御曹司は、なぜか私にだけ優しい

朝、教室に入った瞬間。

いつもと空気が違うことに気づいた。

ざわざわしている。

女子たちがスマホを見ながら、小声で話していた。

「ねえ、あれ本当?」
「やばくない?」
「本人来たらどうするの?」

(なに……?)

結菜は不思議に思いながら席へ向かった。

すると、隣の席の女子が慌ててスマホを隠した。

「え?」

結菜は戸惑う。

そのとき。

後ろの席の女子が言った。

「小林さん」

「うん?」

「これ……」

スマホの画面を見せられる。

そこには、学校の匿名掲示板の画面が表示されていた。

タイトル。

「御曹司に近づく計算女」

心臓がドクンと鳴る。

スクロールすると。

そこには、結菜の名前が書かれていた。

『小林結菜って子、わざと神城くんに近づいてるらしい』

『普通の子のフリして玉の輿狙い』

『御曹司に取り入るとかやば』

息が止まりそうになった。

(なにこれ……)

手が震える。

「ち、違うよ……」

思わず声が出た。

でも周りの女子たちは微妙な顔をしている。

信じてくれているのか、疑っているのか分からない。

そのとき。

教室のドアが開いた。

ざわっと空気が動く。

入ってきたのは――

神城蓮だった。

黒い髪。

整った顔。

いつもの冷たい表情。

でも今日は少しだけ空気が違う。

神城くんはゆっくり教室を見渡した。

そして言った。

「何の話だ」

教室が静まり返る。

誰も答えない。

でも、数人がスマホを隠した。

神城くんの視線が結菜に向く。

「小林」

「……」

結菜はうつむいたままだった。

顔を上げられない。

胸が苦しい。

(どうして……)

そのとき。

誰かが小さく言った。

「ネットのやつだよ」

神城くんの目が変わった。

「見せろ」

低い声だった。

男子がスマホを差し出す。

神城くんは画面を見た。

数秒。

沈黙。

次の瞬間。

神城くんはスマホを机に置いた。

そして静かに言った。

「くだらない」

その一言だった。

でも教室の空気が変わる。

神城くんは続けた。

「小林が俺に近づいた?」

冷たい目でクラスを見渡す。

「逆だ」

みんなが驚く。

神城くんははっきり言った。

「俺が小林の隣に行った」

教室がざわつく。

「それに」

神城くんは続ける。

「小林はそんなことする人間じゃない」

結菜の胸がぎゅっとなる。

どうしてそんなふうに断言できるの?

神城くんはさらに言った。

「もし誰かがこの話を広めてるなら」

声が低くなる。

「やめろ」

教室の空気が凍る。

「次やったら、俺が直接話を聞く」

その言葉は静かだった。

でも、ものすごく怖かった。

クラスメイトたちは誰も何も言えない。

そのとき。

チャイムが鳴った。

先生が入ってきて、騒ぎはそのまま終わった。

でも。

結菜の胸の中はぐちゃぐちゃだった。

昼休み。

結菜は屋上に来ていた。

一人になりたかった。

風が強く吹く。

涙が出そうになる。

(迷惑かけちゃった……)

神城くんに。

御曹司の彼に。

自分なんかが関わったせいで。

そのとき。

ドアが開いた。

振り向く。

神城くんだった。

「……神城くん」

彼はゆっくり近づいてくる。

「逃げるな」

「え?」

「屋上」

少し怒った顔だった。

結菜はうつむく。

「ごめん」

「なんで謝る」

「だって……」

声が震える。

「私のせいで」

そのとき。

神城くんが言った。

「違う」

はっきりした声だった。

「俺の問題だ」

「え?」

「御曹司ってだけで、いろいろ言われる」

神城くんは空を見た。

「慣れてる」

少し沈黙。

そして結菜を見る。

「でも」

「……」

「小林が傷つくのは嫌だ」

胸がドキッとする。

神城くんは少しだけ眉をひそめた。

「さっき泣きそうだっただろ」

図星だった。

「……」

「だから言った」

そして。

神城くんは結菜の目を見て言った。

「守るって」

風が強く吹いた。

結菜の髪が揺れる。

心臓がうるさい。

こんなに近くで見たことなかった。

神城くんは少し困った顔をして言った。

「そんな顔するな」

「え?」

「勘違いする」

「……?」

神城くんは少しだけ笑った。

「俺が」

そして静かに言う。

「お前のこと、好きみたいじゃん」

結菜の頭が真っ白になる。

「え!?」

思わず声が出た。

神城くんは普通の顔に戻る。

「冗談だ」

でも。

結菜の心臓は止まらない。

(今の……)

屋上の風が強く吹く。

結菜は思った。

もしかして。

私は――

神城蓮のことを。

少しだけ。

好きになり始めているのかもしれない。