カルテは、まだ終わっていない

翌朝。

相沢凌はいつもより早く病院に来ていた。

昨夜のカルテが頭から離れなかった。

カルテ番号404。
死亡しているはずの患者。
そして残されていた一行。

「カルテは、まだ終わっていない」

「……まず確認だ」

凌はパソコンを立ち上げ、すぐにデータベースを開いた。

患者検索。
番号入力。

404

検索結果はすぐに表示された。

昨日見たのと同じカルテ。

しかし、凌はすぐに違和感に気づいた。

「……あれ?」

更新履歴が変わっている。

昨日見たはずの**「3日前の更新」**が消えていた。

「そんな……」

凌は履歴ログを確認した。

通常、カルテの記録は削除できない。
修正はできても、履歴は必ず残る仕組みになっている。

だが――

履歴が途中から空白になっていた。

まるで、誰かが意図的に消したように。

「ありえないだろ……」

凌は椅子にもたれた。

もし本当に誰かがカルテを消したのだとしたら。

それは単なるミスではない。

意図的な操作。

その時だった。

「おはよう、相沢くん」

後ろから声がした。

振り向くと、看護師の宮本七海が立っていた。

「今日早いね」

「ちょっとデータ確認してて」

凌は画面を閉じながら答えた。

七海はコーヒーを持って隣の机に座る。

「またカルテ整理?」

「そう」

凌は少し迷ったが、口を開いた。

「七海さん、この病院で……
 八年前に大きな事故とかありました?」

七海の手が止まった。

ほんの一瞬だったが、表情が変わる。

「……どうして?」

「いや、ちょっと気になる記録があって」

七海はしばらく黙っていた。

そして小さく息を吐いた。

「相沢くん」

「うん?」

「その話、誰から聞いたの?」

凌は首を振る。

「誰からも聞いてない」

七海は視線を落とした。

「……八年前、この病院で患者さんが亡くなったの」

「それは普通にあるでしょ」

「違う」

七海はゆっくり言った。

「本当は、亡くなるはずじゃなかった人だった。」

静かなカルテ室に沈黙が落ちた。

凌の胸が少しざわつく。

「その患者……名前は?」

七海は答えなかった。

代わりに、ぽつりと言った。

「その話、もう終わったことになってるの」

「終わった?」

七海は凌の目を見た。

そして、はっきり言った。

「相沢くん、そのカルテには触らないほうがいい」

その言葉を聞いた瞬間。

凌の確信は強くなった。

このカルテには、何かがある。

そしてその真実は――

まだ、誰にも知られていない。