学園祭の舞台上で王子様から突然告白されたが、どうやら本気らしい

学園祭、二日目。
体育館の観客席から黄色い悲鳴が上がる。その理由は単純だ。

「あなたが好きです」

イケメンの王子様がそう言ったから。ヒロインを演じる俺を抱き締めて。
しかし、このセリフに俺はドキドキするどころかとんでもない迷惑でしかない。
王子様を演じる結城浬(ゆうき かいり)の熱い体温を感じながら俺は頭の中で思った。

(ふざけるな。アドリブでヒロインに告白しやがって……!!)

俺の頭はパンク寸前だ。まずは、この王子から抱き締められている俺は動けない。突き飛ばすか、それとも王子の手を振りほどくべきか否か。そして言わずもがな、この大迷惑なこのアドリブシーンからどうやって台本通りのストーリーに戻すか。
「……自分には、もう婚約者がいるので、……その気持ちには答えられません」
「……そうですか」
さすがに突き飛ばすのはかわいそうと思った俺はアドリブにアドリブで返すことにした。そんな俺の咄嗟のアドリブに彼は涼しい顔をしながらいかにも「台本通りだ」というような演技でこの状況を乗り切る。

(こいつ……)

この後は、完全にセリフが頭から飛んでいった俺で舞台は続いた。練習や一日目を真面目にやってきていたためセリフは雰囲気だけ汲み取りほぼ自分の頭で考えたセリフでしゃべっていた。よって、劇が終わりステージを降りた瞬間、疲労が俺を襲った。
「マジで、なんなんだよ……」
(なぎさ)、お疲れー!!」
「平野もお疲れ……」
彼は友人の平野(ひらの)。学園祭の出し物では舞台裏の仕事をしていた。俺と同じ文芸部の部員でもあるため俺たちの演劇の脚本を担当していた。
「お前、さっき結城から抱き締められてたよな。あのシーンめちゃくちゃよかったぞ」
「そんなわけ無いだろ。だってアドリブだぞ?」
「いいじゃん。俺は結構好きだったよ」
「まあ、ならいいけどさ……」
最初はどうすればいいか分からなかったが、あの告白シーンがあったことで劇が盛り上がったのなら、「別にいいか」と思った。ただ、「告白するなら事前に言ってくれ」ときちんと説教はしておきたい。
衣装を着替えるために舞台袖に向かう。するとそこにはすでに制服に着替え衣装を畳んでいた結城がいた。
「あ、相馬(そうま)か。お疲れ」
「……ああ……」
この場所がそこまで明るいというわけではないが分かる。爽やかな顔をしながら、こちらを見ていることを。その顔を見ると余計に腹が立ってくる。
「『お疲れ様』じゃねーだろ。チャラチャラしやがって……」
「え?」
「なんだよ、あのアドリブは。あんなことするなら一言言えよ」
「ごめんごめん。びっくりしたよね」
「当たり前だろ」
衣装を脱ぎながら俺は結城にイライラをぶつける。
「じゃあさ、この後一緒に文化祭回らない?アドリブに対応してくれたお礼でなんか奢ってあげるから」
「別にいいけど……」
「ふふふ。素直でよろしい」
こいつの手のひらで転がされているようで腑に落ちない。俺の頭に優しく乗せる彼の手を払いながら着替え終えた俺は衣装を持って教室に戻る。
「よし、食堂行くぞ」
俺は結城に手を引かれ食堂に向かい空いている席を探す。二日目というだけあったほとんどが満席だ。しかし奇跡的に空いた席に俺たちは座ることにした。
「相馬、何食べる?」
「ラーメン、大盛」
「ちゃんと高いやつ選びやがったな」
「だって奢ってくれるんだろ?」
「ずるいやつだなー……」
俺の頼んだラーメンを買いに行った結城を俺は席でスマホをいじりながら大人しく待つ。しばらくするとラーメンを持ってきた結城がこちらにやってきた。
「はい、お前のラーメン」
ラーメン大盛が目の前に来て思った。「意外と多いな」と。「奢ってもらえるなら」と思い、勢いで頼んだラーメンの大盛だが、俺は少食である故初めて注文した。だからこそのミスと言うのか。

(これ、俺食べきれるかな……)

俺にラーメンを届けてからすぐに「俺も何か買ってくる」と結城が踵を返そうとしたとき、俺は結城を呼び止めた。
「ねえ結城。これ、一緒に食べようよ」
「え……?」
俺の提案に振り向いた結城は立ち止まった。
「ほら、大盛だし、高校生二人が一緒に食べても足りると思うし……」
「いいの……?」
「いいって言ってんだろ」
俺は別のお碗と箸を持ってきて自分の分のラーメンを取って結城の席に大きい方を置く。結城は席に座りながら俺の作業を眺めていた。
「ありがとう、相馬」
「別に。ただ、足りなくなったらごめん」
「じゃあ、その分はお前に何かしてもらおっかな」
「やだ」
こいつの「何か」は怖いのだ。それはステージでのアドリブを見てもらったら分かる。何をさせられるのか怖いのだ。
「結城くん、さっきの劇めちゃくちゃかっこよかったです!!」
「ありがとう。午後にライブで出るからよかったら見に来てね」
「もちろん行きます!!」

(やっぱり、チャラいな)

学園祭の劇で、結城はさらにファンを獲得したようだ。しかし、あんな劇など無くても結城はもともとイケメンだし、軽音部で活動する彼やバンド仲間たちは近隣の学校でもファンクラブがある。だからこそ、結城が学園祭で王子様役をやることになった際はかなり話題になっていた。
「俺よりも、相馬の方がよかったと思うけどな」
「え?何で?」
「だって、……可愛かったもん。普通に」
「……え、そっち?」
まさかの言葉に反射的に「褒めるところそこですか」と言いたくなる。嬉しくないわけではないが、褒めるならビジュアルよりも結城の無茶振りにきちんと対応した俺を褒めてほしかった。
「もとはと言えば、結城のせいだからな。俺が女装することになったの」
「でも、俺の目はさすがでしょ。俺は相手が相馬で良かったって思ってるよ」
「うるさい」
そう。そもそも目立たない俺が舞台の、しかもヒロインという大役に抜擢されたのは全てこいつの仕業だ。

遡ること五ヶ月前。

高校二年生に進級してすぐに学園祭の話になった。クラスメイトと案をいろいろ出し話し合いながら、多数決で「演劇」になった。俺はどれでもよかったため「演劇」に手を挙げた。まさか、これが後の自分を苦しめることになるとは思わなかった。
「じゃあ、どんな演劇何やる?」
「結城いるんだから、ロマンス系やろうぜ」
この提案に結城は反対しなかった。自分のビジュアルの良さを自覚しているのだろう。そういうところは、彼の良いところではあると思う。窓際の席に座る彼を眺めていたとき、俺は結城と目があった。

(うん。イケメンだよな……)

「あのさ、ちょっといい?」
結城は俺から目線を外し、演劇の詳細について着々と決まっていく中、彼は突然手を挙げる。みんなの視線が彼に集中した。
「どうした、結城?」
「ヒロイン演じるの、相馬とかがいいんじゃないかなって思って……」

(……は!?)

結城の発言にクラスがざわつき始めた。もちろん、俺もこれには反応せざるを得なかった。
「ちょっと待って!!、何で俺?」
机を思いっきり叩きながら立ち上がったため、手のひらがじんじんと痛みが流れる。そんな俺の反応に結城が返してきた言葉は意外なものだった。
「だって相馬、女装似合いそうなんだもん。俺、絶対可愛いと思うんだけど」
イケメンのリップサービスは本当に強い。そんなこと無いと思っていても、なぜか信じてしまう自分がいる。そして、結城の言葉に便乗したクラスメイトによって、ラブシーンや告白のシーンは入れないロマンス系でも少し色を薄めるという条件のもと俺がヒロインを演じることになった。

必死にセリフも覚えて、何度も何度も練習してきたのに。俺をヒロイン役に引っこ抜き俺の生活を荒らした挙げ句、本番中にアドリブであんなことをやった。本当、何考えてるんだこいつ。

ラーメンを食べ終え、賑やかな校内を回る俺たち。結城の後をついていきながら、彼は校内にある自販機で飲み物を選んでいる。
「今回は、母さんにも感謝しないとだな。お陰でより楽しくなった」
「そう……だな」
今回の演劇では俺がヒロインを演じるにあたり女装することになる。結城は俺の女装を手伝ってくれた。結城はヘアメイクアーティストをしている結城の母親にメイク術を教わったらしい。準備期間中、放課後にこいつの家で何度かメイクさせられたこともある。そして、学園祭当日はコスメを持ってきてきちんとメイクをしてくれた。
「結城こそ、俺のためにいろいろありがとう。メイクとか。まあ、それ以上にいろいろムカついてますけど」
自販機に寄り掛かる俺に「そっかー」と棒で返事をする結城。ピッと自販機のボタンを押して落ちてきた飲み物を取り出しキャップを開ける。
「でも、全部、本心なんだけどなー……」
「……全部?」
結城は静かに頷いた。
「お前に女装が似合うことも、お前がヒロインをやってくれて良かったことも、楽しかったことも、お前が好きだってことも」
「あっそ……」
彼を置いて立ち去ろうと思った瞬間、俺は気づいた。

(……なんか、最後変なこと言ってなかったか……?)

「おい、結城。最後何て言った?」
「え、お前が好きだ……?」
なぜ、それを真顔で言えるのだろうか。しかしこれは、幻聴ではない。きちんとこいつの口から聞いたことだ。夢でなければこれはこいつが言っている。
「え、何それ?」
「何それって、仕方ないじゃん。本当のことなんだから」
「……」
「俺、お前が好きだよ」
そう言いながら、俺の頭に結城が手を乗せる。
「じゃあ俺、ライブあるから行くわ」
俺にお茶のペットボトルを差し出す。結城は「見に来てね」と走って戻っていった。さらっと奢られ、さらにこいつの一言で何を言えばいいのか分からなくなった。そしてこの時、あることに気付いた。

――あなたが好きです

学園祭の王子様のセリフが流れてくる。あのアドリブはもしかして、ヒロインではなく、俺に向けられていた言葉なのではないか。
「……いやいや、そんなわけ無いだろ」
学園の王子様の一言が、俺の心を乱す。こいつの言う「好き」を理解するには、まずは結城を理解しなければならない。もらったお茶を飲みながらそう思った。