「あれ〜、日向じゃん」
金魚に餌をやっていた僕は開いたドアの方に振り返った。
「もう来てたの?早いね」
瑞穂が笑いながら部屋に入って来た。
ここは飼育委員が放課後にひっそりと活動する、校舎端の飼育部屋。飼育員のメンバーは3年生が4人、2年生は0人、1年生はまだ居ない。これから何人か入ってきてくれたらいいな…とは思っている。
「朝の先生の話どう思う?
1年生の時に新入生歓迎会で何を見たかなんて正直覚えてないんだよね。
2年生の時は新人の先生がやるって事になって、僕達は何もしてないしさぁ。
って言うか毎年見てるんだろうけど何も記憶に残ってないんだよなぁ。
なんで今年に限って僕らが……」
口を尖らせながら拗ねている瑞穂は可愛らしい顔をして見せた。
こんな顔が出来るのは毎日鏡でも見て練習しているのだろうか?と思うレベル。
僕が真似したらきっとお面のひょっとこだろう。
「確かに話が急すぎてついていけなかった部分はあるけど。
でも僕達だけだったら不安だらけ・・・だけど、生徒会長がいればまだなんとかなるんじゃないかなぁ?
っていうかぁ〜〜
先生って誰かに気を使ってなかった?
担任にも苦手な先生がいるって事あるのかな?」
「確かにそうかも…先生にも何かの圧力がかかってるって感じがしたよね」
「だよなーーっ、はははは」
ガチャ
「お待たせ〜。遅くなって悪い!
でもさ〜今日は朝からびっくりニュースだったな!いきなり歓迎会の準備とかって言われても、『はいそうですか』って受け止めてられないよな」
里見が話しながら飼育室に入ってきた。
「本当だよー。なんか裏がありそうじゃない?
よりによってなんで俺達なんだよ…
あっ、出来る子達だから選ばれたとか?
でも生徒会長って今迄接点があんまり無かったんだけど、どんな人なの?」
里見の後ろに続いて部屋に入って来た東が質問を投げかける。
「どんな人…??俺も知らないんだよね。でも一部の女子には熱狂的なファンがいるみたいだよ。
インテリ好き女子だったかな?いつも冷静で落ち着いてるだろ、さすが生徒会長って感じだし」
里見がそれに答えた。
数多と同じクラスになった事が誰も無いんだから、どんな人か分からないのは仕方ないと思う。
「へえーーっ、そもそも頭が良すぎて僕達とは住む世界が違うんだろうけど」
僕の言葉が終わるか終わらないうちに
「いや、僕は同じ世界に住んでますよ」
涼しい顔で微笑む生徒会長の声が耳に入って来た。
「えっ、いつからいたの?全然気づかなかったんだけど」
びっくりしすぎて声がうわずる。
「僕は気づいてたけどね」
悪戯っぽく瑞穂が笑った。
「ここに来れば、いつでも君達に会えるってことですよね。教室では話す時間があまり無いと思うんで。」
「まあ、そうだけど……。僕達だってちゃんと活動はしてるんだからさぁ。そこんとこ忘れないでよ」
生徒会長の質問に間髪入れずに答える瑞穂。
まあ、ある意味嘘では無い。
僕以外は、取り巻きをまく為の時間つぶしや、日課として来ているだけで滞在平均時間は10分程度だと言う事はここでは黙っておこう。
「これから歓迎会まで宜しくお願いします。とりあえず連絡が出来る様にメルアド交換しませんか?」
生徒会長の問いかけに全員が鞄から携帯を取り出した。
「ところでさぁ、裏方って何するの?」
東は裏方って言葉に引っかかっているようだ。
「僕もあの話は今日聞いたばかりだったんで。実は何も考えてなかったんです」
「えっ、そうなの?だってあんなに堂々と…。」
里見が驚いて目を丸くしている。
「ああでも言わないとあの場は収まりませんから」
「なんだよ。それ」
僕はこの会話に少し安心した。意外と面白いヤツなのかもしれない。
「これからは生徒会長ではなく、数多と呼んで下さい。その方が短くていいです。」
これが生徒会長から数多に呼び名が変わった瞬間だった。
「そうだよな。じゃあ、お互い苗字呼びで。
俺は里見、皆んなからは正義感強めの班長みたいってよく言われる。宜しく」
凛々しい眉毛をピクピク動かせて見せた。
「僕は日向、宜しくです」
自己紹介とか何言っていいのか分かんないし…
「僕は皆んなの王子様、瑞穂です」
「おれは東、ヒガシじゃなくてアズマなんでそこんとこお間違えの無い様に」
みんなの簡単な自己紹介が終わった。
人前では緊張して上手く言えないけど、僕の名前は日向 悠馬(ひなた ゆうま)17歳。
父、母、歳の離れた姉と僕の4人家族。
姉は仕事の関係で遠方に1人で住んでいるから僕はほぼほぼ一人っ子状態。
性格は…乗ってこれば色々話せるんだけど、結構恥ずかしがり屋かな。
高校は大学附属高校を選んだ。
受験は大変だったけど一度の試験で大学もついてくるのは、僕にとっては魅力的だった。
僕は高校1年生の時、彼女が出来た。
中学の時の仲の良い女子の1人から付き合って欲しい…と告白されて付き合い始めたのが最初。
彼女はいわゆるお嬢様学校に通っていた。
背が小さくて、ショートボブの彼女は可愛らしかった。
断る理由なんて何も無い。
好きかどうかは分からなかったけど、彼女がいるのは高校生なら当たり前なのかな?位の気持ちでオッケーした。
性格は控え目で僕のことを優先してくれている。
と思っていたけど
「映画行かない?日向くんの都合の良い日に」
「ショッピング行かない?日向くんの都合の良い日に」
「お祭り行かない?日向くんの都合の良い時間に」
彼女の都合の良い日はいつなんだろう?
返事を迷っていると
「迷惑だったかなぁ?」
「私の事、もう嫌い?」
そんなメールが送られてくるようになった。
えっ?なんでそんな方向に話が行くの…?
僕はまだ慣れない高校生活に適応していかなくてはいけない。
彼女もきっと同じはず。
「そんなことないよ」
「じゃあ、なんですぐに返事くれないの?」
こんなやり取りがだんだん増えていった。
僕は彼女を大切にしてあげれない。
こうして、僕の初めての彼女はいなくなった。
もしかしてこれが、自信の無さに繋がっているのかもしれない。
でも僕は恋愛を決して諦めた訳ではない。
気を使う事も使われる事もない、ただ自然に好きと思える相手が現れたらいいな・・と思う。
あーあ、今ならこの時の僕に言ってやれるのに
本当の初恋はこれから始まるんだよって


