文化祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

「あれ、結城?」
「……え」
「何してんだ、こんなところで?」
「あ、いや……」
屋上の階段で練習しているとペットボトルを片手に浅野先輩がやってくる。彼と会ったのは久しぶりだ。とはいえ、先輩が引退してからもちょこちょこバンドで会っていたから、数週間ぶりだろうか。
「先輩こそ、何で……?」
「なんか上から微かにギターの音がすると思ったから。こんなとこで練習か?」
「……はい」
お昼休みの騒がしさに紛れて練習していたのに。さすが、先輩の耳は俺のギターの音を捉えていた。「隣座っていい?」と階段を上ってきた先輩。そっと腰を下ろしペットボトルのキャップをカチッと開く音がした。
「ここ、静かでいいな」
手を着いて後ろに体重をかける身体を支える先輩。きっと、受験勉強で疲れているのだろう。
「受験の方は、どうですか?」
「うん、順調だよ。結城は?」
「俺も、順調です。もちろん、ギターも」
「そっか」
ギターの音が消えてしまえば、俺の空間から音がなくなる。趣味、部活、現実逃避。今の俺にはギターがすべて。
「あの……先輩って、進路、どうやって決めたんですか?」
「進路?」
相馬に言われてから、ずっと考えてる。俺はどうすべきなのか。相馬の言う通り、俺の人生は俺のものだから、俺のことだけを考えればいい。それは分かっているが、どうしても家族のことが頭から離れない。医学部という莫大なお金と時間がかかる世界。そこを目指すと母が知ったら、無理に仕事を増やし働きに行くだろう。ただでさえ、収入は安定しないメイクアップアーティスト。死んだ父の分を補うためにも、今以上の仕事をしなければならないのは目に見えている。そんなことされたら、母さんは再び倒れるだろう。そんな未来を予想できているのにあえてその選択をするとか、俺にはできない。
「やりたいことを素直に『やりたい』って言った感じ」
「いいなー……」
「え、いいな?」
「あ、すいません……」
選択肢が多い人は素直に羨ましい。世界は対等のはずなのに、実際はこんなもんだ。どうして俺の将来はこんなにも絞られているのだろうか。将来の進む道は生まれた時点ですでにふるいにかけられている。
「結城は、将来何したいの?」
「俺は……」
頭の中で「医者になって命を救いたい」と文字になって浮かぶ。よくある王道の理由だが、病気の父を遠くから眺めることしかできなかった青二才の俺にとって、これ以上の理由は存在しないのだ。ただただ目の前の患者の命を救おうと奮闘する医者たちの姿は、俺に無力さを自覚させるともに次第に憧れへと変わっていくのだった。幼い頃に描いていた「将来の夢」とは違う。そんなかわいいものではない。「未来の俺のあるべき姿」と言う方がしっくりくる。
「誰かのために働きたい……です」
「どんな風に?」
「えっと……」
「……進路って具体的に描いていかないと何も見えないよ」
先輩はきっと気づいている。俺が自分の将来を隠していること。
「結城がどこで悩んでいるのかって詳しいことは聞かない。でも、お前の先輩としてアドバイスするなら、自分の『やりたい』って気持ちだけは尊重しろ。自分だけは自分の目標を否定するな。お前は何を選んでもいい」
そんなの綺麗事だ。それができればどれだけ楽なものか。大切な家族を理由にしたくないから、何とかして諦めるための理由を探すのに。これでは、俺が恵まれていないと言われているみたいで。しかもそれを全力で否定できないのも腹立つ。周りの人を見ていれば、きっと俺は恵まれていないと言われるのかもしれない。
「お前がバンドを続けてるのも、自分が『やりたい』って思ってくれたからだろ?」
「まあ、そうですけど……」
「ならきっと、結城も道は見えてるはずだ」
チャイムに立ち上がった先輩は「焦るなよ」と俺の頭に触れて階段を下っていく。俺もギターをしまい教室へ戻った。

教室付近はやはり騒がしい。数分前までいた屋上の静けさになれてしまったばかりに頭がクラクラする。
「おい、結城どこ行ってたんだよ。教えてほしいとこがあったのにー」
教室に入れば途端、クラスメイトたちに捕まる。この日もノートを持ったクラスメイトに抱き着かれた。
「他のやつに聞けばよかったのに……」
「結城は分かりやすいんだもん。だから教えて」
「俺も俺も」
「あーもう……、分かったから、ちょっとこっち来い」
ギターを下ろし、自分の机にしまっていたシャーペンと裏紙を用意した俺は彼らの指さす教科書の問題を解いていく。解き終えた俺は、理解してもらえるよう「ここまで平気?」と聞きながら、ゆっくりと解説した。
「なるほど。分かった!!」
「なら、良かった」
役割を終えて裏紙をしまった。しかし、教科書をロッカーに置いていることに気付くと再び教室を出ていく。
(教室って休めねーな……)
話しかけてくれる人がいることは、ありがたいことだ。だけど、いつも賑やかなのも逆に疲れる。無意識のうちに「疲れた」と漏らし、机に突っ伏す。
「今日も部活の集まりか?」
「まあ……」
(集まりではないけど……)
「さすが。そりゃ、AQUAだもんな。忙しいだろ?」
「うん」
正確には、一人での練習だ。とはいえバンドも以前と比べれば大きくなった。だからこそ、サボることはできない。高校生バンドとしての活動は先輩たちの引退で厳しいが、『AQUA』というバンドは続いている。
「でも、結城なら大丈夫だろ。頭いいし、器用だし。忙しくてもそれなりにこなすじゃん」
「えー……、そうかな?」
彼らが「俺」を話題にトークをしていく。しかし、一体俺は褒められているのだろうか。「それなりに」とどこか曖昧な言葉が俺を阻む。彼らにはいわゆる「爽やかスマイル」を振りまくが、心の中は闇の沼だ。素直に受け取ることができない。彼らとは普段から話すことは多いが、俺の本当の姿を知らない。そして、思った。同じ空間にいる人たちのほとんどは相馬とは違う。全員が全員、相馬のように「ちゃんと寝てる?」みたいな言葉をくれるとは限らない。
(俺は心配されたかったのか)
誰かに「お前は頑張ってるよ」と認められたかったのか。承認欲求なんて、他人に認められて俺はどうしたい。認められれば、強くなれるのか。

――一人で抱えるなよ。俺がいる。辛かったら『辛い』って言え。俺で良ければいくらでも聞いてやるし、俺はお前の力になりたい

――大神さんは一人じゃねーよ。俺がいる。何も知らないお前らが口出しするな

あいつは、どんな時でも「俺がいる」とはっきり口にしてくれる。だから安心できる。俺が本当の自分をさらけ出すことができているのもきっと「彼」だから。でも、その目を向けるのは「俺」だからじゃない。同情してくれたから。でもそれが俺には何よりも特別で、嬉しくて。この言葉が俺だけのものであってほしいと望んでしまう。これ以上誰にも優しくしてほしくない。
「くだらない……」
「ん?……結城なんか言った?」
「あ、ごめん。今の独り言。ちょっと考え事してた」
「あ、そう……」
違う。ここじゃない。俺の場所は。何だろうな、この居心地の悪さは。教室が騒がしいからか。それとも、視線の先で、相馬が大神と楽しそうに話しているからだろうか。
(誘い断ったの俺なのに)
今さら「断らなければよかった」と後悔する。委員会で仕方なかったとはいえ、相馬から「お昼一緒に食べる?」という誘いを断らなければ、今ごろこんな後悔はしていないのか。自分はてっきり、俺と相馬の二人で食べると思っていたが「大神がいる」という追加情報を聞いて断るしかなかった。放送室は俺と相馬の場所だから。

(結局、俺は後悔するのか……)

――結城ってさ、何事も自分を後回しにする癖あるよね

――進路くらい、他人抜きで考えてみなよ。結城の人生は結城のものなんだから

こんな風に、自分を軸に生きている相馬が羨ましいと同時に妬ましい。結局俺は相馬の言う通りの結末になる。俺の人生は俺のものだと知っているのに、それを俺のみで考えるなんて、俺にはできない。

(嫉妬とか、だっさ……)

分かっている。すべて、嫉妬だ。相馬が羨ましい。相馬の持っている何もかもが羨ましい。そして、相馬が相手が誰であろうと誰にでもあんなこと言うから、そのたびに焦る。独り占めしなければ、誰かに取られると。

この日、授業の内容が全く入ってこなかった。配られた授業プリントを何も考えず見つめながら帰りのホームルームを待つ。内容の理解という以前に、上の空の自分には理解する気すら湧かない。
「結城」
「……え?」
話しかけられた。相馬に。進路の考え方でぶつかり、俺の中に相馬への申し訳なさが今も名残として胸にある。あれは完全に自分が悪い。謝らなければと思っていた。
「ごめん」
「……え、ごめんって何で?」
どうして相馬が謝っているんだ。相馬は何をした。ただ、将来の選択を誤らないよう俺に教えてくれただけなのに。
「結城に俺の価値観押し付けた。抱えてる事情知ってるのに」
「いや、押し付けたって、……それは違くない?」
得意の笑顔で自分を隠す。「お前は悪くないよ」とプリントをファイルに入れる。まるで自分を閉じ込めるかのように相馬と会話を続けていく。
「俺は、結城のこと全部知らないから、俺の知らないところで傷つけてるんじゃないかなって思う」
「そんなことないよ。あれは俺が悪かったから」
「結城は何も……」
「いいから、そういうの」
自分の責任にしないと、もっと相馬に甘えてしまう。
「あ、そうだ。俺、今日暇だから、真帆ちゃんのとこ行こうか?」
「いや……もう大丈夫。母さんも退院したし、真帆も最近言うこと聞くようになったから」
「あ、そう……なら、いいんだけど」
これ以上、相馬の時間を奪いたくない。相馬の人生は相馬のものだ。事情とはいえ、相馬に任せてばかりではいけない。
「今まで、ありがとな」
相馬のおかげで、俺はいろんな感情を知った。たとえこれが友情以上の気持ちだとしても、伝えるつもりはない。文化祭で「好き」と伝えたあの時の様子からもう分かっている。最初から叶うわけなかったんだ。

――いい名前じゃん、『浬』って。

相馬を初めて知ったあの日から、俺はお前を知りたくて、手に入れたくて、仕方なかったのに。いざ近づけば、困らせる。俺が相馬と築きたかったのはそんな関係じゃない。理想はきっと難しい。だから、友達でいい。これ以上は何も望まない。これ以上迷惑はかけないから、友達としていられるなら、俺はこの関係のままでいたいと願うのだった。