「始めましょう」
部屋の奥、隠し帳の陰で――二人きりだ。英蓮は寝具の中央に座る。その近くには縁起物である棗が置いてある。
室内の雰囲気だけで緊張が高まり俯くしかない。
「……霧津」
霧津は無言で近づき、英蓮の肩を掴んだ。 いつも通り、力強いが優しくない。
英蓮は緊張で震える気を抑えるように霧津を見上げる。
「わたしが恐ろしいか?」
すると霧津の低い声が聞こえて、それに否と答える。すると、霧津は英蓮の様子を見てゆっくりと手を伸ばす。細い手首をそっと取った。優しい手つき。今までそんなふうに優しく触れられたことはなかったから驚いてしまう。
「恐れぬことはありませぬ、邸下。いや、英蓮さま」
「えっ」
その言葉に胸の奥で固まっていた何かが解けるように全身に熱が回る。英蓮は冊封してから男性に名で呼ばれたことなどなかったし、世子になってからは名前なんて呼ばれることなかったのだ。



