ルミナス ― 境界の均衡者


浅草、仲見世通り。

人の波が絶えない。

焼き団子の匂い、外国語のざわめき、
観光客の笑い声。

リリアは完全に観光客だった。

「あれは何じゃ」

「人形焼き」

「甘いか」

「甘い」

「買え」

望が財布を出した、その瞬間。

横から団体客が流れ込み、視界が遮られる。

肩がぶつかる。

ざわめき。

――数秒。

視界が開けた時、隣はいなかった。

望は立ち止まらない。

焦らない。

(右だな)

⸻

一方。

通りの少し外れた角。

リリアは腕を組み、堂々と立っていた。

「……」

数秒。

「望め……迷子になりよったな……」

真顔。

完全に自分は被害者側。

そこへ、女性の声。

「ねえ、どうしたの? お父さんかお母さんいる?」

観光ボランティアの女性だった。

心配そうにしゃがみ込む。

リリアは一切動じない。

「望が迷子になった」

「え?」

「我は迷っておらぬ」

女性が困ったように笑う。

「えっと……一緒に来た人は?」

「望じゃ」

「どこにいるの?」

「知らぬ」

堂々としている。

だが、どう見ても十歳。

周囲が少しざわつき始める。

「迷子センター行こうか?」

リリアの金色の瞳がわずかに細くなる。

「迷子ではない」

声が低い。

年齢に似合わない響き。

空気が、ほんの少しだけ冷える。

通行人が無意識に距離を取る。

その瞬間。

「リリア」

落ち着いた声。

圧が消える。

望が人波を抜けて現れる。

銀髪が日差しを受ける。

女性がほっとする。

「ああ、よかった。保護者の方ですか?」

望が口を開く前に――

「主従関係じゃ」

リリアが言った。

女性が固まる。

「……え?」

「我が主で、望が従じゃ」

真顔。

周囲の空気が一瞬凍る。

望が小さく息を吐く。

「家族です」

即座に修正。

女性は困惑しながらも頷く。

「あ、そうなんですね……。はぐれないようにしてくださいね」

「気をつけます」

女性が離れていく。

人波が戻る。

⸻

少し通りから外れた場所。

望が低く言う。

「余計なことを言うな」

「何がじゃ」

「主従はややこしい」

リリアが首を傾げる。

「なんじゃ。ではお主の嫁と言えばよかったのか?」

一瞬、時間が止まる。

望が即座に返す。

「余計ややこしいわ!」

リリアが目を瞬かせる。

そして、くすりと笑う。

「面白いのう」

「面白くない」

「顔が赤いぞ」

「気のせいだ」

リリアは満足げに腕を組む。

「人間は面倒じゃな」

「お前がな」

銀髪が風に揺れる。

完全に機嫌は戻っている。

東京の喧騒が続く。

境界はまだ静かだ。

だが退屈は確実に削られている。

そして日本に残る三日間は、

まだ始まったばかりだった。