこいつらは、それを「いい」と思っているやつら。
(小学生かよ……)
単純に、今までで一番むかついた。亡くなった父さんがつけてくれた名前をこんな風に侮辱されたこと。俺が馬鹿にされるのはいい。だけど、AQUAに迷惑かけたり、間接的に父さんを馬鹿にされたり。その矛先を俺じゃない別の何かに向けているのがむかつく。今までなら簡単に流していた陰口に初めて怒りが湧いてくる。しかし、このような気持ちを抱いていたのは俺だけじゃなかったようだ。

「そういうの、やめた方がいいよ」

「え……?」
彼らの止まない愚痴を遮る一人の生徒。彼の声は先ほど「タヌキ」のことを聞いていた人と同じだ。彼は俺への不満や愚痴を聞かされるために呼ばれたのだろうか。そういう人もきっと周りに染まっていくと思っていたが、不思議と彼にはそのような予感はしなかった。周りの話に「やめた方がいい」とはっきり物申す人と初めて出会ったからだろうか。
「そうやって、人の名前で遊ぶの、よくないと思うけど」
「えー、どうしたの、ソウマ。そんなムキになって」
「名前はその人の大切な一部なんだから。大事にしてやれよ。それに、いい名前じゃん『浬』って」
名前も知らないその彼が俺の名前を俺以上に大事にしてくれたような気がした。彼は俺のことを庇ったわけじゃない。彼らに道徳を教えただけ。「名前を馬鹿にするな」と。なのに、彼の言葉がとてつもなく嬉しかった。泣きそうになるくらい。父さんや今までの俺をも守られた感じがして。だから、思うのだ。どうしてあの時その場から立ち去ってしまったのだろうかと。チャイムが鳴ったわけでもなく、誰かが来ていたというわけでもなく、とにかく邪魔が入ったというわけではなかったのに。

相変わらず嫉妬の目は向けられる日々が続くも名前をいじられることもなくなった。AQUAとして公演をしていくうちに、徐々に周りが応援してくれるようになった。こうした日々の積み重ねがAQUAとして活動を続けたいと思わせてくれた。

そして、高校二年の春。クラス替えの季節。出会いと別れの季節とも言うこの時期、俺の高校生活に大きく関わる出会いが待っていた。

『相馬 渚』

「相馬……?」
この名前に一瞬目を疑った。新しい担任から配られた新クラスの一覧表。他のクラスの分も書かれている。とりあえず自分のクラスのクラスメイトを確認しようと上から見ていたら、見つけてしまったこの名前。あの時、俺は彼の声しか聞いていない。顔を知らない。それに、あの時呼ばれていた「ソウマ」というイントネーション的に名字の可能性が高いが下の名前である可能性も捨てきれない。実際、下の名前が「ソウマ」という生徒もいる。
「二十番か」
とりあえず、このプリントに書かれている出席番号を頼りに後ろの席に座る俺は「相馬渚」という人物を静かに探す。ほとんどの生徒が前を向いているため、後ろの席でよかったと思った。この席でなければきっとできなかっただろう。前から順番に「一、二、三、四……」と心の中で数えていく。

そして来たる、二十番目。

(あそこか……)
彼が座っているであろう場所は分かった。あとは、彼があの時出会った「ソウマ」という人物であるか、確かめるだけ。そう思った矢先、始まるオリエンテーションの定番の自己紹介。早速チャンス到来。俺は彼の声を知っている。声を聞けばすぐに分かるはずだ。そう期待しながら俺は彼の自己紹介タイムを待つ。

そして、回ってきた彼のターン。「待ってました」と言わんばかりに他のクラスメイトの時とは態度を変えて必死に耳を傾ける。

「相馬渚です。よろしくお願いします」

そう自己紹介をした彼は軽く頭を下げる。周りは拍手をしている中、ただ一人俺は心の中でガッツポーズをしていた。

(間違いない……‼こいつだ……‼)

確信した。声を聞いた瞬間に。嬉しい。俺はあの時の人と同じクラスになれたんだ。喜びが顔に出ていないか、不安になる。学年全体で大体二〇〇人。一クラス三十人を超えるクラス分けで同じクラスになれた。席は決して近いとは言えない。それでも、同じ空間にいるだけでもう今年の運を使い切っている気がする。相馬の存在を知って、密かに探していたあの時の俺に伝えたい。

「来年、同じクラスにいるよ」と。