ケイト先輩とトキくん


 週末、電車に揺られて隣町のショッピングモールに来た。目的は毛糸だ。
 この前から編んでいるストール、あと二本はいける。次の色はどうしようか。

(やっぱり濃い茶色かな? それともグレーとか? 悩むなぁ)

 休日のモールは家族連れやカップルで溢れかえっている。
 人が多いから、歩くスピードが自然と速くなる。
 人混みは苦手だ。迷子の子供のようにキョロキョロしながら、ようやくハンドメイドショップに着くと、僕は深く息を吐いて少しだけ安心した。ここだけは僕のテリトリーだ。
 
 棚に並んだ毛糸を見ながら、ひとりで脳内会議を開く。
 白、黒、グレー、茶色、深緑に鮮やかな青……。本当に全部いい。でもやっぱり濃いグレーがいいかな?

 手に取り、質感を確かめて、棚に戻す。また別の色を手に取る――それを繰り返していたら、視界の端に、背の高い影が動いた。ふとそちらを見る。
 
(……ん?)
 
 生地コーナーに、やたらスタイルの良い長身と、見覚えのある顔が見えた。
 
(で、出たぁぁぁ!!)
 
 前に毛糸玉を拾ってくれた彼だ。その隣には同年代くらいの女の子がいて、二人で生地を見ていた。なんだか楽しそうに笑い合っている。

(うわ、やば。……こんなところで何を? いや、どう見てもデートだ)

 休日に彼女と手芸屋デートとか。
 ……住む世界が違う人って、手芸屋もデートコースになるんだな――いや、そんなことを言ってる場合じゃない。
 逃げなきゃ、僕の平穏な毛糸時間を守りたい。

 できるだけ気配を消し、そそくさと濃い茶色の毛糸をいくつか鷲掴みにしてレジへ向かった。
 会計を済ませて店を出たとき、フーッと息を吐いた。
 
(まさか、こんなところで遭遇するとはね。危ない危ない)

 気づけば13時過ぎになっていた。緊張が解けたら、急にお腹が空いてきた。
 フードコートで何か食べよう。
 休日だからか、まだ結構混んでいる。僕はハンバーガーとオレンジジュースを持って、人混みを避けて端っこの、柱の影になるテーブルを確保した。
 ここなら誰にも見つからない。……多分、完璧だ。
 
 食べ終わりジュースを飲んだら、またこっそり編み物を始めた。カバンの中でこそこそと指を動かす。
 時々、お母さんの言葉を思い出しながら進める。
 あ〜落ち着く。やっぱり癒しだ。……もはや毛糸教だね、僕は。

 針と糸は静かに動いて、周りはうるさい。
 けれど、まったく気にならない。集中モードで音が自然と遮断される感覚。僕だけの世界――。

「ここ、いいですか?」

 突然、結界が破られた。
 返事をする間もなく、トレーが置かれる。

「……圭人センパイ?」

(えっ!! な、な、なんで!?)
 
 顔を上げると、例の彼が僕の真正面の席に、もう座っている。そして、さっきの女の子も隣に。
「いいよ」だなんて言っていないのに、さすがに強引すぎる! けれど、僕は文句なんて言い出せない。

「あっ、……は、はい」
「お兄ちゃんの知り合い?」
 
 女の子がにこっと笑う。くりっとした目がかわいい。

(……ってことは、妹?)

「知り合いっていうほどでも……」
「いや、毛糸拾った仲じゃん」
 
 彼は爽やかな顔で笑って、ポテトをかじった。
 距離の詰め方がおかしい。え? これくらいが普通なの? めちゃくちゃ迷惑……!

「あ、えっと……。あの時は、拾ってくれてありがと……」
「ん? ああ。どういたしまして、センパイ」

 彼はニカっと笑って、顔を覗き込んできた。
 すると、僕の手元をじっと見た女の子が、身を乗り出して聞いてきた。
 
「ね、編み物? それ」
「えっ、あー……はい」
「やっぱり! 私、ぬいの服作りたいの! 編んだやつ!」
「ん? ぬい? 編み物で?」
「そう! 推しのぬいぐるみの服! ニット帽とかマフラーとか、おしゃれで可愛いやつ作りたいの!」

 女の子――妹さんは、熱量たっぷりで力説した。

「でもお兄ちゃんは不器用だから役に立たないし、本見ても全然わかんなくて」
「おい(まい)、不器用は余計だっつーの」

 彼が横から口を挟むが、妹さんは無視だ。

「ねえお兄さん! 私に編み方教えてくれない? 師匠になって!」
「師匠? お前、初対面の人に迷惑かけるなよ」
「いいじゃん、お兄ちゃんの友達でしょ? ね、いいでしょ?」
「と、友達では……な、ないです。絶対――」
「いや、俺ら、もう友達だよ。ね?」

 何言ってんの、この人! 名前も知らないのに、友達? ありえない。
 でも、妹さんは編み物に興味あるみたいだ。編み物に関することなら、邪険にしたくないけど……。
 
「……えっと、本当に僕でいいの?」
「いい! 教えて教えて! やったぁ、師匠ゲット!」
 
(勢いすご。『いい』って言っちゃったよ。この兄妹、コミュ力強すぎる)

「……調子に乗んなよ、舞」
 彼が妹の頭を小突く。
 
「あとあんまくっつくな。……センパイ困ってんだろ」
 
 そういえば、名前も知らないまま師匠になっちゃったけど……。

「……あの、お二人のお名前は?」
 き、聞けた、自然に。

「俺、志水 季(しみずとき)
「私は妹の(まい)だよ」
 
 妹ってことは……中学生くらい? 二人とも大人っぽいな。

「あ、よろしく……、(まい)ちゃん、(とき)くん。僕は石野圭人です」
 
「お兄ちゃん、知り合いなのに名前も名乗ってなかったの? 失礼すぎない?」
 
 舞ちゃんのジトっとした目を受けて苦笑いする季くん。
 
「いや、知り合いでもない――」
「謎の関係だよね」と季くんが笑って誤魔化す。

 ……話すと、意外に普通なのかも。いや、普通というか……さっきよりは怖くない、くらいだけど。
 舞ちゃんがいるから、まだマシなのかもしれない。
 でも、あんなに怖かった季くんの笑った顔も、だんだん人懐こそうに見えてきた。

 食べ終わると、舞ちゃんが「今すぐ毛糸買いに戻りたい! 師匠選んで!」と言い出し、気づけば三人でさっきの店に戻っていた。
 
(僕はなんで休日に、他校のイケメン兄妹とショッピングしてるの?)
 
 舞ちゃんが作りたいという、ぬいの服用の細い毛糸を一緒に選んで店を出た。
 気づけば自然と三人で帰ることになっていた。
 改札の前で、舞ちゃんがスマホをパッと差し出した。

「連絡先ちょうだい! ぬい服の相談したい! わかんないところ写真送っていい?」
「あ、え、あ……はい。いいよ」
 
 舞ちゃんと交換していると、横からぬっと、別のスマホが出てきた。
 
「俺も」
「え?」

 見上げると、季くんがQRコードを表示している。有無を言わせない笑顔で、逃げる理由が思いつかない。

「俺も。……いいですか?」
「え、なんで?」
「ほら、妹が変なもの編まないか監視役ってことで」
「あ、……はい」

 理由はよくわからないけれど、断れる雰囲気じゃない。
 友達がいない僕は、二人の圧に押され、テンパりながら登録をした。

 *
 
 家に帰りスマホを見ると、舞ちゃんからメッセージ。
『今日はありがとう! 推しのために頑張る! また教えてね師匠!』
 可愛いスタンプが連打されていた。

(すごい。ちゃんとお友達みたい)

 日課の編み物を終え、寝る前にスマホを見ると、もう一件。
 季くんからのメッセージだった。

『今日はありがと。妹が助かった』

 シンプルな一文だ。
(昨日と今日で、世界変わりすぎじゃない?)

 僕に……友達が、できた……!?
 ニマニマ笑いながら、転がっている毛糸玉をぎゅっと握る。

(……今日は驚いたことが多かったけど、なんかちょっと楽しかったかも)