偽装世子は冷遇されていたのになぜか影に溺愛されています。




 その言葉が落ちた瞬間。霧津の表情が、初めてはっきり変わった。


「誰が言った」


 低い声が室内に響く。英蓮は驚いて顔を上げた。


「……え?」


 霧津は驚く英蓮に構わずに、一歩近づいた。床を踏む音が静かに響く。


「……不要だと?」


 その声には、今まで聞いたことのなくてビクッとする。


「誰が、あなたをそう呼んだのだ?」


 英蓮は答えられなかった。


「えっ……」


 だけど、答えなくてもわかっているはずだからだ。

 父であるはずの陛下も。

 本来味方でいてくれるはずの重臣も。

 何も知らぬとも、宮廷の誰もがそう呼ぶ。まるで空気を吸うように。


霧津はゆっくり息を吐いた。

そして言った。


「わたしは、斬らない」



 英蓮の目が見開かれる。


「むしろ逆だ」


 霧津は腰の剣に手を添えた。


「あなたを斬ろうとする者が現れたら」
 

その視線は、まっすぐ英蓮を見ていた。


「あなたを命に掛けて守る。先に私が、斬る」



 英蓮の胸が強く鳴る。信じられない言葉だった。そんな言葉を言ってもらったことなかったから。