不本意な姫ポジの俺とメンタル強めな一軍男子

 まさか本当にいるとは思わなかったのと、とりあえず寝ていたということが分かってホッとした。なにかトラブルに巻き込まれていたわけじゃないならそれでいい。
「大神」
 試しに呼んでみたけど、反応がない。
 学校でここまで熟睡できるのもすごいな。相当眠かったのか。
「なんで寝てんの?」
 単純にサボりで寝ていたとは思えない。今まで大神が授業をサボったことはないし、保健室で寝ているのを見たことがなかった。
「調子、悪いん?」
 声をかけても、大神の目は閉じられたままだ。もう授業終わったって伝えてあげたほうがいいよな。でも、無理して起こすのも可哀想だ。せめて教室からカバンだけでも持ってきたほうがいいかも。
 大神に背を向けて離れようとしたら、がしっと力強く手首を掴まれた。
「こういうときはキスしてくれるのかと期待したんだけど」
 少し掠れた声が聞こえて振り返ると、寝ていたはずの大神と目が合った。
「えっ、ごめん、起こした?」
「ううん、小鳩の気配がしたから起きた」
 どんな気配だよ。さすがにそれはすごすぎんだろ。
「……寝不足?」
「昨日、小鳩が寝かせてくれなかったから」
「誤解を招くようなことを言うなよ……!」
 メシ食って、さっさと帰った。とても健全なデートだった。
「可愛い小鳩を思い出したら夜も眠れなかった」
「……思い出すな」
 聞いているこっちが恥ずかしくなってくるのに、大神はそんな俺を見て楽しむみたいに口角を上げる。
「基本的に小鳩のことばかり考えてるからね」
「リアクションに困らせてくるんじゃないよ」
 こういうときの耐性がついていないから、顔だけがやたらと熱くてしょうがない。白井やほかの奴らに言われるような内容だったら軽く流せるのに、大神の場合は本気だって伝わってくるから、うまい返しも出てこない。
「じゃあケビョーっすか」
 じとっと見つめると、「もちろん」とその顔が微笑んだ。
 今までサボったことないくせに、なんで今日に限ってベッドを占領しているんだ。まあ、大神も人間だから授業に出たくない日もあるかもしれない。
「サボりでベッド使うのは校則違反だろ」
「じゃあ添い寝してくれたら起きる」
「絶対そのまま寝るじゃん。あと添い寝はしない」
「なんだ、残念」
 大神はふっと力が抜けたように笑っていた。それが、いつも見せる顔とは違って引っかかる。なんで、こんな顔するんだろう。
「……大神?」
「んー」
「もしかして、本当は体調悪いんじゃない?」
 確認のつもりで聞いたら、大神の目がわずかに見開かれた。明らかにおどろいた様子だ。
「すごいね、小鳩は。本当はちょっと、全快じゃなかったんだよね」
「えっ、やっぱりそうなの!? なんだよ、そう言ってくれたらいいのに」
 俺が気づかなかったら、ずっと仮病のフリをしていたのかもしれない。
 俺に心配をかけさせないようにするための気遣いだったのかと思うと、早く気づいてあげるべきだったと後悔する。
「熱は?」
「測ってない」
「うそだろ」
 大神の額に手を伸ばす。前髪をさっとどかして、ぴたりと手を這(は)わせたら、ずいぶんと高い温度が伝わってくる。
「全快どころか絶不調じゃん!」
「大袈裟」
「大袈裟じゃないって」
 はは、と大神は笑って「小鳩の手、気持ちいい」なんて目を閉じた。
 いつから体調悪かったんだろう。
 大神と付き合っているのに、しかも同じクラスで朝から同じ空間にいたのに、俺は少しも異変に気づくことができなかった。
 こういうところを、大神は隠してしまうタイプなのだろうか。自分の体調の変化さえ誤魔化して、笑っていたのかも。
「もっと自分を大事にしなよ」
「ちょっと寝れば回復すると思ったからさ」
 大神は目を閉じながら、でも、と俺の手に自分の手を重ねた。
「小鳩が大事にして」
 その声は、俺の心に深く刺さってくる。
「……大事にするに決まってんじゃん」
 俺ができる最大の力で、大神を大事にしたい。俺でよければ守ってあげたいとも思う。
 でも非力だ。大神みたいに、絶対的な安心感をあげられるわけじゃない。
 それでも大神が困っていたら助けたいし、好きだという気持ちもちゃんと伝えたい。
「大神~~~」
 目を閉じている大神の頬にくちづけを落とそうとした瞬間、廊下から山田の声が聞こえてきた。
 やばい、このタイミングで山田に会うと面倒だ。
 なんて言おう。大神が気になって? いや、でも山田からしたら、俺たちってあんま接点ないっていう設定のはずだ。
 おろおろしていたら、思いっきり大神に引き寄せられた。
 次の瞬間、シャーとカーテンが遠慮なく引かれる音がする。
「なんだ、起きてんじゃん」
 山田の声がいつもよりもくぐもって聞こえる。
 それよりも、ベッドの中で大神と密着している体勢に心臓がもたない!
 少しでも動けば山田に気づかれそう。大神に腕枕してもらうような形になりながら、山田がいなくなるのをひたすら待つ。
「お見舞いっすか」
「いーえ、からかいにきただけでーす」
 なんだよそれ、と大神が白けた声で言う。それはいい。
 問題は、大神の指が俺の頬を撫でているということだ。
 この状況で余裕すぎない!?
「体調悪いって先生に聞いたけど、もしかして嘘なんじゃね?」
「バレた?」
「バレバレだっつーの」
 そんなことだろうと思ったわ、と山田が言った。
 いや、大神は本当に熱があるんだよ。ずっと隠していただけで、今でも体調は悪いはずなんだよ。
 大神は嘘をついているわけじゃないけど、でも俺がここから出ていくわけにもいかない。
 こういうとき、山田にも言わないんだな。
 俺のときだって最初は誤魔化していた。
 大神、こういうこと多いのかな。
「ま、元気ならまたあとでからかいにくるわ」
「今の時間なんなんだよ。つーか帰れよ」
 うい、と山田が返事して、足音が遠ざかっていく。俺に気づかず行ってくれたらしい。
「大神……」
「はあ、いやされる」
 名前を呼んだら、なぜか思いっきり抱きしめられる。
 ベッドの中でさらに距離が縮まるものだから、なんとか大神の理性を取り戻させる。
「お、大神!」
「これ以上はしない。ま、興味はあるけど」
「興味を持つな!」
 と、俺だけでも冷静になろうとは思うけど。
 大神の首筋とか、匂いとか、視覚と嗅覚が刺激されているだけではなく、ぐっと腰を掴まれて抱き寄せられているせいで、冷静ではいられない。
「大神、ここが学校っていうのは認識されてます……?」
「具合悪いから抜けてた」
「都合よく解釈してる!」
「いいじゃん」
 抱きしめられる力が強くなる。
「どこだろうと、ここにいるのは俺と小鳩しかいないんだから」
 まあ、そうか。保健室には俺と大神だけだから問題ない。
「っていやいや! ここ出たらいっぱい人いるから」
「みんな帰ってるって。先生も帰りまーすって言ってたよ」
「えー……」
「放課後までは付き合ってられませーんって」
「嘘ついてる?」
「うん」
「嘘かい!!」
 大神から出てくる内容とは思えない。いつもしっかりしていて、みんなから頼られて、立派なクラスの委員長で。
 それだけ、体調が悪化しているのかもしれない。
「大神、今もしんどいんでしょ」
「うーん、小鳩に移ったら困るなとは思ってる」
「俺はいいけど……」
「じゃあ、キスでもしとこうか」
「なんで!?」
「どうせ移るなら、キスしても同じかなって。むしろキスで移ったことのほうがお得感あるし」
「ないから!」
 お得かどうかでキスを考えたことはなかった。やっぱり今日の大神は重症だ。
 でも、山田みたいに「帰れ」って言われないだけマシか。むしろ必要とされている感じがして、勝手に幸福度が満たされていく。
「あのさ、大神」
「……ん」
 なんとなく返事が鈍いような気がして見上げると、大神の瞼が閉じていることに気づいた。
 え、この一瞬で寝た?
 さっきまで起きてたよね?
 確認しようと、そっと起き上がろうとすれば、阻止するようにがっしりと固定された。これじゃあますます動けない。
「無理か……」
 それならと目を閉じてみる。
 俺たちしかいない空間で、大神の寝息や鼓動が聞こえてくる。
 ああ、この音好きだな。
 いくらでもここにいられるような気がしてくる。
「……早く、治るといいな」