放置されたバケモノ妻は、夫の一途な溺愛に気づかない

 たん、たたん、とブーツが鳴る。月光の下、ちりんと鈴が清らかな音を立てた。屋根を駆けながら帝都に漂う常世の気配を感じ、千夜は頭の中で蓮に呼びかける。
『今夜は東の街外れ、西の河の横、南の住宅街の三つです。被害を考えれば、死鬼の対処は南からがいいでしょう』
『わかった。私も南に向かっている。他にも隊員たちを送っておこう』
『お願いします。私ももうじき到着しますから。それまでどうか耐え抜いて』
 会話を終え、千夜は走る速度を速めていく。やがて進む先、住宅地の向こうに、死鬼と戦う軍人たちが見えた。既に彼らも到着していたらしい。
 千夜はかんざしを引き抜き、糸を取り出す。かんざしの端に糸を巻き付けると、たん、と地上に降り立った。
 鈴の音が、千夜の到着を告げる。いち早く気付いた黒髪の軍人が、進路に塞がる死鬼たちを切り裂いた。開かれた道を進み、千夜は黄泉路へと走る。そしてかんざしを黄泉路に突き刺し、糸で黄泉路を縫い止めていった。
 千夜の力で黄泉路が閉じられ、残った死鬼たちも蓮たちによって砂と化す。
「今夜も助かった、『イザナ』」
「そちらこそ。死鬼の討伐お疲れ様でした、『ヤト』さん」
 夜の名前で呼び合いながら、千夜と蓮は互いに笑う。その横から、ヤトの部下の一人が近づいてきた。初めてみる、まだ少年の幼さを残した顔立ちと、真新しい軍服から、恐らく配属されたばかりの新人だろう。
 彼は千夜と蓮を見比べて、不思議そうに尋ねてくる。
「いつも任務後に、仲睦まじげに話していますが……お二人は、どういう関係なのですか?」
 その問いに、二人は顔を見合わせた後、微笑みながら口を開いた。
「夫婦だ」「夫婦です」
 片や死鬼と戦い、片や黄泉路を閉じて回る。
 夫婦の戦いは、これからも続く。


(了)