ルミナス ― 境界の均衡者

―― ルミナス本部 ――

地図にも座標にも存在しない中立領域。

静かな私室。

巨大な窓の外に広がるのは、どこの空とも知れぬ夜。

白いシーツの上。

銀髪の男が横たわっている。

その胸元に、金髪の少女。

小さな身体が、望に抱きつくように重なっている。

「……」

リリアが顔を上げる。

金色の瞳が、わずかに揺れる。

「疲れておるな」

「仕事だ」

淡々とした返答。

リリアは微笑む。

そしてゆっくりと、望の首筋へ顔を寄せる。

牙が、静かに触れる。

「……」

小さく、刺さる。

痛みはほとんどない。

温度が、抜ける。

代わりに、熱が広がる。

吸血鬼の吸血は、ただの捕食ではない。

それは腹を満たす行為。

そして契約の確認。

血を通して、魂を繋ぐ。

望の身体に、柔らかな痺れが走る。

不快ではない。

むしろ――甘い。

快感が、緩やかに広がる。

意識が深く沈む。

吸血鬼の牙は、痛みを与えない。

依存を生む。

快楽を与え、魅了する。

多くの人間は、それに堕ちる。

だが望は違う。

契約は対等。

強制ではない。

リリアがゆっくりと顔を離す。

血の雫が、唇の端に残る。

「……まだ足りぬ」

望は息を整える。

鼓動は速い。

だが理性は揺れない。

「確認か」

「契りじゃ」

リリアが胸に額を預ける。

吸血鬼の眷属契約には、いくつかの形がある。

ただの下僕。

食事用の存在。

雑務の駒。

それらは血を与え、縛るだけ。

だが望との契約は違う。

共に生き続ける主従。

そして、つがいの契り。

どちらが主でどちらが従か、曖昧な関係。

血で結ばれた均衡。

「望」

「なんだ」

「駒を増やしたな」

リリアの声は低い。

望は天井を見る。

「使える」

「壊れれば?」

「切る」

即答。

リリアは小さく笑う。

「冷たいのう」

「均衡だ」

沈黙。

リリアが指先で、望の胸元をなぞる。

「吸血の快感に溺れぬのは、お主だけじゃ」

「慣れただけだ」

「違う」

金色の瞳が細くなる。

「我を恐れぬ」

その言葉には、わずかな満足が混じる。

「恐れる必要がない」

望は言う。

「契約だからな」

リリアがくすりと笑う。

「主従か」

「つがいか」

「どちらでもよい」

静かな部屋。

リリアが小さく囁く。

「望」

「なんだ」

「おかわりじゃ」

望は目を閉じる。

「……ああ」