「き、きたぁ……ついに、この日がやってきてしまった……!」
二月十四日。
今年もこの日が来た。
校門をくぐろうとする俺の足が完全拒否。
それでも頑張ろうと一歩足を踏み入れると、去年のバレンタインの地獄絵図が走馬灯のように頭の中に浮かんでくる。
はぁ……風邪とか何とか適当な理由で学校休めばよかったなぁ……。
何で俺は、こんな時にマジメなんだよ!俺のバカ!アホ!チビ!
「でも……」
一人にしてしまう類が可哀想だ。
まあ、あいつは一人になるとかそんなこと気にする繊細なやつじゃないんだけど。
というより、俺が類に会いたいというか……。
「……って!恥っず!なんだ今の!?恥っっず!!」
真っ赤になってるだろう顔をペシペシ叩く。周りの野郎共が、俺がどうかしちゃったんじゃないかってチラチラ見てくるけど、今はそんなのどうでもいい。
類……今朝、電車で会わなかったな。
おはようラインしたら、返事が返ってきたから、たぶん先に学校に行っただけだと思うけど……。
「……」
えっ、ちょっと待って。
もし、これで類が学校休みだったらどうすんの?
俺、耐えられる気ゼロなんだけど……。
でも……ここまで来て、逃げたくない。
男としてヒヨりたくはない。
「……ウダウダしててもしかたねぇ!俺自身の成長のためだと思って、今日という日を、必ず乗り越えてみせるっ!」
俺は校門を完全に潜り抜け、そして、校舎に向かって歩きだした。
テレレッ、テッテッテッテー♪
『南沢のレベルが3上がった。』
「よぉし!さっそくレベル上がったぜ!ひゃっほーい!!」
このテンションを下げたら、ここで試合終了な気がする。ルンルンでスキップして校舎にたどり着くと、俺は深く深く深呼吸をした。
「……すー…はー……よし!開ける!」
ガラス張りの扉を開けると、自分の下駄箱に一直線。まず一番最初の突破口はここ。下駄箱の中に何か上履き以外の異物が入っているに決まってい……
「……っあぁぁぁ!俺のバカ!昨日、上履き持ってくの忘れてたぁぁ!」
去年のバレンタインは、マジで悲惨だった。一年生だし、何も知らなかった俺は、登校して下駄箱を開けたら、何かの粉末に上履きの機能停止を余儀される事態に見舞われてしまった。
よく見ると、上履きの奥のほうに、プロテイン(チョコ味)と書かれた袋があったのだ。
だからせめて、自分の身につけるものは守りたい。そう思って、昨日、帰る時にカバンに入れておこうと思ってたのに、すっかり忘れてしまった。
もう、これは……俺は悪くないけど、忘れた俺も悪い。うん、諦めよう。
──カチャッ。
「……うっ、ゴホッ、ゴホッ!」
中を開けると案の定、プロテインの粉まみれ。でも、キョロキョロ眼球を動かしてあちこち見てみても、俺の上履きが見当たらない。
えっ、ない……なんで?
まさか、誰かに隠された!?
近くにある傘立てやゴミ箱の中も探してみるけれど、やっぱりどこにも見当たらない。
「くっそぉ……」
プロテインまみれにするにも飽きたらず、上履きまで隠すなんて。
もはや、普通にイジメだろ、これ。
「……へぇ、やってくれるじゃねぇか。だが俺は負けねぇ、立ち向かうまでだ……待ってろよ!俺の上履き!」
校内のどこぞの誰か分からない魔王に、俺の上履き姫がさらわれた。
俺が、必ず取り戻してみせる。じっちゃんの名にかけ……
「おー!おはよう!南沢くんじゃないかぁ!」
「っ……!?」
突然、背後から声が聞こえてきた。
この声、まさかっ……テニス部一のマッチョ──。
「……佐々木先輩!?」
ティロロロロロ♪ズチャズチャズチャ♪
振り返った瞬間、脳内に響き渡る、どこかで聞いたことのある不穏なBGM。
目の前の視界が激しく点滅し、俺の足を止める。
▼テニス部のマッスル先輩があらわれた!
「僕のプロテイン、受け取ってくれたかい?今日はバレンタインだからチョコ味にしたんだが、気に入ってくれたかな?」
「いえ、あの……」
そもそも、バレンタインにプロテイン下駄箱に突っ込むってどういうことですか!?
「え、ココア味がよかった?ちょうどよかった!ここにあるから、受け取ってくれ!」
「先輩!俺まだ何も言ってないんですけど!」
▼マッスル先輩は「プロテイン(ココア味)」を投げつけてきた!
「……ぐはぁっ!」
▼南沢は 10 のダメージをうけた!
▼制服がプロテインまみれで、気力が3下がった!
「おい、大丈夫か?ははは……ちょっと、やりすぎちゃったかなぁ?……ははは」
▼マッスル先輩が少しだけ申し訳なさそうにしている。どうしますか?
このマッスル先輩、悪い人じゃないんだよな……。
俺が部活で転んだ時、違う部なのに消毒して手当てしてくれたし。
しょうがない。ここは……
【たたかう】
【にげる】
【ちくわをなげる】
➔【あきらめる】
「……わぁ、ありがとうごさいますぅ。おれ、ここあ、あじだいすきなんですよぉ」
「おう、そうかそうか!じゃあな!それ飲んで筋トレ頑張ってくれ!っハハハ!」
マッスル先輩は豪快に笑って、その場から去っていった。
南沢はあきらめた変わりに、頭のネジが一つどこかに飛んでいった気がした。
「はぁ…はぁ……初っ端これって……ヤ、ヤバくない!?」
急いで教室へと猛烈ダッシュ。上履きじゃなくて靴下だから、滑りやすくて俺は走りやすい。
「──ととっ!」
教室前に来ると、いつもクラスで見ている馴染みのある後ろ姿を見つけた。
川島だ。
「おっ、南沢、はよーっす!どうしたん?疲れた顔して。寝不足?つか、制服、粉だらけじゃん?」
「川島……」
川島のことを見て、こんなにホッと安心したのは初めてかもしれない。
「あー、プロテインだろ?俺もそうなんだよ、まったく悲惨だよなー!ほら見ろよ、俺の上履き粉まみれ!」
「もう、こうなった以上、開き直ろーぜ!なっ?」
「お、おう……」
……でも。めっちゃニヤニヤしてんじゃん、お前。絶対、なにか隠してるだろ?
はっ……!
まさかっ、お前が俺の上履き姫を……?
「ほら!そんな難しい顔は、南沢には似合わないぜ?」
「……お前、俺の上履き知らないよな?」
「え、上履き?知らないよ、お前の上履きなんて」
「ほう、シラを切る気か……」
「それより……煮干し食べる!?煮干しってカルシウムあるから、お前の身長も伸びるんじゃね!?ほら、どうよ!ほ~ら!あーん……」
「うぐっ!!」
▼ 川島の『無理やりあーん』攻撃!
▼ 南沢は 煮干しの頭の苦み で 5 のダメージをうけた!
▼ 南沢の 身長へのコンプレックス が 10 刺激された!
「……にがっ! 口の中、一気に銀色になったじゃねーか! つーか身長のこと言うなよ、禁句だろ!」
「ははは! お前、相変わらずいい反応すんなぁ」
川島はケラケラ笑いながら、自分のカバンから溢れんばかりの煮干しを一つまみ、ポリポリと咀嚼しはじめた。
どうやらこいつは「魔王」じゃなくて、ただの「お節介な村人(煮干し属性)」だったらしい。
「ったく……なぁ、川島。類、もう来てるか?」
「深瀬? ああ、あいつならさっき見たぜ。いつも通り、窓際で『俺に構うなオーラ』全開で本読んでるよ。お前、そのプロテインまみれの格好で行ったら、絶対汚いもの見る目で見られるぞ?」
「……うっ、わかってるよ!」
俺はパンパンと制服を叩いて粉を落としたが、甘い匂いと白っぽさは取れない。おまけに足元は靴下だ。
情けない。かっこ悪い。
でも、一刻も早く、あの静かな窓際の席に行きたかった。
「……おはよ、類」
教室のドアをガラッと開け、俺は――類の元へと滑り込んだ。
類は案の定、本に目を落としたまま、こちらを向きもしない。
「……遅い」
「……わりぃ。ちょっと、下駄箱でエンカウントバトルが発生してさ」
「……知ってる。甘い匂いが充満してるぞ、チビ友」
「うるせーよ! 災難だったんだよ! 粉まみれにされた挙句、上履きは盗まれるし……もう、今日の俺は呪われてるんだ……」
がっくりと頭をうなだれてみせた俺の頭上で、類が小さくため息をつく音が聞こえた。
すると、ガサゴソと類が足元で何かを動かす気配がする。
「……ほら」
「え……?」
顔を上げると、類の机の下から、俺の見慣れた、けれど真っ白で綺麗なままの上履きが差し出されていた。
「これ……俺の……!? なんでお前が持って……」
「……お前が昨日、持ち帰るのを忘れて帰ったのを見てたから。今日、絶対にこうなると思って、俺が来る時に回収しといた」
類は相変わらず本から目を離さない。けれど、その指先が少しだけページの端を強く握っている。
「……履け。靴下のままで歩き回るな」
「……類……っ!」
▼南沢の 体力が 全回復した!
▼南沢の 類への好き度 が カンストした!
「お前……! お前、マジで、なんなの!? 神様なの!? 勇者なの!? 結婚してくれ!!」
「……うるさい。早く履け」
自分のために先回りして動いてくれた類の不器用な優しさが、胸の奥をぎゅうぎゅうに締めつける。
やっぱり、今日、学校に来てよかった。
俺の上履き姫を救い出したのは、魔王じゃなくて、俺の最高の親友だった。
親友……か。
もう、そう呼ぶには、俺の中で違和感がある……。
そっか、やっぱり。
類……俺、お前のことが……好きだ。
