不本意な姫ポジの俺とメンタル強めな一軍男子

「俺がしたいことって、こういうことだよ」
 優しく微笑んで、それから流れるように俺の手をゆっくりと離した。
「だから大人しくゲームをやってるほうが健全かなと」
「健全って……」
「言っとくけど、今のもかなり我慢したんで」
「俺に?」
「そうだよ、小鳩を前にすると冷静じゃいられなくなるから」
 爽やかさだけは戻ってきたけど、言っていることは爽やかではない。
 大神って誰かと付き合ったら、とことん優しくなるんだろうなと思ったことはあった。
 たしかに俺の前にいる大神は優しい。
 でも、優しさの中に、意地悪さが残っていて、それを見るとゾクッとする。
「小鳩ってさ」
 大神が俺の顎を持つ。
「自分がどれだけ可愛いか分かってないでしょ」
「か、わいいって……いや、言われることは多いけど」
 思わず顔を後ろに引いてしまいそうになって、けれどもそれだと大神が傷ついてしまうかもと瞬時に思考が働いてその場にとどまった。
「俺の場合は、男として小鳩を好きだから。ほかの人間が思ってるのとはちがうよ。俺には小鳩が世界で一番可愛く見えてる」
「大神ってキャラ崩壊してない?」
「こんなの他人に見せてどうするんですかねえ」
 それもそうだ。ごもっともすぎる。大神、なんか威力すげえよ。
 もし大神が理性をなくしたら、どうなるんだろう。本気出してきたら、それこそ俺のほうが大神に骨抜きにされて生きていけないんじゃないか。
「だから、あんま煽らないでもらえますか」
「……はい」
「お利口さん」
 ぽんぽんと頭を撫でられる。
 もうこれだけで、俺を特別扱いしてくれることが伝わってくる。幸せだ、なんて柄にもなく思ってしまう。
 こんな関係になるなんて、一週間前の俺は想像すらしていなかったのに。
「じゃあなにがしたい? 小鳩がしたいことしよう」
「うーん、なんだろう」
 そのとき、テレビボード近くに黒い冊子が置かれていることに気づいた。
「あれ、なに?」
 大神は「ああ」と思い出したようにそれを近くの棚の中にしまった。
「なんでもない」
「なんで!?」
「ただのアルバム。親から勝手に送られてきたやつで、なにも面白くない」
「それって大神の小さいときの写真とかあるの?」
 俺が聞けば「ないよ」と、とんでもない笑顔が返ってきた。この顔はどう考えても「あるよ」を隠しているとしか思えない。
「大神が小さくなったバージョン見たい」
「小鳩に見せるような写真でもないよ」
「じゃあ俺の小さいときの写真は興味ないの?」
 そう言ったら、大神がフリーズした。小鳩の小さいとき、と繰り返して、それから勢いよく顔をあげた。
「興味しかない」
「じゃあ、俺のアルバム見せるから大神のも見せて」
 俺は見られることに抵抗がないから、フェアではないかもしれないけど、それでも大神の過去を見る機会は逃したくない。
「……分かった、交換」
 大神は渋々といった様子で一度しまったアルバムを俺に渡した。
「本当につまらないよ」
「そんな可哀想なこと言うなよ。自分でしょ」
 自分だからだよ、と大神はどこか不貞腐れたような表情を浮かべる。
 どれだけ見せたくないんだろう。大神のことだから可愛いに決まっているのに。
 アルバムを開いて、まずめちゃくちゃ可愛い赤ちゃんの写真に度肝を抜かれた。
「か、可愛い……!」
 目がくりっとしてて、ほっぺたがぷっくりした天使みたいな子どもがこっちを見ていた。その下には一歳と手書きで記されている。
 ただ記されていたのはそれだけではなく、大神があれだけ見せることを渋っていた理由が分かることにもなった。
【とんでもなく可愛い子を産んでしまった。名前は清春です。〝春の風のように周りを清らかにする存在になりますように〟――という意味でパパがつけたみたいです。ママは、とりあえず元気であわよくばパパによく似たイケメンに育ってくれたらうれしいな】
 ……なるほど。
 写真ごとに、インパクトの強い言葉がのせられている。
 大神が見せたくなかったのは写真ではなく、このメッセージだったのだろう。
【幼稚園でモテモテの清春。女の子から結婚したいと求愛されて、この子と一緒ならいいよと爽やかな笑顔で大量のダンゴムシを見せたとのこと。女の子を泣かせてました】
「ふっ、なんだよこれ」
 想像してつい吹き出してしまった。
「……だから、つまらないって」
「そんなことないよ。今とほとんど変わらないし」
 爽やかな笑顔でやることが鬼畜だ。虫が苦手な女の子ならさぞかし怖かったことだろう。
「てか、清春って名前の由来、なんか大神っぽい」
「そう?」
「春みたいな清らかな風って感じがする」
「なんだよ、感じがするって」
「うまく言えないけど、本当にそんな感じがするんだよ」
 それをきっと、爽やかって言うのかもしれない。大神の場合は夏の清々しい日よりも、春のように暖かくて、気持ちのいい爽やかさがよく似合っていた。
「アルバムの写真、スマホで撮っていい?」
「だめ」
「なんで」
「小鳩のスマホに残すようなものじゃないし」
 それに、と大神が俺の首筋に顔を埋めた。
「見たくなったら、また俺の家に来てくれるでしょ」
「あ……そっか。うん、そうだね」
 アルバムを貸してくれることもないらしい。でも、大神の家に来る理由が見つかって、素直にうれしくなる自分がいて、単純すぎて呆れる。
「ねえ、小鳩」
 返事をする。大神の髪が首に当たってくすぐったい。
「もう一回、呼んで」
「うん?」
「名前」
 そう言われて、さっき自然と大神のことを名前呼びしていたことに気づく。
 アルバムに書かれている名前を読んだときはなにも考えていなかったのに、いざ面と向かって呼ぶとなると、すんなり言葉が出てこなかった。
「え、あー……清春?」
「うん」
「……くん?」
「それつけなくていい」
「呼び捨てがいいの?」
 うん、と大神が俺の首筋に頬を寄せ、顔をこちらへ向けてくる。息づかいが伝わるほど近くて、今日は本当に、こんな距離の近さばかりだなと思う。
「大神、近いよ」
「もう一回名前呼んでくれたら離れるかも」
「かも、なんだ」
「こんなこと学校じゃできないから」
 分かるよ。俺も大神とこういうことするのは嫌いじゃない。
「清春」
「うーん」
「納得いかなそうな声だ」
「逆だよ。やっぱりこのまま押し倒したほうがいいのかなって考えてたところ」
「考えるなよ」
 名前を呼んだのに、離れていかない。
 どうしようかなと思っていたところで、大神のスマホの画面が光った。電話だ。
「おおか――」
 表示されていたのは山田だ。なにか用事があるのかもしれない。