君だけが知っている、僕の「大丈夫」の居場所

 雨が降ったり、止んだりする日が続いている。
 いよいよ、明日からテストだ。
 テスト勉強も大詰め、余裕って訳じゃないけれど、普段からのんびりと勉強はしてるので、いつもなんとかなっている。
 合間を見つけての受験勉強の方が、少し心配なところだ。

 あれから、律はあまり話しかけてこなくなった。
 そりゃそうだ……あんな言い方しちゃったんだもん。
 謝るタイミングを逃し、なんて謝ろう、いつ謝ろうか、どうしよう……。
 なんて、頭の中でぐるぐる考えていると時間はあっという間に過ぎていく。 

「透、行こう〜」
 大樹が独特なステップを踏みながら近づいてきた。
 可笑しくてふふっと笑ってしまう。
 大樹のステップを踏む足音に、不思議と元気をもらった気がした。
 次の授業は、移動教室だ。
「うん」と返事をしながら、教科書と筆箱を準備する。
 筆箱がするりと床に落ちる。
 ガチャンという音が胸に響いた。
 
「透、なんか元気ない?」
 芹沢が控えめなトーンで聞いてきた。 
 筆箱を拾いながら、そんな風に見えるのかなと不安になった。
「え、そう? 普通だけどなー」
 笑ってみせる。
 うん、普通だよ。これが普通なんだ。
 なぜか心の中で言い聞かせていた。
 
「勉強しすぎで寝てないんじゃないのー」
 と大樹に言われて、それだ! と思った。
 勉強のせいだ。テストのせいだ。
 それで、頭が重いんだ……。
「あーそれはあるかも。もう今、眠い」
 よかった、みんな笑ってる。
 
「テストと受験勉強、なかなかしんどいよなー」
 と中野が言うと、大樹と芹沢も「たしかにー」「そうだよなー」と口々に言っていた。
 廊下ではまた大樹が変なステップを踏み始め、3人で笑いながら歩いた。
 
 放課後、借りてた本を図書室に返却しに行った。
 今日はひとりだ。
 律が選んでくれた本は、面白かった。
 僕の知ってる世界とは違う世界が知れた感じで、とても新鮮だった。
 本を返し終わったのに、僕はまだ図書室にいる。
 テスト期間中だから、新しく本は借りない……。
 本棚の間を眺めていた。
「いる訳ないのに……」
 そんなことを呟いていた。
 律が選んでくれた本の感触が、まだ指先に残っている気がした。

 外に出ると、ちょうど雨が上がったところだった。
 雲はまだそこに留まったままだ。
 また雨が降る前に、早く帰ろう。
 自転車に乗ると、ジメジメとした空気が少し和らいだ。
 あの十字路が見えてきた。
 律はもう帰ったのかな。
「あ、違う。」と首を横に振る。
 もういっそのこと、雨が降ってくれればいいのに。
 
 
 テスト当日、今日は朝から晴れている。
 きっと梅雨も、もう終わる。
 夏本番に向けて、暑さは加速している。
 でも不思議と自転車の風は気持ちよかった。
 
「おはよう」と先に来ていた大樹と芹沢に声をかける。
「この日が来てしまったー」
「今更、足掻いても無駄だよ」
 教科書を見ながらうなだれる大樹に、芹沢が正論をぶつける。
 あとから「おはよー」と中野がやってきた。
「うわー、ギリギリまで足掻きたいよなー」
 中野の声に大樹がうんうんと大賛成していた。

「透、おはよう」
 いつもの声が聞こえてきた。
「律、おはよう」
 僕はできるだけ、普通に返した。
 朝は変わらず、挨拶はしてくれる。
 少しの気まずさを残して、律は席に向かった。
 
 すると中野が口を挟んだ。
「黒澤、俺たちには、挨拶しないよな?」
「……そうなの?」
 僕は自分のことしか考えてなかった。
 黒澤が大樹たちに挨拶していたか、なんて考えたことがなかった。
「そう? おはようって言えば返してくれるよ」
 芹沢が入ってくれた。
 よかった、助かった。

 大樹と中野は教科書を見合って、最後の確認をしていた。 
 そんなやり取りの傍ら、芹沢と目が合って、何やら言いたげな様子でこちらを見ている。
「芹沢、トイレ行こう」と少し不自然ながら声をかけて、ふたりで廊下に出た。

「何か言いたそうな感じしたけど……?」
「うん、白藤、何か悩んでる?
 最近元気ないよ、あのふたりは気づいてなさそうだけど」
 前にも芹沢に同じようなこと言われた気がする。
 芹沢の目は、鏡みたいに自分を映しているようだった。
「え、そうかなー。そんなことないと思うけど……」
 喉の奥がカラカラに乾いている。
 誤魔化そうと思ったけど、これ以上に言葉が出てこなかった。 
「まぁ、言いたくなったら、なんでも聞くから言って」 
「うん、ごめん。でもありがとう」
 
 トイレに行って教室に戻る途中、思わぬものを目にして、足が止まってしまった。
 背筋が寒くなるような感覚がした。
  
 律が女子と話してるのを初めて見た。
 思わず目を逸らしてしまったけれど、律の少し柔らかい表情が頭から離れない。
 僕にだけ見せていた顔だと思っていたのに。
 冷たくなった手は、かすかに震えているようだった。
 テストに集中したいのに……。
 
「どうかした?」
 と芹沢に聞かれて、我に返る。
「あ、ううん。なんでもない」
 誤魔化したけど、きっとまた芹沢に心配をかけてしまった。
 僕は、手をぎゅっと握りしめた。
 
 1つ目のテストが終わった。
 頭の中のモヤモヤを消そうと、必死に問題と向き合った。
 チャイムが鳴って、問題用紙が回収されると、あっという間に教室が騒がしくなった。
 後ろを振り返ると、教室の端の律と目が合った。
 ほんの一瞬だった。
 その一瞬が少し苦しかった。 
 律は何もなかったかのように、ノートに目線を移した。
 僕の時間は止まったみたいに、しばらく静まり返った。
 この心のざわざわは一体なんだろう。
 ……あ、テストのせいだ。きっと。