ルミナス ― 境界の均衡者

― 路地裏

暖簾の前を離れた二人の警官。

若い方が不満げに言う。

「でも、あれ絶対おかしくないですか?」

年配の警官は足を止めずに答えた。

「お前の聞き方が雑だ」

「え?」

「踏み込むなら順番がある。
逃げ道を残して聞け」

若い警官が黙る。

年配の警官は続けた。

「子供に圧をかけるな。
ああいう年齢は特にだ」

「でも、あの目……」

年配の警官はわずかに振り返る。

暖簾の向こう。
見えないはずなのに、妙な気配が残っている気がする。

長年の勘。

理屈ではない。

「あれはな」

小さく言う。

「関わらない方がいい」

若い警官が怪訝な顔をする。

「どういう――」

「そういうことだ」

それ以上は言わない。

二人は夜に溶けていった。



― 寿司屋 店内

暖簾をくぐると、空気が変わる。

木の香りと酢の匂い。
柔らかな灯り。
外の冷えた空気とは別の世界。

リリアが席に着く。

金色の瞳が、カウンターに並ぶ握りを映す。

「……綺麗じゃな」

望は静かに湯呑みを取る。

職人の手が止まらない。

白身、赤身、光り物。

一貫目。

リリアが口に運ぶ。

目を細める。

「……良い」

二貫目。

三貫目。

機嫌が目に見えて戻っていく。

「八割か」

望が言う。

「九割じゃ」

「それは単純だな」

「味は裏切らぬ」

望は小さく息を吐く。

そのとき。

自然と視線がレジへ流れた。

オレンジの髪の男。

緑の瞳。

無駄のない立ち姿。

隣に立つのは、銀髪ロングの女性。

赤い瞳。

メイド服。

だが安っぽさがない。

コスプレの軽さも、従属の空気もない。

二人は自然体だった。

距離が近い。

だが寄りかかってはいない。

会計をしているのは男の方。

財布を出し、支払いを済ませる。

(同伴か?)

一瞬そう思う。

夜の店で、メイド服。

だが違う。

二人の間に上下はない。

主従でも、客と店員でもない。

対等。

何かを話している。

声は小さい。

内容は拾わない。

わざわざ聞く必要はない。

赤い瞳がふと上がる。

視線がかすめる。

ほんの一瞬。

それだけ。

すぐに逸れる。

リリアが気づく。

「何を見ておる」

「別に」

「女か」

「違う」

「銀髪じゃな」

「偶然だ」

リリアがレジを見やる。

「近いのう」

「距離か」

「対等じゃ」

望は頷く。

「そうだな」

暖簾が揺れる。

オレンジの男と、銀髪のメイドが店を出る。

それだけ。

何も起きない。

望は湯呑みを置く。

(……妙だな)

だがそれだけだ。

今は退屈を潰しているだけ。

関わる理由はない。


リリアが最後の一貫を口に入れる。

「日本は悪くない」

「機嫌は戻ったか」

「戻った」

小さく笑う。

「お主と食うからじゃ」

望は答えない。

ただ静かに席を立つ。

暖簾が揺れる。

夜風が頬を撫でる。

境界は、まだ小さく揺れている。

だが今は――

ただの、退屈の延長線上だった。