その首飾り、僕にください――のはずが求婚になった伯爵庶子は、魔法学院で秘密を隠す

「少しでも恩を返したいから」
 そこまで言ったところで、リーゼロッテが耳まで赤くなった。

 急にそんな顔をされると、僕まで妙に落ち着かなくなる。
 いたたまれなくなって視線をそらすと、アーデルハイトさんの胸元に大粒のルビーが揺れていた。

 深い赤が、黒い服の上で静かに燃えている。
 工房の話を聞いたあとでは、なおさら目が離せなかった。

「その首飾り、ご主人の工房の品なんですか?」

 口にすると、アーデルハイトさんが片眉を上げた。

「気になるの?」

「はい。すごく綺麗です」

 言った瞬間、リーゼロッテがちょっと得意そうに笑った。

「それ、お父さんが作ったんだよ」

 その一言に、心が揺れた。

 あんなに美しい宝飾品を作れる工房。
そこに本も道具も残っていて、しかも、その使い方をリーゼロッテが知っている。

「すごい……」

 ただ隠れて魔法を練習するだけの場所じゃない。
宝石を磨き、金を細工し、美しさを形にしてきた場所なのだ。

 想像しただけで、胸の奥がわくわくする。

 それに、リーゼロッテは僕の秘密も知っている。
胸の紋のことも、隠れて鍛えたい理由も、全部わかったうえで話してくれる。

 いちいち言葉を選ばなくていい。
ごまかさなくていい。
 そんなふうに話せる相手がいることが、たまらなく幸せだった。

「……すぐ通じるって、すごいね」

 ぽろりとこぼれた僕の呟きに、リーゼロッテが目を丸くした。

「え?」

「えっと。秘密を知ってる相手だと、何が困るかとか、何をしたいかとか、すぐ通じるから」

 リーゼロッテは、しばらく僕を見てから、ふわっと笑った。
「そっか」
 その笑い方が優しくて、胸の奥がくすぐったくなった。

 リーゼロッテは、胸の前で指を絡めたまま、何かを言うタイミングを探しているみたいだった。
「あのね」
 その声は小さいのに、妙に真剣だった。

「ジャスパーくん、さっき……僕にできることなら、なんでも言ってって言ったよね」

「うん」

「じゃあ、聞いてもいい?」

 僕が頷くと、リーゼロッテはまっすぐ僕を見た。

「私の男装って、どう思う?」

 思っていたの違う問いに、一瞬だけ目を瞬いた。
 でも、目の前の彼女は冗談を言っている顔じゃない。

「とても似合ってると思うよ」

「……じゃあ、もしやめたら?」

 僕の頭に、ふわっとした服を着たリーゼロッテが浮かぶ。

「それも似合うと思うよ」

「女の子らしい格好でも?」

「うん。リーゼロッテがそういう格好をしたら、絶対かわいい」

 その瞬間、リーゼロッテの耳まで赤くなった。

「じゃあ……ジャスパーくんが、私の男装をやめさせてくれる?」

 男装をやめるというなら僕が手伝わないわけがない。
 あれだけ大きな貸しを受けるのだから、服や髪飾りを贈るのは当然だと思うのだ。

「もちろん!」

 そう答えた僕の頭には、もうドレスの色や似合いそうな髪飾りまで浮かんでいた。

「リーゼロッテに似合う服、ちゃんと考える。ドレスでも、髪飾りでも、僕が選んで贈るよ」

 リーゼロッテの肩が、びくっと大きく跳ねた。

「……ほんとに?」

「本当だよ」

 次の瞬間、リーゼロッテは涙目になった。

「よ、よかった……!」

 その声は、泣きそうなくらい震えていた。
 
服の話にしては、ずいぶん大げさな喜び方だ。

「そんなに喜んでくれるなら、ドレスも髪飾りも、いくつでも贈りたいくらいだよ」

 そう言った瞬間、リーゼロッテははっとしたみたいに目を見開いた。
それからみるみる顔を赤くして、両手で口元を押さえる。

 そこで、アーデルハイトさんが僕を見て小さく息をついた。

「……やっぱり知らなかったのね」

 その声には呆れだけじゃなく、娘を見守る母親の諦めみたいなものが混じっていた。

「ジャスパーくん。この街で女が男装するのは、ただの好みじゃないわ。仕事と家を背負う者の装いよ」

 リーゼロッテの肩が、ぴくっと跳ねる。

「リーゼロッテは、亡き父の工房の後継ぎ。だから男装しているの」

 そこまではわかる。
でも、それがどうしてさっきの話に繋がるのか、うまく飲み込めない。

 アーデルハイトさんが、はっきり言った。

「男装をやめる、というのは、その立場を手放すということよ。家と工房を、次に継ぐ者へ渡すという意味になるの」

 僕の頭が、そこでようやく追いついた。

 次に継ぐ者。
渡す。
僕が、やめさせる。

「……え」

 喉の奥から、間の抜けた声が漏れる。

 アーデルハイトさんは、そこで容赦なく締めくくった。

「つまり、リーゼロッテは、あなたに結婚してくださいと言ったのよ」

「ええっ!?」

 叫んだ瞬間、リーゼロッテが両手で顔を覆った。

「む、無理っ……!」

 そのまま踵を返して、扉の外へ飛び出していく。

「リーゼロッテ!」

 とっさに立ち上がった僕の背中へ、アーデルハイトさんの声が飛んだ。

「嫌いじゃないなら、追いかけて」

「嫌いなわけないです!」

 ほとんど反射で叫び返して、僕はそのまま扉へ駆け出した。