ルミナス ― 境界の均衡者


迷子騒ぎが落ち着き、人混みに戻る。

リリアはまだ少し楽しそうだ。

「やはり嫁と言えばよかったのう」

「やめろ」

「では主従で」

「それもやめろ」

望が人形焼を買ってリリアに渡し、財布を内ポケットに戻す。

その瞬間。

背後から軽い衝撃。

ほんの僅か。

だが意図は明確。

望の目が冷える。

手首を掴む。

一瞬。

次の瞬間には、男の腕が捻り上げられていた。

「痛ぇ!痛い痛い痛い!!」

通行人が振り向く。

二十代半ばの男。

片手が望のポケット付近で止まっている。

スリ未遂。

望は声を荒げない。

ただ、的確に関節を固定している。

「離せ!折れる!」

「盗るな」

短い言葉。

男が叫ぶ。

「ちょ、ちょっと触れただけだろ!」

「財布だ」

事実だけ。

リリアが一歩横にずれる。

退屈そうにその様子を見る。

「……」

叫ぶ男。

騒ぎ始める周囲。

スマホを向ける者もいる。

リリアが小さく呟く。

「くだらぬ」

望は男を地面に押さえつけない。

ただ、逃げられない角度で腕を固定している。

「警察を呼ぶか?」

低く問う。

男の顔色が変わる。

「す、すみません!ほんとすみません!」

望は数秒見つめる。

そして、力を抜く。

男は転がるように離れ、走って消える。

周囲がざわつく。

「大丈夫ですか?」

「問題ない」

望はそれだけ言う。

リリアが言う。

「甘いのう」

「小物だ」

「処理せぬのか」

「時間の無駄だ」

リリアが頷く。

「それは正しい」

そして、心底つまらなそうに言う。

「くだらないことに時間を取られるのは嫌いじゃ」

「俺もだ」

リリアが望を見上げる。

「次はどこじゃ」

望が少し考える。

人混みを見渡す。

高く伸びる塔が、遠くに見える。

「スカイツリー」

リリアの瞳がわずかに輝く。

「高いのか」

「高い」

「登るぞ」

「人が多い」

「関係ない」

望が歩き出す。

リリアが並ぶ。

「今日は退屈せぬな」

「お前がいるからな」

「当然じゃ」

人混みを抜ける。

銀髪と金髪が、街の流れに溶ける。

だが、ほんの僅か。

周囲の空気が、彼らの通った後に揺れていた。

境界は静かだ。

だが退屈は、確実に削られていく。