不本意な姫ポジの俺とメンタル強めな一軍男子

【先かえってて ごてん】
 大神から連絡が入っていたのは、山田たちと遭遇した三日後の金曜日だった。
 放課後になって大神から急遽連絡が入るのは珍しい。しかも誤字まである。
 ごめん、って送りたかったんだろうな。
 了解を示す【り】とだけ返せば、それが既読になることはなかった。
 今日は一緒に帰る予定だったから、よっぽどのことがあったのかもしれない。先生からの呼び出しか。委員長ともなれば集まりもあって忙しいだろう。
 もうすぐ文化祭だから、そこでも招集がかかっているとか?
 なんて思っていたら「大神を全力で探し出せ!」と恐怖の号令が聞こえてくる。イエッサーと野太い声とともに、廊下を駆け抜けていく生徒たち。あれは文化祭実行委員だ。
『今年の文化祭でミスターコンやるじゃん? んで、実行委員たちが大神を出そうと躍起になってる』
 そういえば、少し前に白井が言っていた。
 流れからして、ミスターコンになにがなんでも大神を出場させようとしているのだろう。そして大神は逃げ回っていると。
「あれ、今日はひとりだ」
 今日は先に帰ろうと昇降口に向かったタイミングで、同じくひとりの山田と会ってしまった。
 しかも俺の顔を見てニヤニヤしている。よからぬことを考えている顔にしか見えない。
「なあ、小鳩って今から暇だったりする?」
「……暇では、ないかな」
「よし、ちょっと付き合え」
 そう言って近くの空き教室に連れ込まれた。
 山田は「まあ座れよ」と一か所にまとめられた椅子に座る。目で横に座れと促され、大人しく従った。
 山田に会うとろくなことがないのは、王様ゲームのときからの教訓だ。
「あ、大神が校内を追いかけまわされてんの知ってる?」
「うん、ミスターコンのことかなと思ってたけど」
「ビンゴ。大神は人気者ですなあ。これは今年のミスターコン獲りますわ」
「……そうだね」
 あっさりと一位に輝いてしまうだろう。文化祭は、他校の生徒も入場可能だ。
 大神が人気であることは、付き合っている俺としては誇りだけど、それでも複雑。人気すぎて、手が届かなくなると困ってしまう。
「俺も出るけど、まあ優勝は大神に譲ろうと思うわけだよ」
 おそらく譲らなくても大神が圧倒的な差をつけて優勝する――ということは、あえて口にしないほうがいいだろう。聞き流していると「だけどさぁ」と山田が続けた。
「本人は出る気ないらしくてさ」
「……へえ」
「姫と付き合ってるから出ない感じだろ」
 ……あれ、今、なんか言われた?
 山田に言われたことが、数秒経ってから理解に変わったとき、勢いよく隣を見た。
 そんな俺の反応に「やっぱりか」と納得したように笑われる。
「そうなんじゃねえかなって思ってはいたんだよな」
 大神が山田に話したとは思えない。だとすると、山田本人が俺たちの関係に前から気づいていたのか。
「姫ってば、大神が俺と話してるときめっちゃ見てくんの気づいてない感じ?嫉妬心丸出しだから」
 うそだろ……できるだけ見ないようにしてたのに。
 いや、だからって俺と大神が付き合っている思考になるのか?
「お、大神は関係ないから……!」
「へえ?」
「その、俺は大神が好きだけど、大神はそうじゃないっていうか、関係ないっていうか」
「すげえ必死」
「いや、本当に!」
「いいって、分かってるよ。べつにからかいたいわけでもねえから」
 慌てる俺とは対照的に、山田は落ち着いた声音で言う。
「これでも大神とダチなんで。大神が誰と付き合ってんのかくらいは分かってるつもり」
 お調子者の山田にしては、すごく真面目で、そこにはからかってくるようなニュアンスもなかった。
 いつもガヤガヤしてるだけの印象だったのに、山田にもこういう一面があったのか。
「わ、分かってるのか……」
「そ」
「いや、そもそもなんで付き合うとか……俺の片思いの可能性だって」
「いやー、ないな」
 山田は後ろに手をついて、苦笑した。
「大神も結構バレバレだから」
「……大神?」
「姫が白井といちゃついてると、すげえ睨んでんだよ」
 そんな自覚はなかった。
 俺が大神を見てることはよくあっても、大神からの視線を感じたことはあまりない。
 あ、ボウリングのときはやたらと目が合ったな。
「あからさまだよ、あいつ」
「え?」
「大神って基本、愛想はいいくせに他人に興味がないんだよ。たまに話聞いてねえときは姫を見てるからさ」
「し……知らなかった」
 俺ばかり大神を見ていると思っていた。でも、そういうわけでもなかったのか。
「だからお前らが付き合ってること隠す必要ないって」
 少なくとも、山田の前では大神との関係を無理に隠す必要はないらしい。
 それはそれでちょっとだけ安心する。
「あの、このことは誰にも言わないでほしいっていうか」
「言わねえよ。あいつ怒らせたくねえし」
 大神が怒るところなんて想像つかない。そもそも、誰かに対して怒りを覚えることなんてあるのか謎だ。
「でも大神と姫か。よくよく考えたらすごい組み合わせだよな」
「あはは……俺もそう思う」
 大神と付き合っている今も、なんで俺が大神と付き合えているのか不思議だ。
 あの男なら、俺じゃなくてもほかにいい人なんていくらでもいたはずだし、それこそ女の子からはかなりの頻度で告白もされている。
 それなのに付き合った相手が俺だなんて、誰が聞いても信じられないだろう。
「ところで、大神とはどこまで進んだ?」
「は!?」
「いいじゃん、俺と姫の仲なんだから」
 あからさまにニマニマとした顔でぐいぐい迫ってくる。黙っていたらモテるのに、ペラペラと余計なことを喋るから残念イケメンとしてくくられるのだ。
「どこまでもなにも、俺たちはそういう関係じゃなくて」
「え、なにも進んでない感じ?」
「……キスだけは」
「おい、そのキスって王様ゲームのときにしたやつじゃないよな?」
「え」
 思い出して、いや何回か、と照れくさくなって答えてみると「まじか」と山田は目を見開いた。
「いろいろ済ませちゃってるんじゃないのか」
「はっ!? いや、そんな」
「いやあ、まじか。大神って慎重派なのか」
「お、俺に聞かれても……」
 慎重……なんだろうか。距離感を大事にしてくれてんだろうなとは思うけど。
「姫は欲求不満になんないの?」
「……分からない」
 そもそも、こういう会話に抵抗がない山田がすごい。
 大神と俺の話だぞ。なんでこんなにもすんなりと受け入れてんだ。
「でも、俺とちがって大神は、ちゃんと考えてくれてるから」
「考えてるねえ。へえ。大神がねえ」
「その含みのある言い方はなに……?」
「いやあ、大神がどこまで姫に真剣なのか確かめてみたくなって。ほら、愛を確かめたくなるときってあんじゃん?」
「いやいや、俺は――」
「はい、こっち向いて」
 はいチーズと言われたときには、山田に肩を組まれて写真を撮られていた。かしゃりと音がしたそれを見て「俺かっこい」と感想を挟みながら、素早く文字を打ち込んでいく。