ケイト先輩とトキくん


(季side)


 センパイの家から帰宅し、そのままベッドに寝転んだ。
 今日一日で色々とありすぎて、頭が追いつかない。ぼんやりと天井を見つめて整理する。

 昼間、センパイのお母さんの墓参りに行き、頭を下げたこと。
『これからも、よろしくお願いします』と言った俺。
 
「あの言葉、挨拶じゃなくて『誓い』みたいだったな」

 独り言が漏れる。思い出すとくすぐったくて恥ずかしい。
 センパイのお母さんに、勝手に宣言しちゃったな。「俺が圭人のそばにいます」って。
 でも、後悔はしていない。むしろ、言ったことで腹が据わった感覚さえある。

 その後、初めてセンパイの家に行った。
 それだけでテンションがおかしくなっていたのに、あのタペストリーを見せられた時。
 俺の理性はほとんど限界だった。

『俺が最初……』

 無防備にそんなことを言うから、衝動を抑えきれずに抱きしめた。
 俺の腕の中に収まる華奢な身体。
 なんか甘い匂いがする――。
 身じろぎをするセンパイを見下ろすと、顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で俺を見つめていた。

(……やば)

 かわいい。かわいすぎる。
 ただ抱きしめるだけで満足するはずだったのに、目が合った瞬間、思考が飛んだ。
 このままもっと触れたい。キスしたい。
 顔を近づけても、センパイは逃げない。
 あと数センチ。
『……センパイ』
 唇が触れる――そう思った、その時。

『おーい、圭人! お茶とプリン持ってきたぞー』

 ガチャリとドアが開いて、俺は弾かれたように離れた。

(……っぶね)

 もしあのまま、お兄さんが入ってこなかったら、俺は間違いなくキスしてた。いや、それ以上してたかもしれない。
 お兄さんと目が合うと、ニヤニヤして部屋を出ていった。
 あんな顔して迫っていたんだ。バレてないはずがない。
 見るからにピュアの塊みたいなセンパイには、ちゃんと誠実でいたいと思っていたのに。

(……俺、余裕なさすぎだろ)

 帰り際、玄関で靴を履いていると、お兄さんも見送りに来た。
 センパイには聞こえないように、小声で話しかけてくる。

「今日はありがとな。……てかお前、余裕ぶっこいてるけどさ」
「はい?」
「あいつ暗いけど、俺に似て顔は悪くねーから。うかうかしてっと、他のやつに取られんぞ」
「……」
 
 お兄さんは、センパイに似た整った顔でニヤリと笑った。
 センパイの良さは俺だけが知っているし、人見知りの彼はモテていても無自覚に気配を消すだろう。
 そう思っていたから、俺は適当に愛想笑いをして流した。

 そのまま家まで帰ってきたけど、なんか落ち着かねーな。
 センパイにメッセージを送り、『GW最終日、また行っていいですか?』と約束を取り付けたことで、ようやく眠りにつけた。

 *

 そして、ゴールデンウィークの最終日。
 衝動のままセンパイの家に遊びに来たが、……ちゃんとお兄さんもいた。
 センパイが昼ごはんを作ってくれるらしく、手料理に歓喜したのも束の間。
 彼がキッチンに立っている今、俺はなぜかリビングのソファで、お兄さんと並んで座らされている。
 
「おい。お前ら、まだ付き合ってないのか?」
「……は?」
「いや、見ててじれってーんだよ」

 お兄さんはテレビを見ながら、独り言のように言った。
 
「圭人、ああ見えて結構、年上に可愛がられるタイプだからな」
「……はあ」
「こないだも連れてきた俺のツレもさ、『弟くん可愛い、紹介して』とかうるさくて。そいつ、男もイケるクチだってそん時知ったわ」
「はあ!? あ、いや、……へぇ」
(……はぁぁ? 男にも?)
 
 必死で余裕のフリをするが、聞き捨てならない言葉に、貼り付けた笑顔は絶対に引きつっている。
 なんでこの人、こんなに煽ってくるんだ?

「ハハ、なにその顔。ま、あいつ大学とか行ったら、性別年齢問わず可愛がられそうだよなー」
「……」

 キッチンからは、センパイが料理をしている音が聞こえている。
 俺はため息を飲み込んで、お兄さんを真っ直ぐに見据えた。

「……あの、お兄さん」
「ん?」
「紹介とか、マジでやめてくださいね」

 精一杯の笑顔を作ったが、声は低くなった。
 お兄さんが目を丸くして、それからニヤッと口角を上げる。

「へぇ。……余裕ねーな」
「……ないっすよ。センパイ、あんなに無防備だし」

 俺が開き直って答えると、お兄さんは「ハハッ」と笑って、ポンと俺の肩を叩いた。

「まぁ、やめといてやるよ」
「え?」
「圭人とまた普通に話せるようになったの、ぶっちゃけお前のおかげでもあるしな。……ありがとな」
「え? 俺?」
「そゆこと。……これでチャラってことで」
「……あざっす」

 どうやら、面白がられていただけではないらしい。
 ――けれど。
 お兄さんには釘を刺せたとしても、世の中にはまだまだ敵はいる。
 男も、女も、関係ないのか。
 センパイが無防備に笑う限り、世界中、全員ライバルかよ。
 いや、センパイは『俺にだけ』懐いてくれているはずだ。
 そう思うのに、胸の中のどこかにモヤモヤしたものが渦巻く。

 その後、センパイお手製のパスタをご馳走になって、家に帰った。
 自室に入り、通学カバンにつけられたイニシャルキーホルダーへ目をやる。
 俺とセンパイを繋ぐ、数少ない証。
 指先で『T.S』の文字をなぞると、昼間嗅いだセンパイの家の匂いがした。
 ふと、お兄さんの言葉が、頭を回る。
 
『うかうかしてっと取られるぞ』
「……いや、わかってるって。わかってるけど……」

 コンテストが終わるまでは、邪魔したくない。
 でも、待てんのか? 俺。
 
 *

 数日後の学校帰り。いつものように駅でセンパイと待ち合わせている。
 改札を通り歩いていくと、ベンチの少し向こうで、センパイの姿を見つけた。
 声をかけようとして、足が止まる。
 
 見知らぬ女子高生二人が、センパイに話しかけていた。派手めなメイクをした、センパイと同じ高校の生徒だ。
 道でも聞かれているのかと思ったが、様子がおかしい。

「えー、先輩やさしー! もっとお話ししたいんで、連絡先交換しましょーよ!」
「えっ、あ、えっと……」

 センパイは困ったように眉を下げているくせに、邪険にできずニコニコと対応している。

(はぁ? センパイなに笑ってんの?)

 無防備すぎる。お兄さんの言った通りだ。誰からも可愛がられる属性。
 自分がどれだけ『当たり』なのか無自覚なまま、誰にでも優しくする。
 
 ――あー、もう無理。
 
 腹の底から焦りと独占欲が湧き上がる。
 俺がモタモタしている間に、誰かに取られるなんて耐えられない。
 気づけば、俺は走っていた。
 三人で話している間に、迷いなく割って入った。すぐ後ろまで距離を詰めると、センパイの肩にぎゅっと手を回し抱き寄せる。
 耳元で、低く囁いた。

「……行くよ、圭人(ケイト)
「え、えっ? 季くん!?」

 センパイは驚いたような顔で俺を見る。呼び捨てにされたことに、動揺しているのがわかる。
 女子二人が、俺を見て騒ぎ始めた。

「えっ、待って、めっちゃイケメン……」
「やば、かっこよ……。先輩の知り合いなんですか?」

 耳障りな女子の声なんて、もう耳に入っていない。
 俺の視界には圭人しかいない。
 冷めた目で女子たちを冷たく見下ろす。

「……この人に、なんか用?」
「え、いや……」
「じゃあ、もう声かけないで。……行こう?」

 俺は抱いていた手を、センパイの手へと滑らせ、指を絡めて強く握り直した。

「と、季くん!?」
「……」
 
 無言で戸惑っているセンパイの手を引いて、ホームへと連れ去る。
 電車に乗るまで、その手は離さなかった。

 勢いで、名前、呼んでしまったし。
 人前なのに手も、繋いじゃったじゃん。
 
(……まぁ、いいか)
 
 どうせもう、ただの後輩に戻るつもりなんてない。

「センパイ、あの人たち知り合いじゃないんでしょ?」
「え、……うん」
「あーいうのは無視していいの。……心配させないでくださいよ」
 
 握る手に力がこもる。
 俺、マジで余裕ねーけど。
 でも……もう限界。
 コンテストが終わったら――絶対に言葉にして伝えないと。
 
『好きだ』って――。
 センパイは俺だけのものだって。
 
 俺は繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。