その後の屋敷は、めまぐるしく変わっていった。
すべての首謀者であった綾野は、窃盗の罪で警察に引き渡された。彼女は両親に助けを求めたが、両親は甘やかしすぎたと後悔し、綾野に罪を償わせるよう警察に頼んだそうだ。後で聞いた話だが、綾野の生家が没落したのは、彼女が求める高価な物をなんでも買い与えていたことが原因だったらしい。
綾野の取り巻きであった使用人たちは宵宮家から解雇され、それ以外の者たちも、自責の念から去っていく者が多かった。綾野の悪事を証言したハルも、同じく屋敷を去ろうとしていたが、千夜が頼んだことで残ってくれることになった。最終的に過半数の使用人がいなくなったが、以前よりも暮らしやすい場所になっていた。
一連の騒動の対処のため、蓮は再びあちこちを奔走することになった。綾野に肩入れしていたらしい部下は即刻クビにし、関係書類を片付けて、再び蓮が戻ってきたのは、騒動のあった日から二週間後、だったのだが。
「この度は本っ当に、申し訳なかった……!」
応接室に呼び出された千夜は、入ってくるなり綺麗な土下座を決めた蓮に困惑した。目を瞬かせている千夜に、蓮は床に頭をこすりつけたまま謝罪を続ける。
「全ては私の責任だ。不自由させるなと命じたきり、使用人たちのことを疑いもしなかった。黄泉返りであることも、君が妙な目で見られないようにと黙っていたことが裏目に出て……結果大切な君に、知らぬ間にひどい生活を強いていた。これなら本当に、愛想を尽かされてもおかしくはない……!」
蓮の声は震えていた。小さく鼻をすする音が聞こえる。
千夜は顔を伏せたままの蓮をじっと見つめた。軍服に黒髪。誠実だが、不器用なその性格。確かに蓮はイザナとして出会ったヤトと同じ人間なのだ。そのことが、ようやくすとんと胸の中に落ちてくる。
「……そうですね。私はとても肩身の狭い思いをしました」
「本当に……申し訳なかった」
「愛想だって、尽きていたのです。そして愛されることを諦めていて」
「……ああ、すべては私のせいだ」
「離婚だって、してもいいと思ったのです」
「……っ! それは……!」
ばっと蓮が顔を上げた。涙に濡れた、縋るような瞳。この人は本気で謝罪をし、本気で千夜と離れたくないと思っているのだ。それを実感し、なんだか愛おしさがこみ上げてくる。
「ふふ、冗談ですよ」
「……本当に?」
不安げに問い掛けてくる蓮へ、千夜は微笑みながら頷いた。
「ええ。確かにあなたのせいで、私は苦しい思いをしました。けれど同時に、あなたが私を愛してくれていたことを知ってしまった。家に帰らなかった理由もわかっていますし、この状況であなたを恨むなんてできません」
千夜は一度言葉を切り、いたずらっぽく笑う。
「それに文句は以前、『ヤト隊長』にたっぷり言いましたからね」
「あ、ああ……あれは応えた。最低男とか不義理とか、正論が過ぎてな」
蓮は苦笑いをした後で、耳を赤く染めながら、目線を横にそらした。
「……思えば私は、千夜本人に対して恋愛相談をしていたのだな」
「そう、ですね。私も、自分宛の手紙を添削したことに……」
頬がじんわり熱くなる。あの時書かれていたたくさんの愛の言葉。あれが全て、自分に向けられたものだと思うと、途端に気恥ずかしくなってくる。
しばし沈黙が続いた後、蓮は軽く深呼吸をして、意志のこもった目を向けてきた。
「既に全てを知られているだろうが……改めて、言わせてくれ。幼い頃、君に救われ、それからずっと探していた。君だけを、生涯愛すると誓おう。これからは私と夫婦として、共に歩んでほしい」
「……今まで放っておいた分だけ、たくさん愛してくださいね」
「ああ、もちろんだ」
蓮の腕が伸びてきて、千夜の体を抱き留めた。初めて他人の体温を間近に感じ、千夜の心臓が飛び跳ねた。
「愛している、千夜。もう絶対に、離さない」
抱きしめられた温もりは、愛の言葉が嘘ではないと語っている。
涙が、溢れそうだった。
彼はヤトとして、黄泉返りの自分を唯一恐れず力を認めてくれた。そして蓮として、幼い頃の思い出をよすがに千夜を見つけてくれたのだ。イザナとして恋愛相談を受けているとき、ヤトに愛されている妻がうらやましいと思っていた。けれどヤトが蓮であり、その妻が自分なら――彼の愛を、自分が受け取っていいのなら。この胸にわだかまっていた想いに、「愛」という名を付けても許されるのではないだろうか。
千夜は抱きしめられた胸に体を預けて囁いた。
「私も蓮様を、愛しています。あなたからの愛なら、私はほしい」
「……嬉しいよ」
蓮はもう一度強く千夜を抱きしめる。
その後、ためらいがちに口を開いた。
「ところで……君がイザナなら、事情を話すために帰ったことは知っているだろう。できれば私は各所に根回しをして、上官と交渉して……」
「私は構いませんよ。既に、契る覚悟はできています」
千夜の返答に、蓮は目を丸くする。
「い、いいのか? だが、言っただろう。死鬼の声が聞こえるようになるのだぞ」
「大丈夫です。きっと、悪いようにはなりませんから」
そう言って、千夜は強気に微笑んでみせた。
すべての首謀者であった綾野は、窃盗の罪で警察に引き渡された。彼女は両親に助けを求めたが、両親は甘やかしすぎたと後悔し、綾野に罪を償わせるよう警察に頼んだそうだ。後で聞いた話だが、綾野の生家が没落したのは、彼女が求める高価な物をなんでも買い与えていたことが原因だったらしい。
綾野の取り巻きであった使用人たちは宵宮家から解雇され、それ以外の者たちも、自責の念から去っていく者が多かった。綾野の悪事を証言したハルも、同じく屋敷を去ろうとしていたが、千夜が頼んだことで残ってくれることになった。最終的に過半数の使用人がいなくなったが、以前よりも暮らしやすい場所になっていた。
一連の騒動の対処のため、蓮は再びあちこちを奔走することになった。綾野に肩入れしていたらしい部下は即刻クビにし、関係書類を片付けて、再び蓮が戻ってきたのは、騒動のあった日から二週間後、だったのだが。
「この度は本っ当に、申し訳なかった……!」
応接室に呼び出された千夜は、入ってくるなり綺麗な土下座を決めた蓮に困惑した。目を瞬かせている千夜に、蓮は床に頭をこすりつけたまま謝罪を続ける。
「全ては私の責任だ。不自由させるなと命じたきり、使用人たちのことを疑いもしなかった。黄泉返りであることも、君が妙な目で見られないようにと黙っていたことが裏目に出て……結果大切な君に、知らぬ間にひどい生活を強いていた。これなら本当に、愛想を尽かされてもおかしくはない……!」
蓮の声は震えていた。小さく鼻をすする音が聞こえる。
千夜は顔を伏せたままの蓮をじっと見つめた。軍服に黒髪。誠実だが、不器用なその性格。確かに蓮はイザナとして出会ったヤトと同じ人間なのだ。そのことが、ようやくすとんと胸の中に落ちてくる。
「……そうですね。私はとても肩身の狭い思いをしました」
「本当に……申し訳なかった」
「愛想だって、尽きていたのです。そして愛されることを諦めていて」
「……ああ、すべては私のせいだ」
「離婚だって、してもいいと思ったのです」
「……っ! それは……!」
ばっと蓮が顔を上げた。涙に濡れた、縋るような瞳。この人は本気で謝罪をし、本気で千夜と離れたくないと思っているのだ。それを実感し、なんだか愛おしさがこみ上げてくる。
「ふふ、冗談ですよ」
「……本当に?」
不安げに問い掛けてくる蓮へ、千夜は微笑みながら頷いた。
「ええ。確かにあなたのせいで、私は苦しい思いをしました。けれど同時に、あなたが私を愛してくれていたことを知ってしまった。家に帰らなかった理由もわかっていますし、この状況であなたを恨むなんてできません」
千夜は一度言葉を切り、いたずらっぽく笑う。
「それに文句は以前、『ヤト隊長』にたっぷり言いましたからね」
「あ、ああ……あれは応えた。最低男とか不義理とか、正論が過ぎてな」
蓮は苦笑いをした後で、耳を赤く染めながら、目線を横にそらした。
「……思えば私は、千夜本人に対して恋愛相談をしていたのだな」
「そう、ですね。私も、自分宛の手紙を添削したことに……」
頬がじんわり熱くなる。あの時書かれていたたくさんの愛の言葉。あれが全て、自分に向けられたものだと思うと、途端に気恥ずかしくなってくる。
しばし沈黙が続いた後、蓮は軽く深呼吸をして、意志のこもった目を向けてきた。
「既に全てを知られているだろうが……改めて、言わせてくれ。幼い頃、君に救われ、それからずっと探していた。君だけを、生涯愛すると誓おう。これからは私と夫婦として、共に歩んでほしい」
「……今まで放っておいた分だけ、たくさん愛してくださいね」
「ああ、もちろんだ」
蓮の腕が伸びてきて、千夜の体を抱き留めた。初めて他人の体温を間近に感じ、千夜の心臓が飛び跳ねた。
「愛している、千夜。もう絶対に、離さない」
抱きしめられた温もりは、愛の言葉が嘘ではないと語っている。
涙が、溢れそうだった。
彼はヤトとして、黄泉返りの自分を唯一恐れず力を認めてくれた。そして蓮として、幼い頃の思い出をよすがに千夜を見つけてくれたのだ。イザナとして恋愛相談を受けているとき、ヤトに愛されている妻がうらやましいと思っていた。けれどヤトが蓮であり、その妻が自分なら――彼の愛を、自分が受け取っていいのなら。この胸にわだかまっていた想いに、「愛」という名を付けても許されるのではないだろうか。
千夜は抱きしめられた胸に体を預けて囁いた。
「私も蓮様を、愛しています。あなたからの愛なら、私はほしい」
「……嬉しいよ」
蓮はもう一度強く千夜を抱きしめる。
その後、ためらいがちに口を開いた。
「ところで……君がイザナなら、事情を話すために帰ったことは知っているだろう。できれば私は各所に根回しをして、上官と交渉して……」
「私は構いませんよ。既に、契る覚悟はできています」
千夜の返答に、蓮は目を丸くする。
「い、いいのか? だが、言っただろう。死鬼の声が聞こえるようになるのだぞ」
「大丈夫です。きっと、悪いようにはなりませんから」
そう言って、千夜は強気に微笑んでみせた。



