御曹司は、なぜか私にだけ優しい

「お前、俺のこと覚えてないのか?」

突然そう言われて、私は固まった。

目の前にいるのは、学校中の女子が騒いでいる転校生。

神城蓮。

日本でも有名な大企業
神城グループの御曹司。

そんな人が、どうして――

私をまっすぐ見ているの?

「えっと……」

私は戸惑いながら首を振った。

「ごめん、会ったことないと思う」

その瞬間。

彼の表情が、ほんの少しだけ曇った。

「……そうか」

低い声。

そして彼は前を向いた。

でもそのとき、私はまだ知らなかった。

この出会いが――

私の人生を大きく変えることになるなんて。

その日の朝。

桜が風に舞う通学路を歩きながら、私は大きくあくびをした。

「眠い……」

「結菜、朝からそれ?」

隣で笑うのは幼なじみの陽斗。

小学校からずっと一緒の友達。

「だって昨日夜更かししたんだもん」

「また小説?」

「うん」

恋愛小説を読むのが好き。

ドラマみたいな恋。

運命の出会い。

でもそんなの、私の人生には起こらないと思ってた。

だって私は――

どこにでもいる普通の高校生だから。

「そういえばさ」

陽斗が言った。

「今日、転校生来るらしい」

「へぇ」

私はあまり興味がなかった。

でも陽斗は続ける。

「しかもめちゃくちゃすごい家の人らしい」

「金持ちとか?」

「らしい」

私は笑った。

「ドラマじゃないんだから」

そう言いながら校門をくぐる。

このときはまだ知らなかった。

その転校生が――

御曹司だなんて。

教室に入ると、クラスはすでに騒がしかった。

「ねえ聞いた?」
「転校生イケメンらしいよ!」

女子たちの声が飛び交う。

私は自分の席に座った。

窓の外では桜が揺れている。

春は好き。

なんとなく、何かが始まりそうな気がするから。

そのとき。

ガラッ

教室のドアが開いた。

先生が入ってくる。

そしてその後ろに――

一人の男子。

その瞬間。

教室の空気が変わった。

背が高い。

黒い髪。

整った顔。

まるでモデルみたいだった。

女子たちが息をのむ。

先生が言う。

「今日からこのクラスに入る転校生だ」

男子は前に出た。

そして静かに言った。

「神城蓮」

それだけ。

でもクラスはざわついた。

「神城って……」
「もしかして神城グループ?」

日本でも有名な大企業。

ニュースでもよく聞く名前。

その御曹司が――

この学校に?

先生が黒板に名前を書く。

神城 蓮

そして言った。

「席は……」

教室を見渡す。

そして指さした。

「小林の隣だ」

え?

小林って――

私。

一瞬、クラスの視線が集まった。

神城くんがこちらに歩いてくる。

コツ、コツ。

静かな足音。

そして私の隣の席に座った。

近い。

思ったよりずっと近い。

どうしよう。

何を話せばいいの?

私はノートを開いた。

でも全然集中できない。

隣から視線を感じる。

恐る恐る顔を上げた。

すると。

神城くんが、私を見ていた。

「……お前」

低い声。

「え?」

「どこかで会ったことあるか」

突然の質問だった。

私はびっくりした。

「えっと……ないと思う」

そう答えると。

彼は少し眉をひそめた。

「……そうか」

でも。

なぜか。

少しだけ寂しそうな顔だった。

休み時間。

神城くんの周りにはすぐ人が集まった。

「神城くん彼女いるの?」
「前の学校どこ?」
「好きな食べ物は?」

質問攻め。

でも彼はほとんど答えない。

「別に」

「普通」

短い言葉だけ。

それでも女子たちは嬉しそうだった。

私はその様子を見て思った。

(すごい人気……)

そのとき。

「小林」

名前を呼ばれた。

振り向く。

神城くんだった。

「え?」

「昼」

「昼?」

「購買、案内しろ」

え。

私?

「わ、わかった」

立ち上がる。

その瞬間。

教室がざわついた。

「なんで小林さん?」
「いいなぁ」

廊下を歩く。

隣には神城蓮。

すごく目立つ。

そのとき。

突然彼が言った。

「やっぱり」

「え?」

「お前」

彼は私を見た。

まっすぐな目。

「絶対会ってる」

またその話。

私は首を振った。

「覚えてないよ」

すると彼は小さくつぶやいた。

「……10年か」

「え?」

聞き返す。

でも彼はそれ以上何も言わなかった。

ただ前を向いて歩く。

その横顔を見て、私は思った。

この人には――

まだ知らない秘密がある。

そして。

私と彼の過去も。