「はははははっ! 喋るネコまで出て来られたんじゃ、もう何でもありだね! そうか! フィオーラは魔女だったのか!」
「違います! ペンネロが精霊?で、私にクロエやルクレツィアに変身出来る『魔法のステッキ』をくれたんです!」
「へえ? 認めるんだ?」
「っ!!??」
背筋が凍る。しっ、しまった!? 何やってんの私!?
焦ってあろうことか、すべてをぶちまけてしまった。
早く、早く誤魔化さないと。
「あっ、えっと……これは……その……」
「はぁ~、もう可愛い……」
頬に何かが触れた。
温かい。これは……唇?
「ぼっ、ぼぼぼぼっ、坊ちゃん!?」
「へへっ、ごめん。つい」
「ダメです! こんなこと……っ。私ではとても釣り合わない」
「左腕と引き換えに、当主はじめサヴィオラの者達を守ったのだ。問題はなかろう」
「ペンネロ!!」
「……どういうこと?」
「コイツはもうメイドはやれん。二か月後には修道院に送られる」
言わないでって言ったのに。
いえ。今は怒っている場合じゃないわね。
頭を切り替えて、ヴァレリオ様を思い止まらせないと。
「兄さん達も、ルクレツィアのことを覚えているのかな?」
「奴らはあの女に命を救われている。完全に忘れるのには、それなりに時間がかかるだろうが……まぁ、数日ともたんだろうな」
「フィオーラに、もう一度変身してもらうことは?」
「不可能だ」
「……そう。分かった」
ヴァレリオ様は一息つくと、椅子から降りてベッドの下に片膝をついた。
何をされるのかと思えば、私の右手に向かって手を差し伸べてこられて。
「改めて、ちゃんと言うね。……僕の傍にいてほしい」
「いけません。貴方様のその尊いお身体は、私のような者のためにあるのではありません。しかるべき御方と結ばれ、血を繋ぐ。それが貴方様の負うべき義務であるはずです」
「説得してみせるよ。君が取り戻してくれた、この手で」
「……っ」
遠くから見ているだけで良かった。
嬉しそうに笑われているお姿を見られれば、それで良かったはずなのに。
私の手は少しずつ、ヴァレリオ様に向かって伸びていく。
「君のありのままの気持ちを聞かせて。全部、全部受け止めるから」
「私には……私には……もう何の価値も……」
「僕は君がいい。君じゃなきゃダメなんだ」
私の頬に涙が伝っていく。
完璧なメイドに近付くたびに、私は自分に自信を持てなくなっていった。
周りの人達に迷惑をかけたくない、ガッカリさせたくない。
そんな私が辿り着いたのが、歯車に従って生きることだった。
我ながら上手くいっていたと思うし、不満もなかった。
だけど、坊ちゃんだけは違った。
来る日も来る日も待ち続けてくれた。
私の本音を。私のありのままの気持ちを。
こうしている今も変わらず――。
「……っ……」
坊ちゃんが静かに頷く。
その眼差しは、春の日の木漏れ日を思わせるようなあたたかさで。
私は喉の奥が子供のように引き攣るのを感じながら、震える指先で、坊ちゃんの手を――取った。
「好きです。好き……っ、貴方様を……愛しています――……んっ……!?」
両頬を包まれたと思った刹那、ぶつかるように唇が重なった。
互いの鼻筋が強く当たって、熱い吐息が混ざり合う。
「……んっ、……んぅ……っ、……はぁ」
何度も、何度も、角度を変えて口付けてくる。
今の坊ちゃんは飢えた獣のようだ。
熱い。恥ずかしい。くらくらする……。
堪らず坊ちゃんの腕を掴むけど、それでも止まってくれなくて。
「ぼっ、ちゃん……待っ……」
「ふふっ、……さすがに、もう……坊ちゃんは止してよ」
「では……はぁ……、なんと……?」
「ヴァレって呼んで」
それはご一族の方々や、親しいご友人の方々だけが口にされている坊ちゃんの愛称だった。
それを私が……? あまりにも恐れ多い。
でも、私はもう坊ちゃんの恋人なんだものね。
よっ、よし……っ!
私は意を決して唇を開く。
「ヴァレ……様」
やった。やってしまった。
項垂れていると、大きな笑いで包み込んでくれる。
「まぁ、半歩前進かな」
「申し訳ございません」
「ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
「そうそう」
銀色の睫毛が、サファイアブルーの瞳を覆う。
今度は私からも。ゴクリと喉を鳴らして、顔を寄せていく。
「だあぁああ!!! このバカどもが!!! 乳繰り合っとる場合か!!! 時間がないと言うただろうが!」
「そうだった! 兄さん達を説得しに行かないと」
「きゃっ!?」
坊ちゃん……ヴァレ様は、私を横抱きにすると、私にポートフォリオを持たせてドタドタと走り出した。
「ヴァレ様、いけません! まだ、足が――」
「あ」
「「あ……」」
部屋を出て間もなく、廊下でバッタリと一人のメイドと出くわした。
紅色の髪に、エメラルドグリーンの瞳の少女――ビアンカちゃんだ!
手にはオレンジ色のお花の花束を持っている。
あれはカレンデュラかな?
「えっ? えっ!? 坊ちゃん、もしかして……?」
「うん! 君のお陰だよ」
「わわわわっ!! やったーーーー!!!!」
ビアンカちゃんが、手にしていたカレンデュラを天井に向かって放り投げる。
無数の花が、私とヴァレ様に降り注いで……それはまるで――祝福のシャワーのようだった。
.。o○○o。..。o○○o。.
その後、ヴァレ様……いえ、ヴァレは二枚の絵を遺すことになる。
一枚目は、『サヴィオラの英雄図』。
これは『ルンガルディ家の陰謀』の一幕を描いたもの。
聖なる教会で、当主ジローラモらを襲う暗殺者達を、女剣士がダガーで薙ぎ倒す姿が描かれている。
特筆すべきは、彼女の足元に走る影だ。
激しい剣戟を繰り出す彼女の影は、あろうことか、メイド服を纏った少女の姿で描かれている。
二枚目は板絵で、表題は『ヴァレリオ夫人』。
表面には、メイドをしていた頃の夫人の慎ましい姿が。
対する裏面には、顔を寄せ合い仲睦まじく手を握る、金髪と青髪の美しい女性達が描かれている。
金髪の女性はその装いから高い身分の女性と推測されるが、傍らの青髪の女性は『英雄図』の女剣士と特徴が一致している。
作者であるヴァレリオは、なぜ『ヴァレリオ夫人』という題名で、メイド時代の夫人の姿を描いたのか。
英雄図の『影』と、夫人に因果関係はあるのか。
『夫人は剣士でもあり、高貴な血を引く令嬢でもあったのではないか――』
キャンバスに隠された夫人の真実を巡り、多くの学者や鑑賞者達の間で、尽きぬ憶測と議論を呼び続けたのは言うまでもない。
fin
「違います! ペンネロが精霊?で、私にクロエやルクレツィアに変身出来る『魔法のステッキ』をくれたんです!」
「へえ? 認めるんだ?」
「っ!!??」
背筋が凍る。しっ、しまった!? 何やってんの私!?
焦ってあろうことか、すべてをぶちまけてしまった。
早く、早く誤魔化さないと。
「あっ、えっと……これは……その……」
「はぁ~、もう可愛い……」
頬に何かが触れた。
温かい。これは……唇?
「ぼっ、ぼぼぼぼっ、坊ちゃん!?」
「へへっ、ごめん。つい」
「ダメです! こんなこと……っ。私ではとても釣り合わない」
「左腕と引き換えに、当主はじめサヴィオラの者達を守ったのだ。問題はなかろう」
「ペンネロ!!」
「……どういうこと?」
「コイツはもうメイドはやれん。二か月後には修道院に送られる」
言わないでって言ったのに。
いえ。今は怒っている場合じゃないわね。
頭を切り替えて、ヴァレリオ様を思い止まらせないと。
「兄さん達も、ルクレツィアのことを覚えているのかな?」
「奴らはあの女に命を救われている。完全に忘れるのには、それなりに時間がかかるだろうが……まぁ、数日ともたんだろうな」
「フィオーラに、もう一度変身してもらうことは?」
「不可能だ」
「……そう。分かった」
ヴァレリオ様は一息つくと、椅子から降りてベッドの下に片膝をついた。
何をされるのかと思えば、私の右手に向かって手を差し伸べてこられて。
「改めて、ちゃんと言うね。……僕の傍にいてほしい」
「いけません。貴方様のその尊いお身体は、私のような者のためにあるのではありません。しかるべき御方と結ばれ、血を繋ぐ。それが貴方様の負うべき義務であるはずです」
「説得してみせるよ。君が取り戻してくれた、この手で」
「……っ」
遠くから見ているだけで良かった。
嬉しそうに笑われているお姿を見られれば、それで良かったはずなのに。
私の手は少しずつ、ヴァレリオ様に向かって伸びていく。
「君のありのままの気持ちを聞かせて。全部、全部受け止めるから」
「私には……私には……もう何の価値も……」
「僕は君がいい。君じゃなきゃダメなんだ」
私の頬に涙が伝っていく。
完璧なメイドに近付くたびに、私は自分に自信を持てなくなっていった。
周りの人達に迷惑をかけたくない、ガッカリさせたくない。
そんな私が辿り着いたのが、歯車に従って生きることだった。
我ながら上手くいっていたと思うし、不満もなかった。
だけど、坊ちゃんだけは違った。
来る日も来る日も待ち続けてくれた。
私の本音を。私のありのままの気持ちを。
こうしている今も変わらず――。
「……っ……」
坊ちゃんが静かに頷く。
その眼差しは、春の日の木漏れ日を思わせるようなあたたかさで。
私は喉の奥が子供のように引き攣るのを感じながら、震える指先で、坊ちゃんの手を――取った。
「好きです。好き……っ、貴方様を……愛しています――……んっ……!?」
両頬を包まれたと思った刹那、ぶつかるように唇が重なった。
互いの鼻筋が強く当たって、熱い吐息が混ざり合う。
「……んっ、……んぅ……っ、……はぁ」
何度も、何度も、角度を変えて口付けてくる。
今の坊ちゃんは飢えた獣のようだ。
熱い。恥ずかしい。くらくらする……。
堪らず坊ちゃんの腕を掴むけど、それでも止まってくれなくて。
「ぼっ、ちゃん……待っ……」
「ふふっ、……さすがに、もう……坊ちゃんは止してよ」
「では……はぁ……、なんと……?」
「ヴァレって呼んで」
それはご一族の方々や、親しいご友人の方々だけが口にされている坊ちゃんの愛称だった。
それを私が……? あまりにも恐れ多い。
でも、私はもう坊ちゃんの恋人なんだものね。
よっ、よし……っ!
私は意を決して唇を開く。
「ヴァレ……様」
やった。やってしまった。
項垂れていると、大きな笑いで包み込んでくれる。
「まぁ、半歩前進かな」
「申し訳ございません」
「ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
「そうそう」
銀色の睫毛が、サファイアブルーの瞳を覆う。
今度は私からも。ゴクリと喉を鳴らして、顔を寄せていく。
「だあぁああ!!! このバカどもが!!! 乳繰り合っとる場合か!!! 時間がないと言うただろうが!」
「そうだった! 兄さん達を説得しに行かないと」
「きゃっ!?」
坊ちゃん……ヴァレ様は、私を横抱きにすると、私にポートフォリオを持たせてドタドタと走り出した。
「ヴァレ様、いけません! まだ、足が――」
「あ」
「「あ……」」
部屋を出て間もなく、廊下でバッタリと一人のメイドと出くわした。
紅色の髪に、エメラルドグリーンの瞳の少女――ビアンカちゃんだ!
手にはオレンジ色のお花の花束を持っている。
あれはカレンデュラかな?
「えっ? えっ!? 坊ちゃん、もしかして……?」
「うん! 君のお陰だよ」
「わわわわっ!! やったーーーー!!!!」
ビアンカちゃんが、手にしていたカレンデュラを天井に向かって放り投げる。
無数の花が、私とヴァレ様に降り注いで……それはまるで――祝福のシャワーのようだった。
.。o○○o。..。o○○o。.
その後、ヴァレ様……いえ、ヴァレは二枚の絵を遺すことになる。
一枚目は、『サヴィオラの英雄図』。
これは『ルンガルディ家の陰謀』の一幕を描いたもの。
聖なる教会で、当主ジローラモらを襲う暗殺者達を、女剣士がダガーで薙ぎ倒す姿が描かれている。
特筆すべきは、彼女の足元に走る影だ。
激しい剣戟を繰り出す彼女の影は、あろうことか、メイド服を纏った少女の姿で描かれている。
二枚目は板絵で、表題は『ヴァレリオ夫人』。
表面には、メイドをしていた頃の夫人の慎ましい姿が。
対する裏面には、顔を寄せ合い仲睦まじく手を握る、金髪と青髪の美しい女性達が描かれている。
金髪の女性はその装いから高い身分の女性と推測されるが、傍らの青髪の女性は『英雄図』の女剣士と特徴が一致している。
作者であるヴァレリオは、なぜ『ヴァレリオ夫人』という題名で、メイド時代の夫人の姿を描いたのか。
英雄図の『影』と、夫人に因果関係はあるのか。
『夫人は剣士でもあり、高貴な血を引く令嬢でもあったのではないか――』
キャンバスに隠された夫人の真実を巡り、多くの学者や鑑賞者達の間で、尽きぬ憶測と議論を呼び続けたのは言うまでもない。
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