文化祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

窓の外では青い空が眩しく光り輝く陽に照らされている。四時間目の体育も終わり教室には汗とお弁当の匂い。
「大神のお弁当美味そうだな」
「母さんが作ってくれてるから。俺が作ったらぐちゃぐちゃになる」
「分かる。俺も料理苦手だし」
あの騒動から三日後。しつこく絡んでくる人もいなくなり、俺と大神は一緒に行動することが増えた。今まで寡黙だった彼だが俺には少し心を開いてくれたようで、徐々に彼から話しかけてくれるようになった。
「残念だったね。結城が来れなくて」
「仕方ないよ。向こうにも予定はあるし。結城を邪魔したくないから」
体育の時、結城に話しかけた。お昼ご飯についてだ。「大神と一緒にお昼食べよう」と。この日が結城の担当日だということも分かっていた。しかし結城は「放送終わったらバンドのやつと集まりがある」と断られた。結城に断られたのは初めてだ。胸に棘が刺さったような痛みを感じたのは想定外だ。でも、結城はAQUAの活動もうまくいっているみたいでよかった。結城の母親も無事に退院したと言っていたし。
「てか、意外だった。大神が『結城も一緒にどうか』とか言うなんて」
「なんか、相馬の様子見てて誘った方がいいかなって思ったから」
「え、俺?」
「うん」
頷きながら大神は白米を口へ運ぶ。関わりの日はまだ浅いのに、彼は俺のことを気にかけてくれている。
「ずっと結城のこと見てたから、話したいのかなって。ほら、あの人って常に周りに人いるから話しかけるタイミングわかんないのかなって思って」
(ずっと見ていた……?)
最近よく思う。自分は意外と自分を見えていない。なのに、他人のことなら分かる。目の前の大神(この人)は人のことをよく見ている。授業中でも人の絵を描く大神は、人間観察が癖になっているのだろう。
「あ、そのつもりじゃなかったなら、ごめん」
「いやー……全然、むしろ、気にしてくれてありがとう」
全くそのつもりはなかった。だけど、確かに、言われてみれば、俺の見つめる先にいつも結城がいる気がする。
「大神は最近も漫画書いているの?」
「うん。今は新しく読み切り描いて、大手出版社に持っていこうかなって思ってる」
「いいじゃん!大神なら絶対いけるよ」
あの空気だとずっと結城のことを考える気がする。何とか話題を逸らし、大神と近況トークで盛り上がっていると、放送のスピーカーから結城の声が聞こえてきた。結城の落ち着く声が校内に響き渡るが、教室では笑い声が響く。せっかくの結城の放送が聞こえなくなってしまう。
(放送委員大変そうだな)
「てか、結城(あの人)って放送委員だったんだ」
「あれ、知らなかったの?」
「うん。別に、興味なかったし」
お弁当を食べながら「興味なかった」と答える彼に「今は興味あるのか」と聞きたくなったが今はやめておいた。今までの大神を見ていたからか、人に少しでも興味を示してくれているようでほんの少し胸が躍る。

大神と二人で過ごしたお昼休み。五時間目まであと十分というタイミングでお弁当と水筒を持った結城が帰ってきた。大神がお手洗いに行った今、俺は授業の準備をしていた。
「相馬、お昼はごめん。一緒に食べれなくて。せっかく誘ってくれたのに」
「謝らなくていいよ。結城がバンド頑張ってるって知ってるから、大丈夫」
「そっか。ありがとう」
結城はバンド活動も順調らしい。文化祭で高校三年のメンバー岬先輩、沖田先輩、浅野先輩、汐谷先輩が引退してからも、AQUAとしての活動は続いているようで、相変わらず忙しそう。母親が退院したとはいえ、しっかり休めているのだろうか。
「相馬、今週って忙しい?」
「今週は特に無いけど?」
「良かった。もしよかったら、また真帆のことお願いしたいんだけどいいかな」
「もちろんいいよ。いつものとこでいい?」
「うん」
結城は弱みを俺に見せてくれるようになった。あの日以降、部活に行くときは必ず俺の予定を聞いてくるようになった。それは、結城が俺を信頼してくれているという証だ。大事な自分の妹を俺に任せてくれているのだから。正確には、真帆ちゃんを預かるおばあちゃんの家に関係のない人間を立ち入ることを許してくれている。この状況は、当たり前ではない。

帰りのホームルームを終え、俺はリュックを背負う。
「相馬、放課後どっか行かね?」
「あ、ごめん平野。俺今日予定あるから、じゃ」
平野には申し訳ないが、俺には行きたいところがあるのだ。スマホを開き、結城とのトーク画面を見ながら靴を履き替える。

『ばあちゃんに相馬が行くってこと伝えたから。俺も部活終わったらすぐそっち向かう』

今までの結城なら、「迷惑かけてごめん」って送ってきていただろうな。きっと結城は何事も自分で背負う覚悟で日々を過ごしている。だから、誰かに手を差し伸べてもらっても「迷惑かけている」と勝手に変換する癖がついている。

――今の俺は『ごめん』より『ありがとう』って言われたい

「まあ、『ごめん』って書かなくなっただけ、いいかなー」
ここまで来たら、次の目標は結城に「ありがとう」と言わせてやる。自然と話の流れから「ありがとう」と。

結城のおばあちゃんの家の最寄り駅が俺の定期圏内でよかった。改札を出て、駅を後にする。この頃にはもう結城の案内が無くても、もう一人で結城のおばあちゃんの家に行くことができるようになった。行こうと思えば、一人で結城の家にも行けるだろう。インターホンを押し、「どうぞ」という声に俺は門を開ける。玄関の扉のドアノブに手をかけると、家の奥から幼い女の子の声が微かに聞こえる。この声が聞こえた瞬間、彼女の元気な姿が目に浮かび安心する。前回会った時は快晴で庭でしゃぼん玉で遊んだ。俺みたいな人間でも、真帆ちゃんが楽しそうに笑ってくれると思うと「また会いたい」と思うのだ。
「なぎさおにいちゃん‼」
そう叫びながら俺の腰に抱き着く真帆ちゃん。俺のお腹あたりに彼女の頭が当たる。そして俺を見上げる真帆ちゃんに「今日も来たよ」と頭を撫でた。
「渚くん、今日もありがとう」
「わざわざありがとうな」
「いえいえ。こちらこそ、お邪魔します」
部屋に入ると、真帆ちゃんと結城のおばあちゃんが出迎えてくれた。結城のおじいさんも、棚からコップを取り出し冷蔵庫からお茶を取り出した。
「渚くん、お茶でいいかな?」
「ありがとうございます」
手を洗いに洗面所から戻ると、コップを持ったおじいさんが机にお茶が注がれたコップを置いた。そしていつものごとくはしゃいでいる真帆ちゃんの相手をしながら時間を過ごしていると、疲れたのかソファーで真帆ちゃんは眠り始めた。
「渚くん、疲れたでしょ?大丈夫?」
「そうですね。でも、楽しいから全然平気です」
頭の中で、無邪気にはしゃぐ真帆ちゃんの声が聞こえる。こんな日々を送ることになるなんて、全く想像していなかった。今まで家に帰って一人で過ごしていた。それに慣れていたのに。ここから帰れば、家では一人。それが、何だか切なくなる。一人っ子だから兄弟がいることの楽しさや苦しさを知らない。だから、結城の共有してくれたこの環境が俺には新鮮で、羨ましい。
「よし、終わった」
「渚くん、お疲れ」
「課題やらせてくれてありがとうございました」
「いいのよ。こっちだって渚くんの大切な時間をもらってるんだから。よかったら、これ食べて」
そう言って俺にケーキを出してくれた。真帆ちゃんが寝ている間に俺は課題を終わらせ、部活の創作に取り掛かる。そして間もなく結城が帰ってきた。
「悪い、遅くなった」
「あ、お帰り結城」
「ただいま。今日はごめん。助かった」
「全然いいよ」
息を切らして帰ってきた結城。それは、おそらく時刻が十九時だから。結城の表情を見ると疲労と焦りが伝わる。俺に迷惑かけていると思っているに違いない。こんなの俺にとっては「迷惑」ではないのに。
「じゃあ、俺帰りますね」
「駅まで送るよ。外暗いし」
「え、いいよ。これくらいなら……」
「いいから、送らせて」
家に荷物を置いた結城は、俺と一緒に家を出る。いくら「暗い」と言っても空が若干藍色に染まっているだけ。部活がある日なんてこのぐらいの帰宅は当たり前だ。そんなこと、結城も分かっているはず。なのに、何で。

駅に向かう道中、一緒に歩くはいいものの沈黙が続きそろそろ限界だった。何か話題が欲しい。
「……今日の真帆ちゃんも、すごく楽しそうだったよ。たくさん遊んでたから寝ちゃったけど」
「そっか、それは良かった」
まるで、保育士になった気分だ。その日の幼児の様子を家族に伝えるなんて、このような経験はなかなかできるものじゃない。しかし、俺の場合は真帆ちゃん一人だけ。実際の保育士は真帆ちゃんのような元気な幼児が何人もいる。仕事とはいえ、その人数の面倒を見るのは大変だろう。
「相馬って、進路決めた?」
「え、俺?」
「うん。だって……気になるから」
乾いた風と共に月が空を照らす。制服のズボンのポケットに手を入れながら聞いてきた。いつもより結城の影が濃く見える。
「俺はまだ決まってない。もう高二だし、そろそろ決めないとだよね」
「そうだね」
進路で悩んでいるのは、結城も同じだ。しかし、それぞれが抱えている悩みの種は違う。目指したい道が決まっていない俺に対し、結城は「医者になりたい」という明確な目標がある。それでも、医者になるためのステップに進むには、その間にある複数の高い壁を越えなければならない。まずは、大学入試。合格したら、支払う学費。そして研修、卒業。勉強に関しては結城は申し分ないと思う。そんな彼の進路をひたすら悩ませているのは、学費だ。
「結城は、進路、……諦めてないよね?」
「どうだろう。もう、自分でも分からない……」
結城の必死に悩んでいる姿に、俺は自分を重ねる。親と進路について話し合う自分を。共働きの両親から「学費のことは心配ないから好きなことをやりなさい」と言われ、「自由」で悩む自分を。結城と接するたび、俺は自分がひたすら恵まれていることに気付く。幼い頃から、欲しいものはある程度手に入れてきたし、習い事もやらせてもらった。毎月お小遣いだってもらっている。俺の普通の日常は結城からはどう見えるのだろう。
「……母さんがメイクの仕事してたのって、父さんが安定した仕事をしてたからで。母さん自身も決して売れてないわけじゃないけど、やっぱり給料は安定はしないから」
メイクアップアーティストが平均どのぐらい稼げるのかは知らない。でも確かに、俺のイメージでは安定する職業というイメージはない。収入は会社員のように安定した職には見られない、人気に比例するものだ。
「父さんが死んでから、今まで以上に母さんがたくさん働いて。真帆も小さいから目が離せなかったし。あれだけ無理したらそりゃ倒れるよね。むしろ、倒れない方がおかしいわ」
これは母親への失望じゃない。きっと、自分への怒りだ。「倒れるまで無理させた」と、結城自身に。
「結城は悪くないよ。結城はやりたいことを『やりたい』って素直に言えばいいじゃん」
「それは無理だよ」
「何で?」
「そんなこと言ったら、母さんは絶対受け入れるに決まってるだろ……」
もしかして、結城は目標を否定されたいのか。「医者になる」という未来が見えない目標を諦めるために。そして、母親と小さな妹を守るために。信頼する人に否定されれば諦められると思っているのだろうか。
「……結城のお母さんは、結城が医者を目指してるってこと知ってるの?」
「俺は話してない……けど……多分、気づいてると思う」
母親って意外と気づいているものだ。進路について、話したくても話しづらいのは分かる。気づいているのなら、なおさら。しかし俺が共感したところで、俺の置かれた環境からは到底分からないものだ。だからこそ、俺はそれに立ち向かおうとしている結城を誰よりも尊敬している。
「……結城ってさ、何事も自分を後回しにする癖あるよね」
「え……?何急に……?」
「進路くらい、他人抜きで考えてみなよ。結城の人生は結城のものなんだから」
これに関しては、俺は間違っていないはずだ。自分の人生を他人の存在で左右されたら、いつか後悔する。結城の性格を真っ向から否定したいわけではない。と言うか、結城の相手を優先できるところは彼のいいところだと思うし、俺は好きだ。その長所が原因で結城の人生が悪い方向へ傾いてほしくない。
「俺は結城に後悔してほしくない。だから……」
「じゃあ、俺が医者を目指した結果、母さんが無理してまた倒れたら、それでも後悔しないって言いたいわけ?」
「違う……そういうわけじゃ」
「相馬には分からないよな。俺のことなんか……」
ため息交じりに「気を付けて帰れよ」と遠ざかっていく結城の背中を俺は追いかけてもいいのか。
「うん。ありがとう」
きっと俺の声は聞こえていない。結城と別れ、駅のホームに入ってくる強風が俺の体を冷やしていく。

翌日、俺と結城は言葉を交わすことはなかった。