コンテスト展示最終日。
放課後、僕は季と駅前のギャラリーへ向かった。
――心臓が口から飛び出そう。
今日、コンテストの結果が、作品の横に提示されることになっている。
会場に入ると、僕の作品の周りに人だかりができていた。
「これすごい迫力ねぇ」
「高校生が編んだらしいよ。繊細だなぁ」
口々に褒める声が聞こえてくる。
嬉しくなって、つい視線を足元に下げてしまった。
季が繋いだ手をぎゅっと引き、強引に人混みをかき分けた。
目の前に、僕のタペストリーが現れる。
そして、その横には――。
鮮やかな赤色のリボンと、『審査員特別賞』の文字があった。
「……っ!! ウソ……」
「ほら、言った通りでしょ?」
隣で季が、自分のことのように……いや、本人以上にドヤ顔で言った。
「俺の目は間違ってないんですよ。センパイはすげーの」
その顔を見たら、受賞の喜びよりも先に、「季くんが信じてくれたからだ」という感謝で胸がいっぱいになった。
大賞までは届かなかったけれど、お母さんにいい報告ができることは何よりも嬉しかった。
主催側の人に「ぜひ次の巡回展でも飾らせて欲しい」と依頼され、僕は夢見心地のまま会場を出た。
外はもう夕暮れ。梅雨前の湿った空気が漂っている。
「今度、お祝いしよ」そう言いながら、季が僕の手を取る。その力がさっきよりも強い。
「あーあ。センパイが『俺だけの先輩』じゃなくなっちゃうなー」
嬉しそうで、どこか寂しそうな横顔。
僕は、ポケットの中の「プレゼント」を握りしめた。
(……大丈夫。僕は季くんだけのものだよ)
それを伝えるために、僕たちは彼の家へと向かった。
*
季の部屋で落ち着いたタイミングで、僕はポケットの中の手編みのイヤホンケースを取り出した。
「今日は渡すものが……あります。お墓参りに一緒に行ってくれたお礼。前言ってたやつ」
「これ、あの時の! 編んでくれたんだ」
季は手渡したケースに、すぐに自分のイヤホンを入れてみる。
「ぴったり。すげぇ」と嬉しそうに何度も開け閉めして眺めている。
「大事にします。……毎日持ち歩くんで」
その言葉を聞き、僕はリュックの中に手を入れ、もう一つの包みを取り出す。
「あの、えっと……。こ、こっちは余った糸で編んだ、オマケみたいな……」
包みの中から出したのは、二枚のパウダーブルーのコットン糸で編んだハンカチだ。ダイヤ柄に編んでいて、くすみカラーのグレイッシュブルーで縁取りしてある。ハンカチの隅に縁取りと同じ糸で小さく『T.S』のイニシャルを入れてある。
「あの、それ……一枚は、僕ので『K.I』」
「え、センパイ。これお揃い?」
「うん。あ……嫌だったら使わなくていいし――」
そう言い終わる前に、季が僕の手首を掴んだかと思うと、そのまま背後の壁に押し込まれた。
壁に手をつく季の大きな身体で、視界が塞がり逃げられない。
彼は僕の耳元に唇が触れそうなほどの至近距離で、低い声で囁いた。
「……ホントに限界です。……もう我慢できないって。お揃いとか……こんなの渡されて、俺、正気でいられると思ったんですか?」
「え、えっ! 季くん!? えと、えと……喜んでくれた、ってこと……?」
「当たり前じゃん。あーもう……センパイとは、ちゃんと大事に進めたかったのに。この前から、センパイの全部を俺だけのものにしたいって……そればっかり考えちゃって」
僕はこの急展開についていけず、頭の中は混乱し、心臓は異常なほど脈打っている。湯気が出そうなほど全身が熱く、言葉が出ない。
首筋に熱い息がかかる。
「好きです。……最初からずっと、センパイを俺のものにしたかった」
季はそのまま僕の顔を覗き込み、熱のこもった瞳で視線を合わせる。
「ねぇ、嫌だって言っても遅いですよ。もし今から『ごめん』なんて言われても、俺、絶対に諦めない。もう、ただの後輩には戻らない」
予想外の状況とあまりの恥ずかしさに、季の服をぎゅっと掴んで思わず顔を逸らした。
「……圭人、こっち向いて」
「……っ、無理! 見ないで! 今の顔、見られたくない!」
必死に抵抗したけれど、顎をすくわれて、強引に顔を上げさせられた。
至近距離で目が合う。
季の瞳は、熱く潤んでいて、でも泣きそうなほど切実で。
それを見たら、恥ずかしさが吹き飛んだ。
「……センパイも、俺のこと好きになって」
(そっか。この人は僕のことを……こんなに好きでいてくれたんだ)
胸の奥が震える。
僕も、もう隠さない。伝えたい。
「……やめて、季くん」
「え?」
「そんな風に言われたら……僕だって、もう我慢しない」
僕は彼の服を掴んでいた手に力をこめた。
震える声で、精一杯の気持ちを言葉にする。
「こんな重いハンカチ、好きな人以外に渡せないよ。僕も……季くんのこと、好き」
「!!」
「友達とか、後輩じゃなくて……僕も季くんだけのものになりたい」
言い終わるか終わらないかのうちに、再び強く抱きしめられた。
縋るように、強く。
「センパイ……言ったからね? もう逃さないから」
「うん、……逃げないよ」
季の顔が近づく。
長いまつ毛が少し震えているのがわかった。
自然と目を閉じる。
唇が触れるまでの時間が、永遠のように長く感じて――。
「わふんっ!!」
ドスッ!
突然、何かが二人の間に勢いよく飛び込んできた。
「うわぁ!?」
「っ!?」
衝撃で身体が離れる。
目を開けると、僕と季の間で、尻尾をブンブン振っている黒い塊――ラブラドールのスミが、ハァハァと舌を出して僕たちを見ていた。
ドアの隙間から、鼻先で開けて入ってきたらしい。
「……スミ! お前なぁ……!」
季が頭を抱えて唸る。
完全にキスのタイミングだったのに、スミの顔があまりにも無邪気で。
緊張の糸が切れて、僕は吹き出してしまった。
「あはは! スミちゃん、びっくりしたぁ」
「笑い事じゃないですセンパイ……。俺、めっちゃいいとこだったのに……」
季はがっくりと項垂れながらも、僕につられて笑い出した。
甘くて、ちょっと締まらない。
でも、これが僕たちの始まりなのかもしれない。
その後、少し落ち着きを取り戻した季が、僕の髪を撫でながら、渡したハンカチを大事そうにポケットへしまった。
愛おしそうに僕の顔を覗き込み、聞いてくる。
「……センパイ。改めて、俺の恋人になってくれますか?」
「うん」
「……ねえ、もう一回言って? 好きって」
「えっ!(恥ずかしすぎるって!)」
至近距離で見つめられ、逃げようがない。
僕は覚悟を決めて、小さな声で紡いだ。
「……す、す、好き。……季くんが、好き」
言い終わる寸前に、季が僕の顔に両手を添えた。
角度が変わり、優しくほんの一瞬、唇が触れた。
柔らかくて、熱い感触。
「……ぁ、……」
思考が停止する。
「……キ、キス、した……」
不意打ちのキスに呆然と呟くと、季はふわりと笑って、もう一度顔を寄せた。
今度は少し長めに、角度を変えて重ねてくる。
ちゅ、という音が小さく響いて、僕は真っ赤になって彼の胸に顔を埋めた。
「……そうですよ。キス。嫌でした?」
「……そう、じゃなくて」
心臓、壊れそう。
僕は彼の服をぎゅっと握りしめて、消え入りそうな声で告白した。
「僕、初めて、だったから……不意打ちはちょっと……」
「初めてだった? ファーストキス、俺?」
「……そう、だけど」
季は片手で顔を覆い、深い溜息をついた。
「……くっそ、嬉しすぎて死にそう」
「季くん!?」
「もう一回していいですか?」
返事を聞く前に、また唇が塞がれる。
繋がった唇と、重なる体温。
僕たちの新しい関係が、ここから始まる。


