不本意な姫ポジの俺とメンタル強めな一軍男子

 学校からの帰り道、大神と一緒に空を見上げながら帰った。
「まだこの時間は星見えないか」
 探してみるけど、明るいからか星はひとつも見当たらない。
「あと二時間くらい経ったら見えるかな」
「じゃあ大神とバイバイしたあとか」
「あれ、一緒にいるつもりだったけど」
 当たり前のように言われて、まだ一緒にいられることに胸が高鳴った。
 約束をしていなくても、大神の予定の中に俺がいることを感じられて、その喜びを隠すようにまた空を見上げた。
「さすがに夜になると冷えてくるな」
 冬に近づく秋は日が落ちると肌寒くなる。だなあ、となんてことはない声で隣から返事が聞こえたかと思えば「あ」と言葉が続いた。
「小鳩、コンビニ寄っていい?」
「いーよ、じゃあ俺その辺で待ってる」
 分かったと、大神が柔らかく微笑み、俺の頭をさらりと撫でていく。さっきまで山田に怒っていた顔とは大違いだ。
 大神が近くのコンビニに入ったのを見て、スマホを取り出し空に向けてみる。
 淡い水色とピンクでグラデーションになっていてきれいだ。写真に収めようとしたけれど、なんだか違う。
「このままの空を撮りたかったんだけどな」
「空?」
 声をかけられて、振り返った先には大神――じゃなくて、知らないサラリーマンが立っていた。誰だ、この人。
 年齢からして四十代……いや三十代?
 どちらにしても知らない人で、顔に変な力が入る。俺の異変を察したのか、男の顔が一段と笑顔になる。
「いやあ、ちょっと可愛い子がいるなんて思っちゃって」
「……はい?」
「声も可愛いんだ。君、男の子だよね?」
 なんて答えることが正解か分からなくて、とりあえず最低限の言葉だけ返したつもりなのに、向こうからはさらに質問が続いた。
 今までこういうことがなかったわけじゃない。
 でもほとんどがノリみたいなもので、ここまでガチっぽさはなかった。
 正真正銘、男だと分かれば去ってくれるのか?
「男です」
「だよね、メイクとかしてる? 最近って男の子でも化粧するって聞くけど」
 だめだ、去ってくれる気配ない。
「……してないです」
「うわ、じゃあ素でこれ? 結構タイプだわ」
 全身がぞわりとした。なにがタイプだ。変な目で見るのはやめてほしい。
 大神が戻ってくるまえにさっさと追い払っといたほうがいいけど……でも、なんて言ったらいいんだろう。
「あの、友達がくるんで」
「おっけおっけ、そしたら連絡先交換しようか」
「……え」
「ここでさよならとか寂しいじゃん。これもなにかの縁だと思ってさ」
 俺のことをタイプだと言ってきた人間と、これ以上関わりたくない。
 いっそ逃げ出す?
 ……いや、だめだ。大神を置いていくのもできないし。
 ここはひとりでなんとかしないと――。
「小鳩?」
 呼ばれたその声に、ふっと力が抜けた。気づけば大神がコンビニから出てきていた。
「どうした?」
「いや……その」
 男を見る。大神が現れたことで、若干距離が遠くなっていた。
「あー……はいはい。友達くるって言ってたもんね。うん、じゃあ連絡先だけでもさ」
 さっさと済ませようとしているのか、スマホを俺に出してくる。
 この期に及んでまだ諦めていないらしい。
「……すいません、無理です」
「なんで? 連絡先だけだよ?」
「だから――」
「気持ち悪いっす」
 拒めなくて困っていたら、大神が俺と男の間に立ち、バッサリと言ってくれた。
「変な目で見るのやめてもらっていいですか? すごい不快なんですよね、さっきから」
 大神の声が、山田に向けていたものよりも低い。
 軽蔑するような目つきは、一度だって俺の前で見せたことがなくて、いつもの大神とは別人に見えた。
「……いやあ、そんなつもりないんだけど? ただ、年上の友達とかもいていいわけだし」
「自分都合で話進めてる自覚ないんですか? これ以上つきまとうなら警察行きでいいっすよね」
 俺を背中に隠して、大人相手に大神は動じることなく対応していた。
 守られていると感じて心強かった。
 反対に情けなかった。俺も男なのに。
 大神の牽制により、男は去っていった。なにか言うわけではなかったけど、舌打ちをしたのは聞こえた。
「小鳩」
 振り返った大神は、俺の肩に手を置いた。
「家まで送る」
「えっ、いや、いいよ。ってか巻き込んでごめん。あと助けてくれてありがとう」
「言いたいこと詰め込まなくていいって」
 優しく笑ってくれるけど、正直それさえも申し訳なかった。
 大神が来る前になんとかしたかったのに。
「ああいうの、多いの?」
「んー……ガチっぽいのは今回が初」
「でも似たようなことは今までにもあったんだ」
 曖昧にうなずく。本当は大神に心配かけたくない。だけど、こういうとき、自分ひとりではなにもできないんだって思い知らされる。
 今だって大神が助けに入ってくれなかったら、しつこくつきまとわれていたかもしれない。
「……ごめん、大神」
「小鳩が謝ることないでしょ。きれいな顔してるのは認めるし」
 でもなあ、と大神がため息をつく。
「こういうときは遠慮なく助けてって言えばいいよ。変に遠慮する必要なんてないし」
「……うん」
「あと、律儀に返事しないこと。ああいうのはシカトしとけばいいから」
「……はい」
「それから、俺がいないときに絡まれたら……考えるだけで腹立つな。とりあえず俺を呼び出して。何時でも、どこでも駆けつけるから。警察より早く小鳩のこと助けに行くから」
「ふっ……それは無理じゃない?」
「やるんだよ。だから悪いなんて思わなくていいよ」
 そう言ってくれるだけで心から安心した。きっと大神は、俺がどこにいても助けてくれるのだろう。力強さと、優しさで、俺を守ってくれる。
 だけど、俺だって男らしくありたいなんて思ってしまうのは、変なのか。
「ってことで、どっちがいい?」
 大神がブレザーのポケットから取り出したのは、小さいサイズのペットボトルだった。ココアとレモンティーだ。
「あ、もしかしてこれを買いにコンビニ?」
「うん、温かいのが欲しいかなって」
 俺が「肌寒い」なんて言ったから、わざわざコンビニに寄ってくれたのだろう。本当、どこまで優しいんだ、この男は。
「……じゃあ、半分こで」
 そう答えたら、大神がくしゃっと笑った。
「その答え方は反則っすね」
「だめ?」
「いいよ、半分こね」
 俺のわがままを受け止めてくれる大神に甘えて、ふたりで交換しながら飲んだ味は甘くて、いつまでも口の中に残っていた。