地味で堅物なメイドですが、キラキラ侯爵令嬢に変身した私に坊ちゃんが恋をしました【完結】

翌日の夕方。
私はメイド長様からのとある報告を受けて、激しく落胆していた。

「そうですか……。やはり、ヴァレリオ様の寝室にも……」
「気を落とさないで。貴方から聞いた袋の特徴は、他の使用人達にもきちんと共有してあります。きっとそのうち見つかるわよ」

私が失くしてしまったもの、それは巾着袋だ。
中にはヴァレリオ様が描かれたペンネロの絵が入っている。
そう。三年前のあの日、私が盗み出したものだ。

『坊ちゃんからいただいた物です』なんて嘘をつけるはずもなく、お守りなのでそれらしい袋を見つけたら開けずに持って来てほしい――などと、身勝手極まりないお願いをしている。

昨日もメイド服の中に忍ばせていたから、寮かサヴィオラのお屋敷のどこかにあるとは思うんだけど……。

「また様子を見に来るわね」
「ありがとうございます」

私はメイド長様の背中を見送り、小さく息をつく。
今日のお昼過ぎ、私は執事様、メイド長様に手伝っていただいて東棟の客間に移動した。

サヴィオラと教皇庁の橋渡しをするお役目を授かったからだ。
不要なやっかみや、男女間のスキャンダルを未然に防ぐために、このような処置が取られている。

だから、私の身の回りの世話をするのも、メイド長様か姉達だけ。
ビアンカちゃんとも、特別な許可を貰わなければ会うことさえ出来なくなってしまった。

でも、それで良かったのかもしれない。
ビアンカちゃんの期待には、応えられそうにないから。

「っ!」

不意に扉がノックされた。
「どうぞ」と返事をすると、ひょっこりと銀色の髪が覗く。ヴァレリオ様だ。
馴染みの白いシャツに、黒のパンツ姿。
足元にはペンネロの姿もある。

ペンネロの予想通り、逢瀬……じゃなくて、お見舞いの約束は抹消されなかったようだ。

「申し訳ございません。このような見苦しい姿で」
「怪我人なんだから当然だよ。気にしないで」

そういうわけにもいかない。
私は枕元に手を伸ばして、ジョルネア(袖のない上着)を手に取り、横向きに転がる体にばさっとかけた。

細かな調整が出来ずもどかしく思っていると、ヴァレリオ様がそっと手を差し伸べてくれる。

目礼をすると、ヴァレリオ様の手に革製の長方形のポートフォリオがあるのが見えた。
私を元気づけるために、何か描いてきてくださったのかな。

「具合はどう?」
「はい。お陰様で」
「そう。良かった」

ヴァレリオ様はまだ、私の腕のことも、今後についても何も知らない。

主人の方々の中で、最も長くお仕えをさせていただいた方だから、私の口からきちんとご報告をしたい。
そうお伝えをして、伏せていただいているからだ。

叶うことなら、ルクレツィアの記憶が完全に消えたのを確認してから、お話をしたいと思っている。
ほんの僅かでも、自分のせいだとは思ってほしくないから。

「暇だったからさ、雑だけどさーっと描いてみたんだ」

ヴァレリオ様は、ベッド横の椅子に腰かけるなり一枚の紙を取り出した。
どうやら素描であるようだ。
描かれていたのは、一つ結びの凛々しい女性――ルクレツィアだ。

驚くほど精巧に描かれている。
目、鼻、口は勿論、耳や眉の形に至るまで、私が記憶しているものとほぼ同じだ。

護衛の時は離れた位置に、負傷した後はほとんどうつ伏せの状態で、顔なんてまともに見られなかったはずなのに。

ビアンカちゃんの転落事件の時もそうだったけど、ヴァレリオ様はやっぱり人の顔を正確に、それも瞬時に記憶することが出来るのかもしれない。
素晴らしい才能だけど、今の私には脅威でしかないわね。

リスクを考慮すれば、隙を見てこの絵を処分すべきなんだろうけど……私にはとても出来そうにない。

私が苦笑している間に、ヴァレリオ様が別の絵を取り出した。
その絵を目にするなり「ん~?」と首を傾げる。

「こんなんだったよね?」
「存じ上げません」
「またまた~」

二枚目も素描で、ルクレツィアが戦う姿が描かれていた。
屈強な暗殺者達をダガーで薙ぎ倒している。

ヴァレリオ様の視点で描かれているためか、左手前方に主柱を背にして立つ当主様や、その護衛を務めるリッカルド様達の姿も描かれていた。

「で、これがクロエ様だ」

ベッドの上に、クロエとルクレツィアの絵が並んだ。
ヴァレリオ様はそれらの絵と、私とをまじまじと見比べる。
私は表情筋を動かさないよう強く意識しながら、こっそりと息を呑んだ。

「うん。全然似てないね」
「当然です。私ではありませんので」
「やっぱり、認めちゃうとまずいの?」
「ですから、私ではないと何度も申し上げているではありませんか」

ヴァレリオ様は「強情だな」と肩を竦めつつ、クリーム色の生成りの紙をなぞっていく。
そのうち、ペンネロがベッドに乗ってきて、絵の横でゴロゴロし出した。
相変わらず坊ちゃんの絵が好きらしい。

「実を言うとね、君を好きになったきっかけは自惚れなんだ」
「自惚れ……?」
「『君だけが画家としての僕を求め続けてくれている!』、『君だけが本当の僕を見てくれてる!』……ってね」
「それは……」
「そう。()()()完膚なきまでに否定された。個人的な感情なんてない。君はただ、ウチのメイドとしての務めを果たしているだけだって」
「……ええ。仰る通りです――」
「へへっ、これな~んだ?」
「?」

ヴァレリオ様の指には、白い布製の巾着袋がぶら下がっている。
あっ、あれは、私の――!!!

「あっ! ~~っ、うぐっ」

思わず左腕を伸ばしかけて、背中を丸めた。
痛めていたこと、そもそも動かないことをすっかり忘れていた。

悔しさに奥歯を噛み締めていると、頭上からケラケラと天使の羽ばたきを思わせるような笑い声が降ってくる。

「嘘つき」

物言いから察するに、中身も御覧になられたのだろう。
私は居た堪れなさに必死に耐えながら、弁解する。

「そっ、それは戒めとして持っていたのです! 貴方に仕えるメイドとして、もう二度とあんな悲しいお顔はさせまいとして――」
「だああぁあああ~!!! じれったい!!! もういい加減素直に認めて、この男に責任取らせんかい、このアホンだら!!!」

ペンネロが叫んだ。
それも後ろ足で立った状態で。

「「…………」」

しんと静まり返る。
響くのはペンネロの荒い息遣いだけだ。
けれど、その静寂は直ぐに打ち破られる。