「あー無視で」
大神はその電話を取ろうとはしなかった。俺に気を遣っているんだろうか。
まあ電話くらいかかってくるよな。今から遊ぼうとか、そんな誘いは珍しくないだろう。
しょうがない。そういえば大神ってみんなの人気者だった。
一度切れた電話はまた鳴りだして、それから切れたかと思うとまた鳴った。その繰り返しだ。
「大神、さすがに出たほうが」
なんかあるかもしれないし、と大神に伝えてみる。
「……んー」
めんどくさそうにため息をついて、大神は電話を取った。
開口一番に「お前うっとうしい」と電話に出た大神は、ゆらりと立ち上がって部屋を出ていった。
あれだけかかってきたってことは、もしかして今から呼び出し?
大神、山田と会うのかな。それはいいんだけど。だって大神は俺のってわけでもないし。友達は大事にしてほしいって思うから。うん、そうだ、それはそうだよ。
「こら」
ぺしっと、額にデコピンをくらい「いて」とつい声がもれた。
いつの間にか、大神が部屋に戻ってきていた。そんなに考えこんでいたつもりはなかったのに。
「なんか変なこと考えてそうだったけど」
バレバレ……なんで分かっちゃうんだよ。
ふいっと大神から視線を外せば、ぐいっと顎を掴まれた。
「なに考えてたか言って」
「……強引」
「言わないとキスするよ」
それは脅しのようで脅しではない。
キスだってこれ以上はやめましょうと言ったはずなのに。なし崩しになあなあと過ごしてしまう。でも大神と一緒ならそれでもいいかななんて思えてくるから不思議だ。
「……大神ってさすが人気者だなとか。誰とでも過ごしていいのに、俺でよかったのかなって」
学校にいても、学校じゃなくても、大神はみんなから求められる。
俺だけが大神を独り占めしていて本当にいいのかなと不安になってきた。
「よし、膝枕して」
「えっ?」
いきなりすぎる。戸惑う俺をよそに、大神はごろんと俺の太ももに頭をのせた。
「ひ、膝枕って」
「小鳩とこういうことしてるほうが好きなんで」
その一言に、やっぱりさっきの電話はお誘いだったんだなって察する。でも断ってきたんだなってことも、同時に理解した。
「……よかったの?」
「小鳩といられなくなるくらいなら、一生山田たちとも遊ばない」
「それは極端だってば」
「極端にもなんの。小鳩のことになると」
飄々とした顔で、俺が安心できる言葉をくれる。この人、心を読む天才なんかな。
「俺にとっては、小鳩と一緒にいられることが、なによりも大事だから」
「……そっか」
「重い?」
そう聞かれて、ぶんぶんと首を横に振った。
「そんなわけない。素直にうれしい、です」
「それはよかった」
安心したように大神が目を閉じる。俺の膝で天下の大神さまが横になっている。
このまま寝ても、大神の顔は整ったままなのだろうな。どれだけでも眺めていられる。
「小鳩」
「は、はい!」
いきなり呼ばれて、ついきょどってしまった。ガン見していたことがバレたか。
「山田たちと一緒にいて、小鳩が嫌な思いをするなら離れるから」
「え……」
「だからこれからは、思ったことはちゃんと俺に言ってほしい」
大神は、どこまでも俺のことを大切にしようとしてくれる。
俺が遠慮して言えないことも、瞬時に読み取ってしまうのだろう。
「ごめん、そういうつもりじゃない」
間違って伝わらないように、思っていることを続ける。
「山田たちとは一緒にいてほしいって思ってる。だって、大神がこれまで築いてきた環境じゃん? それを俺が壊したくないっていうか」
「うん」
「だから、友達から離れるなんて言わないでほしい。俺も、白井と離れてって言われたら寂しいし」
友達とは友達のままでいたい。
たしかに山田たちに嫉妬することはたくさんある。だけど、悪い人たちじゃないってことも知っている。
そこに大神がいるんだから、大事にしてほしいって思っていることは事実だ。
嘘じゃないって大神には信じてほしい。
下から見上げられて、でも目を逸らさないでいると、大神の手が伸びてきた。頬にそっと重ねられる。
「分かった。でも、小鳩には遠慮しないでほしい。嫌だと思ったことはすぐに言って」
親指で、俺の頬を撫でていく。たったこれだけのことで、ものすごく満たされていくのはどうしてなんだろう。
自分で思っているよりも、俺は大神のことが好きなんだろうな。
「俺は小鳩とこうして一緒に過ごしたいし、小鳩がいればいいって思ってるから」
今なら、本心で言ってくれていると受け止められる。
「好きだよ」
大神の目が、俺だけを映し出している。
「小鳩が思ってるよりも好きな自信はある」
「……俺も、好きだよ」
「本当に?」
「うん」
こんなにも俺のことを好きだと言ってくれる人がいて、その人が自分の好きな人で。こんなにも幸せなことって本当にないなって心から思う。
「俺も大神が好きだから」
「へえ」
ぐっと、後頭部に手を回されて、そうかと思えば抑えられるようにして大神と顔の距離が近くなる。
「俺のほうが重いんじゃない?」
その言葉に反論したくて、俺からも近づく。だけど、すぐに大神が俺の膝から頭を浮かせて、さらに近づいてくれた。
そういうところが好きだなって感じるし、このままでいてほしい。
「……大神なら重くていい」
「俺も、小鳩ならいくらでも受け止める」
自然と見つめ合う形になって、でもキスはしなかった。
もうキスだけでは済まないことが分かっていたから。
「あ、大神。星は?」
話を切り替えるように言ってみれば、すっと大神の手が離れていった。
「あーそろそろかも」
ふたりでベランダに出ると、夜風が少しひんやりしていて、空気が澄んでいるのが分かった。
大神は慣れた手つきで、ベランダの隅に三脚を立て望遠鏡を取り付けていく。
「本格的だ……」
思わず声が漏れる。
「何回かやってたら慣れるよ」
そう言いながら大神は望遠鏡のネジを締め、角度を微調整していく。その横顔は、昼間学校で見せるそれよりもずっと大人びて見えた。
「ほら、小鳩。覗いて」
大神が望遠鏡を覗く位置を示してくれる。レンズに顔を近づけてみると、きらめく光が見えた。
「うわぁ……すご」
思えば望遠鏡で星を見たのは初めてだ。
「きれい?」
「うん、星がある」
大神は少し笑って、「星を見てるからね」と言った。それから「今度はこっち」と少し角度を変えた。
「これ、明るいのが木星」
大神が覗いたあとに、続いて見てみれば、さっきよりも大きい星が見えた。
「おおっ……!」
思わず声が出る。本で見たことはあっても、ちゃんと見たのは初めてだ。
「すごい……ほんとにあるんだ」
「隣に小さな点が見える?」
「うん」
「それはガリレオ衛星のひとつ」
「衛星ってことは、星じゃなくて星のまわりを回ってるやつ……?」
「そう。今日はきれいに見える日だと思う」
大神の声はいつもの落ち着いたトーンなのに、好きなことを話しているからか、その横顔は自然な笑みを浮かべていた。爽やかでも、意地悪でもない。これも大神が持つ顔だ。
「じゃあ、一番星とかも見える?」
「あーそれはこっち」
大神がまた望遠鏡を調整してくれると、白くて丸い星が見えた。
さっきから、大神はなにも調べることなく、すぐに星の位置を見つける。それだけ星を見てきたから、どこにあるのかもある程度時間によって把握しているのかもしれない。
大神が空を見つめた。
「昔の人は、この星を見て航海するときの目印にしてたらしいよ。常に北を示す星だから迷わないって言われてた」
「へえ……たしかにあれだけ光ってたら迷わないか」
同じように、望遠鏡ではなく、目視で一番星を見つける。
「俺にとっての小鳩だな」
「え……?」
空から、隣にいる大神へと視線を移すと目が合った。
「迷わないための目印って意味。遠くても、確実にそこにいてくれる存在」
「……そ、そういう意味で言ったんだ?」
「もちろん」
視線が重なった瞬間、胸の奥にじんわり温かいものが広がる。
星の名前をひとつひとつ教えてもらうたび、胸の奥にきらめきが積もっていくみたいで、それが妙にくすぐったくて、うれしい。
「……大神、すごいな」
「なんで。ただ好きなだけ」
本当に好きなんだ。大神がここまで星が好きだなんて知らなかった。きっと自分から話してくれることもなかったんだろうな。
大神はその電話を取ろうとはしなかった。俺に気を遣っているんだろうか。
まあ電話くらいかかってくるよな。今から遊ぼうとか、そんな誘いは珍しくないだろう。
しょうがない。そういえば大神ってみんなの人気者だった。
一度切れた電話はまた鳴りだして、それから切れたかと思うとまた鳴った。その繰り返しだ。
「大神、さすがに出たほうが」
なんかあるかもしれないし、と大神に伝えてみる。
「……んー」
めんどくさそうにため息をついて、大神は電話を取った。
開口一番に「お前うっとうしい」と電話に出た大神は、ゆらりと立ち上がって部屋を出ていった。
あれだけかかってきたってことは、もしかして今から呼び出し?
大神、山田と会うのかな。それはいいんだけど。だって大神は俺のってわけでもないし。友達は大事にしてほしいって思うから。うん、そうだ、それはそうだよ。
「こら」
ぺしっと、額にデコピンをくらい「いて」とつい声がもれた。
いつの間にか、大神が部屋に戻ってきていた。そんなに考えこんでいたつもりはなかったのに。
「なんか変なこと考えてそうだったけど」
バレバレ……なんで分かっちゃうんだよ。
ふいっと大神から視線を外せば、ぐいっと顎を掴まれた。
「なに考えてたか言って」
「……強引」
「言わないとキスするよ」
それは脅しのようで脅しではない。
キスだってこれ以上はやめましょうと言ったはずなのに。なし崩しになあなあと過ごしてしまう。でも大神と一緒ならそれでもいいかななんて思えてくるから不思議だ。
「……大神ってさすが人気者だなとか。誰とでも過ごしていいのに、俺でよかったのかなって」
学校にいても、学校じゃなくても、大神はみんなから求められる。
俺だけが大神を独り占めしていて本当にいいのかなと不安になってきた。
「よし、膝枕して」
「えっ?」
いきなりすぎる。戸惑う俺をよそに、大神はごろんと俺の太ももに頭をのせた。
「ひ、膝枕って」
「小鳩とこういうことしてるほうが好きなんで」
その一言に、やっぱりさっきの電話はお誘いだったんだなって察する。でも断ってきたんだなってことも、同時に理解した。
「……よかったの?」
「小鳩といられなくなるくらいなら、一生山田たちとも遊ばない」
「それは極端だってば」
「極端にもなんの。小鳩のことになると」
飄々とした顔で、俺が安心できる言葉をくれる。この人、心を読む天才なんかな。
「俺にとっては、小鳩と一緒にいられることが、なによりも大事だから」
「……そっか」
「重い?」
そう聞かれて、ぶんぶんと首を横に振った。
「そんなわけない。素直にうれしい、です」
「それはよかった」
安心したように大神が目を閉じる。俺の膝で天下の大神さまが横になっている。
このまま寝ても、大神の顔は整ったままなのだろうな。どれだけでも眺めていられる。
「小鳩」
「は、はい!」
いきなり呼ばれて、ついきょどってしまった。ガン見していたことがバレたか。
「山田たちと一緒にいて、小鳩が嫌な思いをするなら離れるから」
「え……」
「だからこれからは、思ったことはちゃんと俺に言ってほしい」
大神は、どこまでも俺のことを大切にしようとしてくれる。
俺が遠慮して言えないことも、瞬時に読み取ってしまうのだろう。
「ごめん、そういうつもりじゃない」
間違って伝わらないように、思っていることを続ける。
「山田たちとは一緒にいてほしいって思ってる。だって、大神がこれまで築いてきた環境じゃん? それを俺が壊したくないっていうか」
「うん」
「だから、友達から離れるなんて言わないでほしい。俺も、白井と離れてって言われたら寂しいし」
友達とは友達のままでいたい。
たしかに山田たちに嫉妬することはたくさんある。だけど、悪い人たちじゃないってことも知っている。
そこに大神がいるんだから、大事にしてほしいって思っていることは事実だ。
嘘じゃないって大神には信じてほしい。
下から見上げられて、でも目を逸らさないでいると、大神の手が伸びてきた。頬にそっと重ねられる。
「分かった。でも、小鳩には遠慮しないでほしい。嫌だと思ったことはすぐに言って」
親指で、俺の頬を撫でていく。たったこれだけのことで、ものすごく満たされていくのはどうしてなんだろう。
自分で思っているよりも、俺は大神のことが好きなんだろうな。
「俺は小鳩とこうして一緒に過ごしたいし、小鳩がいればいいって思ってるから」
今なら、本心で言ってくれていると受け止められる。
「好きだよ」
大神の目が、俺だけを映し出している。
「小鳩が思ってるよりも好きな自信はある」
「……俺も、好きだよ」
「本当に?」
「うん」
こんなにも俺のことを好きだと言ってくれる人がいて、その人が自分の好きな人で。こんなにも幸せなことって本当にないなって心から思う。
「俺も大神が好きだから」
「へえ」
ぐっと、後頭部に手を回されて、そうかと思えば抑えられるようにして大神と顔の距離が近くなる。
「俺のほうが重いんじゃない?」
その言葉に反論したくて、俺からも近づく。だけど、すぐに大神が俺の膝から頭を浮かせて、さらに近づいてくれた。
そういうところが好きだなって感じるし、このままでいてほしい。
「……大神なら重くていい」
「俺も、小鳩ならいくらでも受け止める」
自然と見つめ合う形になって、でもキスはしなかった。
もうキスだけでは済まないことが分かっていたから。
「あ、大神。星は?」
話を切り替えるように言ってみれば、すっと大神の手が離れていった。
「あーそろそろかも」
ふたりでベランダに出ると、夜風が少しひんやりしていて、空気が澄んでいるのが分かった。
大神は慣れた手つきで、ベランダの隅に三脚を立て望遠鏡を取り付けていく。
「本格的だ……」
思わず声が漏れる。
「何回かやってたら慣れるよ」
そう言いながら大神は望遠鏡のネジを締め、角度を微調整していく。その横顔は、昼間学校で見せるそれよりもずっと大人びて見えた。
「ほら、小鳩。覗いて」
大神が望遠鏡を覗く位置を示してくれる。レンズに顔を近づけてみると、きらめく光が見えた。
「うわぁ……すご」
思えば望遠鏡で星を見たのは初めてだ。
「きれい?」
「うん、星がある」
大神は少し笑って、「星を見てるからね」と言った。それから「今度はこっち」と少し角度を変えた。
「これ、明るいのが木星」
大神が覗いたあとに、続いて見てみれば、さっきよりも大きい星が見えた。
「おおっ……!」
思わず声が出る。本で見たことはあっても、ちゃんと見たのは初めてだ。
「すごい……ほんとにあるんだ」
「隣に小さな点が見える?」
「うん」
「それはガリレオ衛星のひとつ」
「衛星ってことは、星じゃなくて星のまわりを回ってるやつ……?」
「そう。今日はきれいに見える日だと思う」
大神の声はいつもの落ち着いたトーンなのに、好きなことを話しているからか、その横顔は自然な笑みを浮かべていた。爽やかでも、意地悪でもない。これも大神が持つ顔だ。
「じゃあ、一番星とかも見える?」
「あーそれはこっち」
大神がまた望遠鏡を調整してくれると、白くて丸い星が見えた。
さっきから、大神はなにも調べることなく、すぐに星の位置を見つける。それだけ星を見てきたから、どこにあるのかもある程度時間によって把握しているのかもしれない。
大神が空を見つめた。
「昔の人は、この星を見て航海するときの目印にしてたらしいよ。常に北を示す星だから迷わないって言われてた」
「へえ……たしかにあれだけ光ってたら迷わないか」
同じように、望遠鏡ではなく、目視で一番星を見つける。
「俺にとっての小鳩だな」
「え……?」
空から、隣にいる大神へと視線を移すと目が合った。
「迷わないための目印って意味。遠くても、確実にそこにいてくれる存在」
「……そ、そういう意味で言ったんだ?」
「もちろん」
視線が重なった瞬間、胸の奥にじんわり温かいものが広がる。
星の名前をひとつひとつ教えてもらうたび、胸の奥にきらめきが積もっていくみたいで、それが妙にくすぐったくて、うれしい。
「……大神、すごいな」
「なんで。ただ好きなだけ」
本当に好きなんだ。大神がここまで星が好きだなんて知らなかった。きっと自分から話してくれることもなかったんだろうな。


